弁護士の就職と転職Q&A
Q65「『カウンセル/オブカウンセル狙い』というキャリア計画は合理的なのか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
大規模な法律事務所の新人弁護士と話していると、その多くが「パートナーになりたい」という意欲を持たずに入所していることに気付かされます。リーマンショック以降、「将来のいつかの段階ではインハウスに転向したい」という声が聞かれることは珍しくなかったのですが、最近では、「カウンセル又はオブカウンセルになりたい」という希望を口にするジュニア・アソシエイトが増えて来ました。そこで、本稿では、「(パートナーではなく)カウンセル/オブカウンセルを目指す」というキャリア・プランニングのリスクについて整理してみたいと思います。
1 問題の所在
欧米のローファームに倣って、日本の企業法務系事務所でも、「パートナー」と「アソシエイト」に続く「第3の類型」として、「カウンセル」又は「オブカウンセル」といった名称の「アソシエイト以上、パートナー未満」の中二階ポストを置く先が増えて来ました。日本での歴史的経緯としては、「第3類型の職位を創設することで多様な働き方を確保する」という人事制度を戦略的に設計したというよりも、「パートナー資格を付与できない(又は維持させられない)シニアな弁護士をどういうタイトルの下に置くべきか?」という具体的事例が先行して積み重ねられて来たもののように思われます。そして、移籍の場面では、「現事務所でパートナー待遇であるため、アソシエイトという肩書で受け入れるのは、対外的な信用を毀損してしまう」「しかし、当事務所のパートナーに見合うほどの実績はない」という候補者を迎え入れる職位としても活用されました。
そのため、当初は、「パートナー未満」の部分が強調されてしまい、「カウンセル/オブカウンセルとして事務所に残るのはどうか?」という提案を退職勧告のように受け止めるシニア・アソシエイトも見られました。しかし、最近では、むしろ、「アソシエイト以上」という部分に注目して、この職位に就くことに肩身の狭さを感じることなく、「プレイヤーとしては一人前の仕事ができる」という肩書きを積極的に評価する若手が増えています。現実にも、「アソシエイトからカウンセルに昇格することで、海外ローファームから案件の照会を受けることも増えた」という声も聞かれます。さらに、「パートナーになって出資をしたいとも思わないし、事務所経営に関与したいとも思わない」という若手にとっては、「カウンセル/オブカウンセル」ポストは、ある意味では、「パートナー以上に魅力的なポスト」に映るようになっています。
しかし、「カウンセル/オブカウンセル」職位をどう設計するか(任期付きかそれとも期限の定めなきポストか。固定給や最低保証を置くか、それとも完全歩合給か等)も事務所の経営事項です。そこで、「カウンセル/オブカウンセル制度がより拡大する方向にある」ならば、それを目指すキャリア設計も合理的だと言えますが、逆に「今後、縮小する方向にある」ならば、若いうちから目標に置くべきキャリアには相応しくないように思われます。
2 対応指針
所属事務所において、パートナーを目指して励んで来たシニア・アソシエイトが、(将来にパートナーとなる希望を捨てずに)「カウンセル/オブカウンセル」に昇格して業務を続けるシナリオに特に問題はありません(現実にも「カウンセル/オブカウンセル」が、パートナーに内部昇格したり、他事務所に「パートナー」として移籍する事例も増えて来ています)。
他方、ジュニア・アソシエイト時代から「カウンセル/オブカウンセル狙い」で業務を続けることには高いリスクが伴います。一般論としては、まず、「カウンセル/オブカウンセルの拡大政策」は、法律事務所の好景気時に限られたものであり、不況時には「最もリストラ対象となりやすい職位」であると言えます。また、優秀な若手弁護士を豊富に確保できる事務所であるほどに、所内競争は激化し、「所内のパートナーから紹介してもらえる仕事」を確保することが難しくなる、という傾向も見受けられます(「同一法分野を専門とする後輩弁護士が育たないこと」が、所内における自己の地位を保全してくれるという悩ましい状況に置かれてしまいがちです)。
3 解説
(1) パートナー昇格の待機ポストとしての有用性
インターナショナルなローファームにおいては、東京オフィスの人事も、世界各地のオフィスの人事政策の一部として位置付けられているために、「東京オフィスにおけるパートナー枠を増やす」ことは手続的にも実質的にも大変な作業です(他地域のパートナーにも東京オフィスを拡大する経済的メリットを納得してもらわなければなりませんし、それは新興国における業務拡大と比較しても説得的でなければなりません)。そのため、「まずは、カウンセルに昇格してパートナー昇格の時機を待つ」というのは合理的なキャリアプランと見做されています。
また、国内事務所においても、学識経験者や裁判官出身者等が「カウンセル/オブカウンセル」ポストに登用される実例も増えて、「特に専門性が高い」というポジティブなイメージが浸透しつつあります。そこで、「専門性に加えて、売上責任・経営責任をも引き受けることになった際に、パートナーに昇格する」し、逆に「シニアになって、パートナーとしての責務を免除してもらいたい場合には、カウンセル/オブカウンセルに職位換えすることもある」という図式も成り立つ素地ができています。
事務所移籍の場面でも、「一流の法律事務所で実力は認められていたが、分野が重複する先輩パートナーがいるために、前事務所では『カウンセル/オブカウンセル』に留まっていたが、新設事務所においては、当該分野の既得権者がいないために、『パートナー』として迎え入れられる」という事例も現れています。
(2) 事務所の業績と「カウンセル/オブカウンセル」枠の規模の相関関係
事務所の業績が好調な時期には、「カウンセル/オブカウンセル」ポストの拡充は、現在のパートナー陣にとってメリットが大きい制度です。既存パートナーのアカウントで受任している係属案件を実務面で切り盛りしてくれているシニア・アソシエイトを、そのまま、翌年以降も番頭役として使い続けることができるからです(パートナーに昇格させてしまったら、むしろ、新人パートナーにご祝儀として売上げを分割してあげることを考えなければなりませんし、取扱分野が重複すれば、翌年以降は競合者の色彩を帯びてしまいます)。また、「営業に関心がない」というシニア・アソシエイトにとっては、「これまで通りの環境で業務を継続できること」に利点を感じます。
しかし、事務所の業績が悪化した場合には、シナリオ変更を余儀なくされます。「事務所の成長(全体最適)」を考えなければならないパートナー層からは、収益悪化のコスト負担を、カウンセル/オブカウンセル側にも求めたいところですが、事務所の経営情報も知らされていなければ、発言権も持たないカウンセル/オブカウンセル側としては、「最低保証等の自己の既得権」の確保(部分最適)を求める行動に出るのは当然のことです。また、業績回復のためには、「次世代のパートナー」を育成していかなければならないところ、優秀なアソシエイトが「自分はカウンセル/オブカウンセルが心地よい」と売上げ責任を担うことを放棄してしまうと、将来の成長の妨げになる危険すら感じさせられます。
米国系のインターナショナル・ローファームの中には、「カウンセル/オブカウンセル」層が拡大しすぎてしまったために、これが「高コストで適当にしか仕事をしないシニアな弁護士」の受け皿となってしまう危険がある制度であると認識されて、「カウンセル/オブカウンセル」層の大規模なリストラを実行せざるを得なくなった事例もあると言われています。
(3) 専門職枠を巡る所内競争を続ける際における「年次」が上がるリスク
プロフェッショナルな職業は「世代間競争」でもあります。ジュニア・アソシエイトのうちは「どうやって先輩アソシエイトの技量に匹敵するスキルを身に付けるか?」が課題であり、シニア・アソシエイトになれば、「どうやって先輩パートナーが有する顧客吸引力に見劣りしないだけの営業力を身に付けるか?」が課題です。これを先輩弁護士の側に立って再構成すれば、「知能指数が高くて、かつ、睡眠時間を削ってでも仕事を続けられる気力と体力を備えた後輩」に「追われる脅威」に変わります。そのため、気力や体力が衰えてくる年次のパートナーは、「差別化」のポイントを(専門知識の習得から)重要顧客(同世代の役員等)とのリレーションの強化へと切り替えることで、「年の功」を発揮できるビジネスモデルを目指すようになります。
これに対して、「カウンセル/オブカウンセル」は、外部依頼者から直接の信頼を得る、というよりも、「特定分野における専門性を発揮して、同一事務所内のコーポレートやファイナンスのパートナーからの紹介を受ける」という受任ルートがメインとなります。そのため、40歳代になったからといって「外部依頼者とのリレーション強化」に舵を切ることが難しく、「専門性の維持」の道を極め続けなければなりませんが、そこには「優秀な後輩との競争」が待ち構えています(例えば、監督官庁での勤務経験がもっとも発揮されるのは、任期明け直後であり、徐々に、知識も人脈も陳腐化してしまうため、後任者や事務所の後輩の出向者に劣後していきます)。
また、カウンセル/オブカウンセルに事件を発注する側(所内のコーポレートやファイナンスのパートナー)の心情的にも「自分よりも年次が高いカウンセル/オブカウンセルにチームに入ってもらうよりも、同一分野によりジュニアな専門家がいれば、ジュニアのほうが気兼ねなく相談できる(案件処理の方針やリーガルフィーの費用感についても、依頼者や自分の意見を受け入れさせやすい)」という傾向も見受けられます。
以上