企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
第2部 重大リスク・不正を発見する従来の手法
2. 重大リスクを発見する「監査役」の目線
〔監査役の監査チェック項目〕
(4) 効率性確保体制
- ① 経営戦略策定、経営資源配分、組織構築、業績管理体制の構築・運用等が不適正で、過度に非効率なため、会社に著しい損害が生じるリスク
- ② 過度の効率性追求により会社の健全性が損なわれて、会社に著しい損害が生じるリスク
-
③ 代表取締役等が事実認識で重要かつ不注意な誤りを犯し、著しい損害が生じる決定を行うリスク
- (注) 効率性確保体制が上記①②③のリスクに対応しているか否かは、次の1~4を含む要点を特定して判断する。
- 1 代表取締役等が、持続的成長を確保する経営計画・事業目標、効率性と健全性のバランス等が重要と認識する。
- 2 経営計画策定、経営資源配分、組織、管理体制、IT 対応等を、適正に決定・実行・是正する仕組みがある。
- 3 経営資源・経営環境等に照らして達成困難な計画・目標等を設定して健全性を損なう過度な効率を追及していない。
- 4 代表取締役等が行う重要な意思決定・個別業務の決定を、経営判断の原則に従って行う仕組みにしている。
- (筆者の見方)「効率性確保」を監査して適切な指摘を行うためには、企業の事業の実態(経営体質・市場競争力を含む)、業界の状況(競争状況を含む)等を承知した上で、その企業に適した経営方針を考える力が要る。この力を強化するには、多くの業界の監査役の間で、一般的な業界情報・ノウハウ・スキル等を共有化することが有効であろう。
(5) 企業集団内部統制
- ① 重要子会社において法令等遵守体制、損失危険管理体制、情報保存管理体制、効率性確保体制に不備がある結果、会社に著しい損害が生じるリスク
- ② 重要子会社における内部統制システムの構築・運用の状況が会社において適時かつ適切に把握されていない結果、会社に著しい損害が生じるリスク
- ③ 子会社を利用して(又は、親会社等から不当な圧力を受けて)不適正な行為が行われ、その結果、会社に著しい損害が生じるリスク
(6) 財務報告内部統制
監査役は、次の財務報告内部統制に関する重大リスクへの対応に着眼して、監査を行う。
- ① 代表取締役・財務担当取締役が不適正な財務報告を主導・関与する。
- ② 財務担当取締役等が重要財務情報を適時適切に把握しないため、組織的に又は反復継続して不適正な財務報告を行う。
-
③ 会計監査人が関与・看過して、不適正な財務報告を行う。
- (筆者の見方) 事業活動に伴なって発生した不適切取引・違法行為・トラブル等は、最終的には、ほとんどが何らかの形(例えば、対応のために相談した弁護士費用、損害賠償、課徴金、罰金)で決算書類に金額として記録される(風評被害は、販売減となって現れる。)。従って、企業の実務では、内部統制リスクを「財務」と「その他」に厳密に分ける実益は乏しい。
(参考)リスク・マネジメントに必要な「組織の内部・外部の状況」の検証
企業がリスク・マネジメントの仕組みを設計する際に重要なのは、企業の内部と外部の状況を検証することである。
検証すべき事項を列挙し、それぞれ、どの程度(影響の大きさ、発生可能性)のマイナスの影響を及ぼすリスクがあるのかを正しく評価した上で、次の1~4のいずれの方法を採るのかを決める。
- (注) 当然のことだが、法令違反の行為であることが判明した場合は、直ちにその行為を中止する。
- 1 回避(リスクの原因となる活動の中止等)
- 2 低減(受容可能になるまで、製品設計・取引方法・内部統制等を改善する等)
- 3 移転(保険をかける、ヘッジ取引を行う等)
- 4 受容(許容できる範囲内であり、万一、リスクが顕在化した後でも対応できる等)
なお、企業規範(企業が採用している方針・基準・規格・ガイドライン等)が社会規範に反している(又は不適切である)ことが確認されたときは、社会規範に適合させるための変更を行うことが重要である。
次に、一般的に取り上げられる主な検証事項を例示する[3]。
企業の監査を行う者が、監査に先立って、対象企業に関する検証事項リストを自ら作成(随時更新)すると、監査上の重大な漏れが減少することが期待される。
- (注) 検証すべき事項の多くは、各企業の経営計画策定の過程で検討されているものと思われる。特定の業界に共通の重要なリスク要因については、その業界団体で取り組みが行われることがある。
- 〔外部の状況〕
- ○ 自然災害 人材・有形資産の喪失、サプライチェーンの切断
- ○ 社会、政治、法律(特に規制法) 消費者保護強化、製品の健康・安全基準強化、競争法政策、輸出入規制
- ○ 市場変化 景気、技術革新、代替商品、競争相手、為替相場、資源の価格・供給量、当社の評判、風評被害
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○ 金融 融資規制、借入金利
- 〔内部の状況〕
-
○ 重要な経営判断に関する事項
大プロジェクト(新規事業、プラント建設、生産拠点の海外展開、企業買収、業務提携、合併)の停滞・挫折
多額の資金の調達難
経営判断の前提になる事実認識の誤り(買収先の実力・価値、隠れた重大な法律違反、事実誤認させる報告書等) -
○ 幹部役員が主導する不正に関する事項
不正が組織的に反復継続して行われ、隠蔽されることになるのを防ぐ仕組みが要る。(内部通報制度が有効) -
○ 操業に関する事項
工場・事務所等の設備大規模故障・事故・環境汚染・火事・被災
製品の品質クレーム・不具合・事故(欠陥、リコール等)
購入者・発注者を騙す説明・虚偽表示(商品の性能・産地・成分・効能・利益見込み等、施工・検査のデータ)
規正の例: 景品表示法・公正競争規約、食品表示法、金融商品取引法、不正競争防止法、各種の業法
市場競争力(ブランドイメージ、開発力、品質力、コスト力、販売力、シェア)の低下
企業内の経営情報の流れが不適切(内部の牽制・確認が不十分)
重要な契約の履行困難(当方、又は、相手方)
情報システムの大規模不具合(又は停止)
情報セキュリティの脆弱性(秘密情報・個人情報等が流出、サイバー攻撃で機械停止・資金流出被害)
他者の知的財産権を侵害
個人情報の流出・保護違反
営業に多い法令違反(独占禁止法、贈賄、反社会的勢力取引)
人事/労務(労働法令違反、労働争議、優秀人材の流出、従業員の不正行為、従業員の著しいモラル低下)
経理/財務(会計処理の誤謬・粉飾決算、資金流用、保有する金融商品の価格下落)
重要な取引先(販売先、仕入先、業務委託先等)の離反/倒産/取引条件悪化、大口取引先への過剰依存
その他の法令等違反(業法、課税回避規制を含む税法、会社法、金融商品取引法、上場規則等) -
○ 不祥事・自然災害への対応に関する事項
危機管理体制を整備、初期対応(初動)をマニュアル化して関係者に周知 -
○ 企業集団内部統制に関する事項
「重要な子会社における内部統制システムの構築・運用の状況」を確認する仕組みを作って、実践する。
[1] 1995年の大和銀行「ニューヨーク支店巨額損失事件1,132億円」、1996年の住友商事「ロンドン銅取引(簿外)の巨額損失事件2,850億円」、2017年の富士フィルムHD「ニュージーランド・オーストラリアの子会社の不適切会計で375億円損失」、2017年の東芝「アメリカの原子力事業子会社ウェスチングハウス・グループの経営破綻に伴い、2016年度通期決算では当期純損益ベースで約1兆2,400億円の損失を計上(2017年3月期事業報告)」、2017年のタカタ「アメリカ市場におけるエアバッグ欠陥問題が世界に拡大し、約1兆円の負債を抱えて民事再生法の適用を申請」
[2] 大和銀行(以下、D)ニューヨーク支店(以下、NY支店)において、行員 Aが約11年間(1984年頃~1995年)にわたりDに無断かつ簿外で米国の財務省証券の取引を行い、Dに約11億ドルの損失が生じた。Aは、これを隠蔽するため、顧客・Dが所有する財務省証券を無断で売却し、又は、この証券の再保管銀行発行の保管残高明細書を作り替える等したが、1995年7月に Dの頭取Y1に宛てて、この経緯を記した書簡を郵送した。Y1は、副頭取 Y2(国際部門統括、元NY支店長)、副頭取 Y3、会長 Y4(前頭取)に書簡を見せ、Y2を介して関係する取締役 Y5等に書簡を見せ、Y2を責任者、NY支店長の取締役Y6等を担当者として本件の解決を図り、取締役Y7(元NY支店長)をNYに派遣した。Y6、Y7等はAから事情聴取する等して書簡が真実との心証を抱き、 Aを日常業務から外して調査協力に専念させ、本件を秘密とすること等を指示した。また、NY連邦準備銀行に提出する報告書に、Aが無断売却した NY 支店所有の財務省証券約6億ドル分が資産として存在するように虚偽記載したほか、D所有の財務省証券を売却して、無断売却した顧客に対して米国財務省から受け取った利息として支払い、帳簿等にその旨の虚偽記載をして隠蔽工作した。 Dは、1995年11月2日にこの隠蔽工作等に関する刑事訴追(24の訴因)を受け、取締役会で決定して1996年2月27日にこの訴因の大部分につき有罪答弁して罰金3億4,000万ドルを支払う等の司法取引を行い、この弁護士費用1,000万ドルを支払った。Dは1995年11月1日に NY 連邦準備銀行等の当局との間で、米国内の銀行業務を停止する旨の合意命令を受けることに同意し、1996年2月に米国内の17店(NY支店を含む)を廃止して銀行業務を停止した。その後、 Dは、無断取引等の損失1,132億円8,600万円(甲事件)、米国罰金358億3,600万円(乙事件)を特別損失処理した。AとY6は、それぞれ司法取引して有罪答弁を行い禁固・罰金判決を受けた。損失事件と罰金事件に関して1995年11月27日に株主代表訴訟が大阪地方裁判所に提起され、①取締役等に内部統制システムに関する任務懈怠行為(善管注意義務違反、忠実義務違反)があったか、②取締役等に米国法令違反に関する任務懈怠があったか、③取締役等が賠償すべき損害の有無・範囲、等が争われた。大阪地裁判決は、「取締役は、従業員が職務を遂行する際違法な行為に及ぶことを未然に防止するための法令遵守体制を確立するべき義務があり、これもまた、取締役の善管注意義務及び忠実義務の内容をなすものと言うべきである。この意味において、事務リスクの管理体制の整備は、同時に法令遵守体制の整備を意味することになる。(略)このような不正行為を未然に防止し、損失の発生及び拡大を最小限に止めるためには、そのリスクの状況を正確に認識・評価し、これを制御するため、様々な仕組みを組み合わせてより効果的なリスク管理体制(内部統制システム)を構築する必要がある。」として、取締役11名に対し合計約830億円(甲事件でY2に5億3,000万ドル、乙事件で11名の取締役に対し連帯して2億4,500万ドル(責任範囲は個人毎に異なる))の損害賠償を命じた。(大阪地方裁判所平成12年9月20日判決(判例時報1721号3~52頁、引用末尾のリスク管理の部分は33頁から引用。損害賠償の内訳が判決日の朝日新聞に詳しく報じられている。))この後、2001年12月10日に大阪高等裁判所で「和解金総額2億5,000万円」を一審の被告ら(判決で賠償を命じられなかった現・元取締役・監査役を含む)が支払うこととする和解(弁護士報酬額の記述はない)が成立した。(寺田一彦『実録 大和銀行株主代表訴訟の闘い 被告が書いた詳細記録』(中経出版、2002)221頁)この和解金額は1審で敗訴した11人の被告の手取り年収の総額にあたる。(日本経済新聞2001年12月12日朝刊39面)
[3] JIS Q31000:2019(ISO31000:2018)「リスクマネジメント-指針」の「5 枠組み 5.4 設計 5.4.1 組織及び組織の状況の理解」、公益社団法人日本監査役協会「内部統制システムに係る監査の実施基準(平成27年7月23日)」、平成27年度中小企業庁委託調査「中小企業のリスクマネジメントと信用力向上に関する調査 報告書(平成28年3月 みずほ総合研究所㈱)」、企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準(平成23年3月30日)」の「Ⅰ 内部統制の基本的枠組み 2.内部統制の基本的要素 (2)リスクの評価と対応」等を参考にして、筆者が企業の実務家が理解しやすいと考える方法で整理した。