◇SH0614◇法のかたち-所有と不法行為 第十一話-4「自然と所有の法-伝統社会、環境・生態系」 平井 進(2016/04/01)

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法のかたち-所有と不法行為

第十一話  自然と所有の法-伝統社会、環境・生態系

法学博士 (東北大学)

平 井    進

 

4  観念的な土地所有の問題

 いかなる自然にせよ、その中で数千年にわたって暮らしてきた人々は、その自然を再生・持続可能にするように生活している。今日ある農耕社会を狩猟・採集社会の状態に戻す必要はないが、我々がいる自然と人間の関わり方を健全にする知恵は必要である。

 前述のように、人間が自然に働きかけて「有用」にするということだけではなく(人間がそのように思っているだけであって、実際には、古代シュメール文明のように、農耕のための灌漑が塩害を惹起して土地を荒廃させた歴史がある[1])、変化させた自然が人間(将来世代)の生活をどのように変化させるかということが重要である。

 そこにおいて重要であるのは、土地所有における所有権概念である。第一話で所有権概念の観念性について述べたが(特にその「絶対性」概念について、地上・地下に無限に及ぶ所有権、スペインとポルトガルが地球を二分して支配するトルデシリャス条約など)、大航海時代以後に限ってみても、ヨーロッパ以外の地域の自然と住民の生活に対して用いられてきた制度的な手段は、支配権(ここでは、所有権と領有権を含めていう)とその行使にある。

 支配権が観念的であることによる特徴の第一は、それが空間上の大規模な支配を可能にすることである。これは個人のレベルでは、(南米等に見られる警察・司法の権限をもつほどの)小さな国家に匹敵する広域支配であり、国家のレベルでは、ロシアが豹皮を求めて太平洋に達し、イギリス・オランダ等が胡椒などを求めて東南アジアに達するような支配領域の拡張である。陸上の境界は、山嶺・河川の場合を除くと、緯度・軽度による直線状のものとなることが多い(地図上の符号化)。このように、その支配は、対象とする自然のあり方と無関係な観念的なものとなる。

 その土地に住む人々にとって、自然は太陽光・土壌・水流・生物(微生物を含む)等の自然システムの総体として意義をもつ。一方、土地の支配権の特徴の第二は、その支配においてそのうちの空間だけを切取り、自然(保護)とそこに住む人々の生活(厚生)を捨象し(支配者はほとんど「不在地主」である)、支配者にとっての土地や資源の支配期間における価値(収益)が評価軸となる。その価値は、再生を無視して収奪することにより最大となる。

 


[1] 例えば、湯浅赳男『環境と文明-環境経済論への道』(新評論, 1993)第2章を参照。

 

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