◇SH0936◇実学・企業法務(第11回) 齋藤憲道(2016/12/19)

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実学・企業法務(第11回)

第1章 企業の一生

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

2. 会社の資産 

 企業経営は、人(ヒト)・金(カネ)・物(モノ)・情報の4種類の資産を用いて行われる。企業は必要な資産を取得し、それらを組み合わせて事業を運営する。

 1980年代頃までは、人(ヒト)・金(カネ)・物(モノ)が経営の3要素として説明されることが多かったが、情報が企業競争の決め手になる[1]ことが増え、特に1995年にマイクロソフトのWindows95が発売された頃からインターネットの普及が本格化し、2002年に日本で政府の知的財産戦略大綱が策定されると、企業経営における知的財産や情報技術(IT)の重要性が広く認識されるようになった。

 企業は、市場競争で優位を築くことを目的として、自社の経営資源をできるだけ自分が勝てる分野に集中投入するが、商品開発・販売に特化して製造工場を持たないファブレス企業[2]、自前の街頭店舗やサービス網を持たず専らインターネット上の店舗やテレビ通販を通じて販売する企業[3]、人材を確保して派遣することのみを業とする企業[4]等のように、徹底的に得意分野に集中する企業が現れている。

 以下、主な資産の概要を企業法務の視点で観察する。

 

(1) 人(ヒト)

1) 人材の確保

 企業が事業を継続するうえで、最大の財産は人材である。優れた創造力・技能・技術等を備えた人材を必要数確保できる企業は、市場競争で優位を築き、商品の変化に対応し、景気変動の波を乗り切ることができる可能性が大きい。

 しかし、販売や受注は常に変動するので、そのピーク時に合わせて生産・販売体制を構築すると、大半の期間、大きな余力を抱えて利益を確保できなくなる。そこで企業は、ピーク時に必要な規模を若干下回る生産・販売体制を築き、対応力が不足する場合は、派遣労働者[5]・パートタイマー・アルバイト等を確保して工場をフル稼働(又は社外調達を増加)する等して、市場への商品供給量を増やす。

 このとき、特定の仕事を完成することを請負人が約束し、注文者がその仕事の結果に対して報酬を支払う請負(委託)契約を結ぶことがあるが、発注者と受託側の労働者との間に指揮命令関係が生じる等の労働者派遣(労働者派遣法等に該当)の実態があれば、労働者供給を規制する職業安定法(4条6号)違反の偽装請負になる。

  1. ① 事業に必要な人材の質と量の確保
     近年、市場のグローバル化に伴って、企業には世界の多様なニーズに対応できる商品の企画・開発が求められる。一方で、商品のライフ・サイクルが短くなり、企画・開発から発売までの期間が短くなる例も多い。このため、企業ではICT(情報通信技術)を駆使して実験や設計の高速化を図り、生産工程を改善して生産時間を短縮し、製品・サービスを最終消費者に提供するまでのプロセス全体を簡素化・効率化する等して、できるだけ少数の人材で市場ニーズに最大限応えようとする。
     企業が必要とする技術や技能は、市場や競争相手の状況によって異なるため、日本では多くの企業が社内研修やOJT[6]を行って人材の社内育成に努めている[7]。しかし、今日のように必要な技術・技能の変化が激しく、かつ、事業の選択と集中が短期間で繰り返されると、社内教育だけで必要な人材を十分に確保するのは難しい。そこで、開発・デザイン・設計・製造・営業・管理等の高度な技術・技能を持つ人材を求める企業は、異業種を含む外部から専門家・経験者をヘッドハント等して採用することが増えてきた。
     近年、日本にも、企業[8]が求める人材を外部で選定し、候補者との間で待遇面の調整や説得を行って転籍を実現するヘッドハンティング会社[9]が多く存在する。

     〔前の勤務先から受ける制約〕
     企業が外部から優秀な技術者や営業担当者を採用する場合は、前の勤務先との関係を審査し、競業避止義務[10]を負っていないこと及び営業秘密が自社に混入(コンタミネーション)しないことを確認する必要がある。他者の営業秘密が自社に混入すると、その営業秘密を用いた商品の出荷が権利者によって差止められるだけでなく、その中途採用者と採用した企業がともに刑事罰を科される[11]恐れがある。
     一方で、自社の秘密情報の漏洩を防ぐために、情報セキュリティ管理を徹底する必要がある。労働協約や就業規則等に秘密情報保持義務を定めるだけでなく、退職時に競業避止義務[12]を課す契約を結ぶ企業もある。多くの国で、退職後の競業避止義務が合理的根拠のもとで認められているが、その要件は国・地方・時代により異なる[13]ので、現地の専門家に相談することが望ましい。日本の競業避止義務期間を巡る判決は2年以下とするものが多い[14]

    〔外国人労働者〕
     外国人が日本で事業活動を行い又は就労するためには、入国管理局に在留資格取得許可申請して在留の資格・期間に関する法務大臣の許可を受ける必要がある。外国人を雇用する企業には、出入国管理及び難民認定法・外国人登録法等を遵守することが求められる。
     このため、日本で外国人を雇用するときは、採用前に就労資格証明書・パスポートに押印された上陸許可証印・外国人登録証明書・資格外活動許可書等を確認することが望まれる。
     

  2. ② 人材の能力発揮
     企業の人材(役員、従業者)は、企業で業務を遂行することによって自己実現の欲求[15]が満たされると、最大限の能力を発揮する。このような人材が増えると、企業業績が大きく伸びることが期待される。そこで企業の人事労務管理[16]では、個々の社員について技能向上を図るとともに適切な目標を設定する等して、勤労意欲を高く保つように努めている。
  3. ③ 労働安全
     事業主は、労働安全衛生法を遵守して労働災害防止のための措置を講じるとともに、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて、職場における労働者の安全と健康を確保しなければならない[17]。また、安全衛生管理体制を確立するため、事業場の規模等に応じて、総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医等の選任や安全衛生委員会等を設置することが義務付けられている[18]
  4. ④ 最低賃金
     労働者の賃金については、多くの国で最低賃金が定められている。日本では最低賃金法が雇用形態・呼称を問わず全ての労働者に適用され、同法に基づいて(1)各都道府県の「地域別最低賃金」及び(2)「特定最低賃金(約240の特定産業に適用する)」が定められている。(1)(2)の両方が適用される場合は高い方が適用される。なお、派遣労働者には、派遣先の最低賃金が適用される。
  5. ⑤ 労働三権の保障
     日本では、会社に雇用される立場にある労働者に会社と対等な立場で賃金や労働時間等の労働条件を交渉できるよう、団結する権利(団結権)、団体交渉する権利(団体交渉権)、その他ストライキ等の団体行動をする権利(団体行動権)の労働三権(労働基本権ともいう)が保障されている(憲法28条)。
     これを具体化するため、労働組合法は、労働組合[19]に対して使用者との間で労働協約を締結する権能を認め、使用者が労働組合及び労働組合員に対して不利益な取扱いをする不当労働行為を禁じる。また、労働基準法は、労働者に不利な労働条件が押し付けられないようにするための原則[20]を示し、賃金・労働時間・休息・休暇等の最低基準を定める。労働関係調整法は、労働委員会が行う労働争議の斡旋・調停・仲裁・緊急調整を定め(同法2章、3章、4章、4章の2)、争議行為の制限禁止等を規定している(同法5章)。
     労働組合法・労働基準法・労働関係調整法の3法は「労働三法」と総称される。

[1] 1815年のワーテルローの戦いでイギリス・オランダ・プロイセン等のヨーロッパ連合軍がナポレオン率いるフランス軍に勝った情報をイギリス市場より一瞬早く知ったロスチャイルド家は、直ちにイギリス国債を売却して暴落させ、その直後に格安で同国債を買い占めた。その後、イギリスを含む連合軍が勝った情報が市場に伝わって国債価格が上昇し、ロスチャイルド家は巨利を得た。

[2] スポーツ用品のナイキ、IT機器のアップル、CDMA携帯電話用LSIのクァルコム、自動制御・計測機器のキーエンス等

[3] Amazon、ニッセン、ジャパネットたかた等

[4] リクルートスタッフィング、テンプスタッフ、スタッフサービス等

[5] 労働者派遣法に基づき、派遣先の指揮命令下に置かれる。

[6] On the Job Trainingの略。職場の実務を通じて知識・技術・技能・マナー等を社員に修得させる教育方法。

[7] 多くの企業が、企業内に研修所を設立しまたは国内外の大学・研究機関に留学生を派遣等している。企業が大学を設置した例として、トヨタ自動車の豊田工業大学、ソフトバンクのサイバー大学(株式会社日本サイバー教育研究所の通称)。

[8] 1990年代以降、中国・韓国等の企業が日本の有能な技術者・技能者を求める例が多数マスコミで紹介された。

[9] 経営幹部、特殊技能者・専門職、中間管理職、一般作業員等のいずれを主対象にするかによって、ヘッドハンティング会社の経営方針や活動方法は異なる。

[10] 競業制限の合理的範囲を確定するにあたっては「制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益、債務者の不利益及び社会的利害の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要する。」(奈良地裁昭和45年10月23日判決)

[11] 不正競争防止法第22条は、行為者個人を罰するだけでなく、その雇用主である法人に対しても罰金刑を科す(両罰規定)。

[12] 競業避止義務の有効性は、職業選択の自由の直接的制限に関わるため、秘密保持義務よりも厳格に解釈される。裁判例は、制限期間・場所的範囲・制限対象職種の範囲・代償の有無について、企業の利益・従業者の不利益・社会的利害の観点から慎重に検討したうえで、合理的範囲内の競業制限を有効としている。

[13] ドイツ商法は、競業禁止期間中の所得補償を要求し(74条)、2年を超える競業避止期間の設定を禁じる(74a条)。

[14] 東京地判 平成22.10.27 は3年を認めた。

[15] マズローの欲求5段階説(1972年、A.H.Maslow米国の心理学者)によれば、人間の欲求は次の5つの発展段階をたどる。①生理的欲求→②安全・安定欲求→③社会的欲求→④自己尊厳の欲求→⑤自己実現の欲求

[16] 役員・従業者の意欲を決定する要素には、金銭的報酬・決定権限の範囲・外部活動や就業時間の自由度・師と仰ぐ人物の存在・上司による評価・職場の人間関係等がある。

[17] 労働安全衛生法1条、3条1項

[18] 労働安全衛生法10条、11条、12条、13条、15条、19条

[19] 日本では、企業単位で組織された企業別労働組合が中心で、2015年6月末の労働組合数は約25,000(組織率17.4%)、その組合員数は約984万人(うち、パートタイム労働者約97万人)である。組織率は毎年減少傾向にある。

[20] 労働条件の原則(人たるに値する生活、労働条件の低下の制限)、対等の立場で決定、均等待遇、男女同一賃金、強制労働の禁止、中間搾取の排除、公民権行使の保障(以上、労働基準法1~7条)

 

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