コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(137)
―日本ミルクコミュニティ㈱のコンプライアンス⑨―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、合併会社の情報システムについて述べた。
市乳統合会社設立準備委員会には、「新会社の立ち上げ時には、情報システムの統合による混乱は最も避けなければならないことである」との認識はあったが、一方、雪印乳業(株)の経営悪化の速度が早かったので、新会社の設立は急がなければならず、スケジュールは極めてタイトであった。
経営協議会では、雪印乳業のシステム(ハード、ソフト)を基本としたシステム体系を構築する、但し受注システムについては全農直販の直接取引システム(AS/400)と雪印乳業の販売店取引システム(TANDEM)を併用することを確認したが、幹事からは、「スケジュールがタイトで大丈夫か」、「雪印乳業との共有は問題が発生しないのか」等の懸念が表明されていた。
合併会社の主導権は、資本構成によるのは当然だが、実務上は情報システムに習熟している者(自組織の情報システムを採用された者)が人事評価上も高い評価を受けやすく、そうでない組織の出身者(新たに情報システムを学ばなければならない者)との間に溝ができやすく、場合によってはパワーハラスメントや職場風土悪化の原因になるので、合併組織の経営者や管理職はこのことを踏まえたマネジメントを行う必要がある。
特に、合併組織設立の初期には、情報システムの混乱が発生しやすく、その責任を情報システムに習熟していない者のせいにしやすい。
今回は、総務、人事、経営企画、コンプライアンスについて考察する。
【日本ミルクコミュニィティ㈱のコンプライアンス⑨:総務、人事、経営企画、コンプライアンス】(『日本ミルクコミュニティ史』150頁~152頁)
1. 総務・人事体制
(1) 総務体制
- ① 本社
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本社は、「3社の社員が前向きな気持ちで業務に邁進できる」、「クレーム発生時に緊急対応できる立地」、「取引先へのプレゼンテーション設備がある」、「3社の社員の生活に大きな影響がない」、「耐震性等の安全性」等を念頭に選定した。
- ② 規定
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諸規定類は、現行3社の規定類を合理性・機能性・安全性の観点から比較検討し、規定毎に担当部会を決めて策定した。
- ③ 設立手続き
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会社設立は2003年1月1日を分割期日とするが、当日が祝日であることから1月6日に本店所在地で設立登記を行うこととした。
分割各社の臨時株主総会を10月に行い、終了後第1回取締役会を11月5日に開催し、商法に基づき代表取締役、役付取締役の選任、本店所在地の決定、中期経営計画の決定等を行った。
- ④ 設立費用負担
- 新会社設立にかかわる費用は、費用を可能な限り積算し、会社創業費用、会社分割にかかる費用、親会社子会社の再編にかかる費用、その他に区分して負担先を決定した。
(2) 人事体制の設定
新会社の人事体制は、予算を踏まえ規模に合った要員数へメンバーを削減することと、出身組織の異なるメンバーのそれぞれの持ち味を活かしてやる気を引き出し能力が発揮できる人事システムをどう設定するかが重要なテーマであった。
- ① 移行人数
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各社の移行要員数の決定は、基本的に、2002年3月期の営業赤字見込額をベースに会社別人員削減数を積算した。
- ② 人事制度の統合について
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人事制度の統合にあたっては、時間・費用・システム関係・労働条件の変更面などにおいてさまざまな制約条件があることから、新会社における融和を大前提に、以下の項目に重点を置いた制度構築を図った
- ・シンプルな制度であること
- ・新制度へのスムーズな移行が図れること
- ・社員が安心して働ける制度であること
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・能力主義を基盤としたメリハリある制度であること
- ③ 人事制度の体系の考え方
- 人事諸制度は、職務・職能を核としてトータルに連動させてシステム化した「トータル人事システム」を構築することとした。
トータル人事システム
2. 経営企画とコンプライアンス
設立準備委員会事務局の経営企画部会は、主に、統合スキーム、理念と行動規範、組織機構、中期経営計画等の原案を策定し新会社の設立を推進した。
(1) 統合のスキーム
統合のスキームは、雪印乳業(株)、ジャパンミルクネット(株)、全国農協直販(株)が共同して新設する新会社に、雪印乳業とジャパンミルクネットは各々市乳事業を、全国農協直販は営業の全部を承継させる形で、いわゆる「新設分割」により行なわれた。
その合意までには、設立準備幹事会において何度も激しい議論が交わされたが、8月20日の第3回設立準備委員会において「共同会社分割計画書及び会社分割にあたっての確認書」と「共同会社分割計画書の締結に係る覚書」が承認され、事実上の3社合意が成立した。
議論の焦点は、全農側から提出された、雪印乳業をはじめ統合3社の経営計画が新会社の事業計画の遂行に重大な影響が想定された場合にどうするかという点であったが、その場合には関係者で対応策を協議することとした。
(2) コンプライアンス体制と内部監査体制
コンプライアンス部の設置は、6月28日の第2回設立準備幹事会において「新会社の組織機構の考え方」を協議した当初から想定されており、企業倫理・理念・行動規範・法令遵守の浸透を図るコンプライアンス課と内部監査および監査役監査の補助を行なう業務検査課に分かれていた。
具体的取り組み内容については、準備段階では明確でなかったが、新会社が「雪印乳業食中毒事件」と「雪印食品牛肉偽装事件」の2つの事件を契機に設立された会社であることから、新会社のコンプライアンスに対する社会の注目度は高く、仮にコンプライアンス違反を起こした場合には、通常の会社以上に厳しい目が向けられることは容易に想像できた[1]。
次回は、新会社の中期経営計画について考察する。