◇SH2004◇最一小判(木澤克之裁判長)、未払賃金請求控訴、同附帯控訴事件 藤原宇基(2018/07/31)

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最一小判(木澤克之裁判長)、未払賃金請求控訴、同附帯控訴事件

岩田合同法律事務所

弁護士 藤 原 宇 基

 

1. 判決の概要

 最高裁判所は、本年7月19日、保険調剤薬局の運営を行う株式会社(上告人)に勤務する薬剤師(被上告人)が同社に対して、超過勤務があったなどとして、未払い時間外割増賃金等の支払を求めた事案について、業務手当の支払により労働基準法37条の割増賃金が支払われたということができないとした原審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った違法があるとして、原判決中、上告人敗訴部分を破棄し、原審に差し戻すこととした。

 本件原審判決(東京高判平成29年2月1日)は、いわゆる定額残業代の仕組みは、定額以上の残業代の不払の原因となり、長時間労働による労働者の健康状態の悪化の要因ともなるため安易に認めるべきではないとして、「定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその発生の事実を労働者が認識して直ちに支払を請求できる仕組み(発生していない場合には発生していないことを労働者が認識できる仕組み)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されており、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限り、定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができると解される」と述べて、上告人における定額残業代制度を無効と判断した。

 これに対して、本判決は、定額残業代により労働基準法37条等の定める割増賃金を支払ったといえるためには原審の述べるような事情は必須のものではないとしたうえで、雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われているか否かは、①雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、②使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、③労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきであるとして、以下の事情を検討し、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われたものであると認めた。

 

【本判決において考慮された事情】

雇用契約書

「賃金 月額562,500円(残業手当含む) 給与明細書表示(月額給与461,500円 業務手当101,000円)」

採用条件確認書

「給与 業務手当 101,000 みなし時間外手当」「時間外勤務手当の取り扱い 年収に見込み残業代を含む」「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」

賃金規程

「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する。」

確認書

「業務手当は、固定時間外労働賃金(時間外労働30時間分)として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します。」(ただし、被上告人とは取り交わしていない。)

実際の時間外労働の状況

業務手当は、1ヵ月当たりの平均所定労働時間を基に算定すると約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、被上告人の実際の時間外労働の状況と大きくかい離するものではない。

 

2. 評価

(1) 定額残業代の有効性⑴(労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったといえるか)

 本事案はいわゆる定額残業代制度の有効性が争点となった事案である。

 定額残業代制度により労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったといえるかについては、近年、最高裁判例において一貫して次のような判断基準が用いられている(テックジャパン事件(最一小判平成24年3月8日)、国際自動車事件(最三小判平成29年2月28日)、医療法人Y事件(最二小判平成29年7月7日))。

労働契約において、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができること

 本件原審判決は、これに加えて、「定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその発生の事実を労働者が認識して直ちに支払を請求できる仕組み」等を必要とするとしたが、これはテックジャパン事件最高裁判決の補足意見[1]の影響であると思われる。

 しかし、その後、国際自動車事件最判、医療法人Y事件最判において、定額残業代制度により労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったといえるためには上記の「判別」要件以外は必要としないとされており、本判決もその流れを汲むものとして評価できる。

(2) 定額残業代の有効性⑵(定額残業代が労働契約の内容となっているか)

 本事案のように、定額残業代が「業務手当」のように一見、割増賃金とは分からない名目で支払われている場合は、そもそも定額残業代制度が労働契約の内容となっているのかが問題となる。この点については、当事者意思の合理的解釈の問題であるが、原審が労働基準法37条に関する問題と混同して検討しているのに対して、本判決は、これを区別して、上記①乃至③の考慮要素を示して検討しているため評価できる。

 

3. 実務において留意すべき事項                 

 定額残業代が割増賃金として有効と認められるには、通常の労働時間に対する賃金と「判別」できることが必要であるが、その際、それが時間外労働等に対する対価であることを明示しておく必要がある。

 例えば、「管理職手当」など一見して割増賃金とは分からない名目で定額残業代を支払う場合、また、定額残業代を単に「時間外手当」としているが、休日労働手当や深夜労働手当も含むとする場合は、労働者への説明の内容や実際の労働時間等の勤務状況などによっては、定額残業代制度が労働契約の内容となっていないと判断されたり、定額残業代制度の内容に疑義が生じる可能性があることに留意する必要がある。

以上



[1] 「支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。」

 

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