◇SH1777◇社外取締役になる前に読む話(17)――業務執行取締役の裁量権逸脱行為に関する監視義務違反⑴ 渡邊 肇(2018/04/18)

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社外取締役になる前に読む話(17)

ーその職務と責任ー

潮見坂綜合法律事務所

弁護士 渡 邊   肇

 

XVII 業務執行取締役の裁量権逸脱行為に関する監視義務違反(1)

ワタナベさんの疑問その11

 当社の今期決算が確定したが、決算書類によると、巨額の特別損失が計上されている。決算取締役会においてそれに対して説明を求めたところ、社長命令でデリバティブ取引を含む新規の金融取引を行った結果計上されたものであり、しかもこれを回収することは困難であるという説明を受けた。また、当社においては、デリバティブ取引等を行うことを禁止する内規等はないということであった。

 取締役は皆、それはそれで仕方ない、損害の拡大防止に努める以外にないという反応なのだが、本当にそのような対応で問題ないのだろうか。自分も監視義務違反に問われ、会社が被った損害の賠償責任を問われることはないのだろうか。

 

解説

 これまで検討してきたとおり、取締役の監視義務とは、他の取締役が会社に損害を与える行為をしないように監視せよという義務、より具体的にいえば、他の取締役が、違法行為または裁量権逸脱行為をしないように監視せよということである。そして、これまで2回にわたり、業務執行取締役が違法行為に関与した可能性のある問題について検討してきた。

 今回の問題は、他の取締役が社長命令に従い、デリバティブ取引を含む新規の金融取引を行った結果、巨額の損失を計上せざるを得なくなったというものであるが、先回検討した事例と異なるのは、会社がデリバティブ取引等を行うこと自体は、何らかの法令違反を構成するものではないということである。因みに、デリバティブ取引等への関与が会社の内規に反する場合は、当該行為は法令違反と同視すべきであるとの判決があるが(ヤクルト本社事件 東京地裁平成16年12月16日判決)、本設問においては、ワタナベさんの会社にはかかる内規も存在しないということなので、本事例は、業務執行取締役が違法行為に関与した事例ではなく、裁量権逸脱行為があったか否か、そしてワタナベさんの監視義務違反が問われるか否かを考えてみることにしたい。

 これまで解説したとおり、判例の枠組みによれば、取締役が経営判断を行うにあたり、判断の前提となる事実認識に誤りがあった場合、または判断が著しく不合理であった場合の双方に、当該取締役に裁量権の逸脱による責任が発生する可能性がある。したがって、各取締役は、他の取締役が経営判断を行うにあたり、前提となる事実認識に誤りはないか、その判断自体が著しく不合理でないか、について監視する義務があるということになる。また、業務執行取締役以外の取締役の監視義務については、当該取締役の知らないところで業務執行取締役が違法行為等に関与した場合には、その他取締役が当該業務執行行為の内容を「知り又は知ることが可能であるなどの事情があるにもかかわらず、業務執行取締役の違法行為を看過したような場合」以外は、基本的には監視義務違反に問われる危険性は低いと考えられる。

 以上を前提にしてワタナベさんの疑問について考えてみたい。

 検討にあたっては、ヤクルト本社事件判決が参考になる。この事件は、プリンストン債という金融商品に、当時我が国企業70数社が総計1200億円超の資金を拠出し運用を委託したところ、結果的にはほぼ全額の回収が不可能となった詐欺事案(1999年に発覚)であり、その被害会社のうちの一社であるヤクルトの株主が、運用を行った担当取締役等の損害賠償責任を追及したというものである。この事件では、会社のリスク管理体制の一貫である内規に定められた元本限度額規制に反して運用が行われたとして、運用に関与した担当取締役の善管注意義務違反を肯定した一方(東京高裁平成20年5月21日判決)、運用に関与しなかった取締役の監視義務違反の有無については、一応のリスク管理体制が採られてきたこと、問題となったデリバティブ取引が、表面上想定元本の限度額規制を遵守したかのように装って実質的にこれを潜脱するという手法で行われたため、金融の専門家でもない取締役がこれを発見できなかったとしてもやむを得ないことなどを根拠に、監視義務違反を否定している(東京地裁平成13年1月18日判決)。

 ヤクルト事件は、担当取締役によるヤクルトの内規違反が存在とされた事案であり、業務執行取締役による法令違反行為があった事例と整理できる。その意味でワタナベさんの会社とは事情が若干異なるが、この事案で業務執行取締役の裁量権逸脱行為が問題となったと仮定しても、社外取締役の監視義務違反の有無はやはり同様に問われることになるであろうし、社外取締役の監視義務違反の有無を判断するについての裁判所の判断の枠組みも、先回まで検討した、業務執行取締役の違法行為の監視義務違反の有無について判断するための基本的な考え方、すなわち「取締役の責任が肯定されるためには、当該違法な業務執行を発見することができるような事情が存在し、且つ取締役がこれを知り得ることが必要」という判断の枠組みが踏襲されると考えられる。

 そうすると、ここでまず問題となるのは、そもそも業務執行取締役の裁量権逸脱行為とは何か、ということであろう。これについては次回考えてみたい。

 

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