◇SH1932◇実学・企業法務(第150回)法務目線の業界探訪〔Ⅲ〕自動車 齋藤憲道(2018/06/28)

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実学・企業法務(第150回)

法務目線の業界探訪〔Ⅲ〕自動車

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

〔Ⅲ〕自動車

7. 自動車の事故・事件  三菱自動車工業(以下、「M」という)の2つの事例

〔例1〕 リコール隠し[1]

1. 経 緯

1990年頃  ハブやクラッチハウジングに関する後出の事故と同様の不具合が、Mの社内で認識されていた。

1992年6月 ハブの輪切り破損・タイヤ脱落事故(高知・山秀急送㈲事故)秘匿情報とし、リコールせず。

1994年6月 ハブの輪切り破損事故〔2件目〕(金八運送㈲事故) 秘匿情報とし、リコールせず。

1996年6月 ハブの輪切り破損〔16件目〕・タイヤ脱落事故(広島・中国JRバス(株)事故)

運輸省に「同種不具合なし」として、リコール等の改善措置をとらず。

2000年7月 Mが組織的にクレーム情報を二重管理し、リコール隠しをしたことが発覚(1回目)。

Mは、1998年4月以降の不具合情報を調査し、約60万台のリコールを運輸省に届け出。

2000年10月 Mがダイムラー・クライスラー(以下、「DC」という)と乗用車分野で資本・業務提携。 

2001年度からMは業績改善計画[2]に取り組んだが、最終の2003年度に巨額損失を計上。

2002年1月 横浜市瀬谷区で、時速約50㎞で走行中の大型トラクタの左前輪ハブが破損し〔40件目〕、左前輪がタイヤホイール等ごと脱落して、歩道上の1名が死亡、2名が全治7日の傷害。

(注) ハブには開発年代順にA~Fがあり、「Dハブ」の輪切り破損事故としては19件目。

2002年6月 運輸省(当時)が、内部告発を受けてMの品質保証部の抜打ち立入検査を実施。

「報告情報」と「秘匿情報」の二重管理の存在を確認し、全部報告を指示。
※ M社内では、リコールした場合の莫大な費用発生と、信用失墜を懸念していた。

2002年10月 山陽自動車道(山口県)を走行中にブレーキが利かず、壁に激突して運転手が死亡。

(クラッチハウジング部品に問題)

2003年1月 Mの「トラック・バス部門と産業エンジン部門の一部」が「三菱ふそうトラック・バス」(以下、「MF」という)に分社化した。

〔出資比率〕DC43%、M42%、三菱グループ各社15%

2003年12月 M株主代表訴訟で和解「コンプライアンス基金を創設して通報制度を設ける等する。」

〔コンプライアンス基金[3](和解金1億6千万円)の使途〕
①外部専門家に対する内部通報制度の創設、②外部専門家を企業倫理委員会のメンバーに委嘱、③法令遵守態勢の整備・検討のための外部コンサルタント、④製品安全・環境対策の研究・開発、⑤マニュアル整備、⑥研修プログラム充実等の費用

2004年3月 MFが「ハブの脱落とクラッチハウジングの破損は設計が原因」としてリコールを発表。

MFは、2000年調査は不十分で「欠陥製品」か「整備不良」の解明が尽くされず、また、既販車にリコール手続き未了の積み残し案件が多数ある等の事実を明らかにした。マスコミはこれを「2度目のリコール隠し」と報道。

2004年4月 再建を主導していた筆頭株主DC[4]が追加支援打ち切りを発表。Mは経営危機に直面。

2004年6月 Mに、社外の有識者で構成する「企業倫理委員会」を設置。

2005年1月 Mが、新たな「再生計画」を発表した。

三菱グループ3社が合計2,700億円の第三者割当増資を引き受け[5]て、Mの経営を支援。
MFの株式を、Mがリコール・品質問題による財務損害の賠償としてDCに譲渡。
MFの株主は、DC85%(2004年の譲受分を含む)、三菱グループ各社15%に。

2008年1月 2002年10月の山口県の事故で、横浜地裁判決「4被告人[6]全員に業務上過失致死罪」

2012年2月 2002年1月の横浜市瀬谷区事故で、最高裁判決「当時の品質保証部門の部長及び担当部長について業務上過失致死傷罪が成立する。」

 

2. 企業倫理委員会[7]の提言[8]

 Mは失った信頼を回復するために、2004年5月に「過去の膿を全て出し切る」との経営トップの決意のもと、社内の全部門から延べ4,000人を動員し、期限を限らずに収集可能な品質情報を回収・精査し、2004年9月28日までに必要なリコール届け等の措置を完了した。

 「企業倫理委員会としての提言(2007年5月21日)」の主な項目は次の通りである。

  1. 1. コンプライアンス第一について
    (1) タコツボ文化の打破、(2) 企業倫理遵守推進体制の充実、(3) コンプライアンス重視の人材育成・人事評価
  2. 2. 安全第一について
    (1)「リコールが隠れない」システムの強化、(2) 安全・安心の基準を消費者の立場で点検、(3) 不具合の検討システムの中に「社外の目」が要る、(4) 設計品質に関する評価能力の充実、(5) 購入部品の品質問題への対応のために他社をベンチマーク、(6) 組み込みソフトウェアの品質問題への対応は開発技術に優先順位を付けて行う
  3. 3. お客様第一について
    (1) 不具合情報の適時開示、(2) 社会(一般消費者)への積極的アプローチ
  4. 4. 今後の企業倫理にかかわる組織・体制のあり方等について
    (1) 企業倫理担当役員(この時点では社長)のあり方を再考、(2) 企業倫理委員会には「社外の目」「世間の常識」の視点が重要

 


[1] 最高裁判決2012年(平成24年)2月8日、「燃費不正問題に関する調査報告書(2016年(平成28年)8月1日特別調査委員会)」、有価証券報告書、新聞記事等をもとに筆者が作成した。

[2] 2000年度経常損失見込900億円を、2001年度経常利益「ゼロ以上」にする「ターンアラウンド計画」。

[3] 2003年12月2日日本経済新聞夕刊1面、3日朝日新聞朝刊10面、三菱自動車工業(株)広報「2001年3月、リコール問題により提起された株主代表訴訟において、当社の元取締役11名が和解金として当社に供出した1億6千万円を2004年2月にコンプライアンス基金として設置しました。」

[4] 2004年3月末 普通株式33.7%を所有

[5] 三菱重工業500億円、三菱商事700億円、東京三菱銀行1,500億円

[6] 元社長、元副社長、元品質・技術副本部長、MF元会長の4人(全員に執行猶予)

[7] 2004年6月に、三菱自動車工業㈱取締役会の諮問機関として設置され、社外の有識者6名(設置時5名に1名増員)で構成された。

[8] 「三菱自動車工業株式会社企業倫理委員会 答申書(2007年(平成19年)5月21日)」より

 

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