コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(84)
―スポーツ組織のコンプライアンス②―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、最近立て続けに発生しているスポーツ界の不祥事の発生と協会等競技を統括する組織の対応のまずさを踏まえ、スポーツ組織のコンプライアンスについて、組織論と経営倫理の視点から、経験を踏まえて述べた。
スポーツには、人々をポジティブにし達成感や感動を共有化する素晴らしい面があるが、不正のトライアングル理論と経験に照らして考察すると、トップ選手や監督・コーチ・競技団体役員には、一般のビジネス以上に、不正を行う動機・機会が存在し、不正を正当化しやすい面があることから、コンプライアンス違反が発生しやすい。
スポーツに対する社会的支持を得るためには、スポーツ組織におけるコンプライアンスの徹底が必要である。
今回は、前回に続き、スポーツ組織の組織文化の特徴とリスクを考察する。
【スポーツ組織のコンプライアンス②:スポーツ組織の組織文化の特徴とリスク】
組織文化は、その組織独特の価値観であり、組織が成功・発展するにつれて形成され組織メンバーに共有化された暗黙の了解である。
強い組織文化は、環境変化が緩やかな場合には成功の要因になるが、(今回の一部スポーツ組織の不祥事ように)組織が革新しなければ存続・発展ができない状況に置かれた場合等、環境変化が激しい場合には、変化に抵抗し革新を妨げやすい。
組織文化は、成功の歴史が長く単一の組織であるほど強化されるという特徴がある。
したがって、長い歴史と伝統に裏付けられた競技団体ほど強い組織文化を持つ傾向にあるが、一旦不祥事を発生させ、組織文化(体質)の改革を迫られた時には、改革を円滑に進めることは難しく、それがリスクになりやすい。
スポーツ組織の組織文化とリスクの関係は、以下のことが考えられる。
(1) 上下関係にこだわり自由な発言を許さず、人権侵害、情報隠蔽に傾きやすい
我国では、比較的歴史と伝統があり厳しい指導が一般化している(例えば格闘技的要素の強い)競技では、経験が力量の差に反映しやすく、伝統的に先輩が後輩に対して(OB出身の監督・コーチが選手に対して)上下関係にこだわり、専制的で自由な発言を許さない傾向がある。
選手は自ら考え工夫するよりも、まず、盲目的に指導に従うことを強制され、要求に抵抗する者は退出せざるを得ない状況に追い込まれる。
それが習慣化し伝統になると、要求はエスカレートし、一般社会では人権侵害や傷害事件として扱われることが、指導の一環として正当化され隠蔽されやすい。
(2) 内向きで外部の批判に過剰に反応し対応が後手に廻りやすい
競技については、競技経験者が一番知っているので、不祥事が発生しメディア等の批判を受けた場合でも、批判を冷静に受け止めて改革するよりは、批判に過剰に反応し「競技を知らない素人の批判だから耳を貸す必要はない」として反省せず、むしろこれ以上批判を受けないように情報隠蔽に傾きやすい。(時には、的外れな報道対応を行い、更に批判を呼ぶ場合もある。)
そのため、競技の統括団体は、問題が発生しても初動が遅れ、深刻化して監督官庁から改善勧告を受けるまで行動しない傾向があり、対応や改革が後手に廻りやすい。
(3) 派閥中心の人事が行われ体質改善が進みにくい
競技団体は、先輩・後輩の縦の関係が強く、出身学校・クラブ・地域等を中心とした派閥を形成しやすい。
その為、人事は、必要な能力の結集ではなく、派閥のボスを中心とした支持者の論功行賞により決定されやすい。
したがって、組織運営に異論があっても(場合によっては報復人事により抹殺されるので)派閥のボスの意見に反対を表明できず、組織はイエスマンの集団になり停滞しやすく体質改善が進みにくい。
一般の組織でも、派閥は組織を停滞させやすいが、スポーツ組織では、それが顕著に表れる傾向があるので、意図的に仕組みを作らなければ、自由な議論を踏まえた組織運営が難しい。
(4) 金銭問題と派閥争いがセットで発生し組織が混乱しやすい
競技団体の運営は、規範よりもヒト中心なので、経理も厳格なルールに基づく取扱いよりも有力者の意見に迎合するどんぶり勘定になりやすい。
そのために、スポーツ組織では金銭問題が発生しやすく、これに派閥争いが結びついて組織が混乱しやすい。
スポーツ組織が非営利組織であっても、組織維持や大会運営に大金が動く場合、当初組織運営が手弁当のボランティアで行われていた場合でも、組織が一定程度成功し大金が動くようになると、組織運営の主導権を巡る争いや、運営資金の使途を巡る争いや不祥事が発生しやすくなる。
(5) 外部の利害関係者からの働きかけが多く組織が混乱しやすい
スポーツ組織には、競技を支える様々の利害関係者の協力が必要である。
例えば、スポンサーを集める広告代理店、競技関連メディア(新聞、専門誌、TV局等)、大会開催場所の国や地方(国や地域活性化の一環として資金、設備、ボランティア等を提供する)、スポンサー企業、実際に競技運営に関わるイベント会社、競技関連グッズの製造・販売業者、上部団体役員等である。
大会の規模が大きくなるほど、権威の高い大会を行うほど、利害関係者が増え依存関係が増大・複雑化するとともに、競技団体役員や有力選手に対するステークホルダーからのパワー(影響力)行使も行われやすく、組織はルール化を徹底しなければ、混乱しやすい。
次回は、これまで検討したリスクを踏まえて、一般のビジネス組織のコンプライアンスを参考に、スポーツ組織のガバナンスや教育・研修等の在るべき方向を考察する。