◇SH1396◇弁護士の就職と転職Q&A Q16「司法試験の不合格者は内定を取り消されるのか?」 西田 章(2017/09/19)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q16「司法試験の不合格者は内定を取り消されるのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 企業法務系の法律事務所の一部では、司法試験合格発表前に採用選考を終えています。そのため、内定者が不合格だった旨を自己申告すると、「合格が条件なので、残念ながら内定取消し」という対応をされてしまうのが通例です。しかし、一部では、「来年まで待つ」と言ってくれる採用担当パートナーも存在します。今回は、法律事務所の採用選考における「内定者の司法試験落ち」への対応策の違いを取り上げてみたいと思います。

 

1 問題の所在

 旧司法試験時代は、「司法試験は合格すれば、超優秀」であり、「不合格でもナイス・トライ」(択一合格だけでもそこそこすごい)という評価を受けていました。それが、司法制度改革の結果、旧司法試験世代の一部からは「合格して当然」、「不合格ならば、全然ダメ」と受け止められてしまうようになりました。特に、企業法務系事務所には、旧司法試験をストレートに合格してきた「学歴エリート」が支配的ですので、「挫折が自分を成長させてくれた」という原体験を持ち合わせていません。そのため、採用選考の場面では、「不合格=受験生が停止条件をクリアできなかった」というドライな対応が多数説です。

 しかし、法律事務所も、書面審査だけで内定を出したわけではありません。面接を重ねて、「なぜ司法試験を目指したのか?」「どんな弁護士になりたいのか?」といった対話を繰り返して、採用担当者が「目利き」を行なった上で、内定を出すに値する人物であるとの判断したはずです。司法試験に落ちたことでそれがすべて覆るならば、その「目利き」能力にも疑問符がつくはずです。そこで、自己の「目利き」に自信を持っている採用担当パートナーならば、「司法試験に落ちたからといって、こいつにうちの事務所に来てもらいたい、という判断に変わりはない」として、「来年まで待つ」という言動につながります。

 それでは、不合格のショックも癒えない時期に、受験生は、「内定の取消し」又は「来年まで待つ」との言葉に対して、どのような心持ちで臨むべきなのでしょうか。

 

2 対応指針

 弁護士資格を得る時期が1年以上遅れてしまう以上、法律事務所の内定を取り消されるのはやむを得ません。同期に遅れることに焦りも感じるでしょうし、翌年の就活は、今年よりも、さらに厳しくなることは確実です。翌年に見返すことを誓うのも良いですが、そこまでの意欲をすぐには湧かせられない場合には、一旦、司法試験合格を前提としない職に就いて態勢を立て直すことも検討に値します。

 内定先事務所から「来年まで待つ」と言ってもらえることは、きわめて幸運なことです。その期待に応えるために、試験勉強を再開することは必要ですが、併せて、内定先事務所でのアルバイトにも志願してみるべきだと思います。漠然と「弁護士」を目指すのではなく、「この事務所で弁護士として貢献したい」という目標を明確にした上で準備に取り掛かることができます。

 

3 解説

(1) 弁護士としての「不合格経験」

 職場には2種類の人事評価があります。減点主義と加点主義です。減点主義的な人事評価の下では、「学歴やペーパーテストの成績」が重視されます。役所がその典型例です。なぜなら「本業の成果を数値で示すことができないから」です。

 他方、加点主義的な職場では、「本業での実績」が評価されます。誰をどの部署に配属させるか、どの事件を任せるか、といった「入口」の段階で、学歴やペーパーテストの結果が参照されることがありますが、それは「きっかけ」にしか過ぎません。実績を出すことで挽回することができます。

 弁護士業務に即して言うと、「減点主義的業務」とは「金融機関等を代理して勝って当然の事件に勝つ」とか「ミスのないドキュメンテーションをする」が挙げられます。他方、「加点主義的業務」には、「負け筋の事件ながらも、苦しみながら勝機を見出す」とか「経営不振の企業を立て直す」のような目標が掲げられます。

 新人採用では、減点主義的な選考が行われる先も多いですが(不合格による内定取消しもその一環として位置付けられます)、逆境に追い込まれたクライアントは、外部弁護士に「ペーパーテストの優秀さ」を求めません。「不合格」という挫折は、これを乗り越えることができた先には、「加点主義的業務」を担うための礎を築くことができます(逆に「学歴エリート」はそれが欠けたままでシニアになってしまうことがあります)。

(2) 「企業への就職=司法試験を諦める」ではない選択

 司法試験の不合格を知った後の行動には、①「合格しなければ前に進めない」と考えて、すぐに翌年の試験への勉強を再開する方法と、②一旦、立ち止まるために、司法試験合格を前提としない職場(企業やパラリーガル等)への就活をする方法があります。

 試験の失敗の原因が明確で対策が分かっているのであれば、方法①を採用して、「ロスを1年で止める」というのも合理的対応です。しかし、原因が曖昧、又は、モチベーションが湧かない場合には、方法②を検討してもよいと思います。また、方法②を採用することは、「司法試験を諦める」ことを必ずしも意味しません。実際にも、企業に就職して数年を経てから、夜間や週末の時間を利用した勉強を再開して、司法試験に合格された方も存在します(その後、司法修習に進む場合に、修了後に職場に戻るのか、法律事務所を希望するかは、職場への復帰後の処遇を、他の選択肢と比較して検討することになります)。

 このキャリアにおける「未合格期間」は単純な「ロス」ではありません。むしろ、「ストレートに合格した同期が持っていないユニークな経験」となります。就職活動では「ユニークな経験」を評価してもらえない苦悩を味わうかもしれませんが、将来の弁護士業務における「クライアントへのサービス」を提供する上では、必ず有益な経験となるはずです。

(3) 「来年まで待つ」という事務所の返礼

 採用担当パートナーの中には、稀に「試験に一回落ちたからといって、うちの事務所に来てもらいたい、という判断に変わりはない」と言ってくれる方がいます。このような先輩弁護士と巡り会えたことは、これから弁護士を目指す者としての最高位の幸運です。「不合格」は辛い出来事ではありますが、そのようなご縁を確認できたことには価値があります。来年は絶対に合格します、と約束して勉強を再開すると共に、「お邪魔でなければ、無資格者のままでアルバイトさせてください」という提案をすることも考えてみるべきだと思います。これには「内定を取り消さないでくれた採用担当パートナーへの恩に報いるため」でもありますが、自分自身のためでもあります。通常の受験生は、漫然と「まず司法修習に行く」「どんな弁護士になるかは、司法修習を踏まえて考える」と考えています。それとは異なり、「この事務所で弁護士として働きたい」という目標を掲げた上で、業務に知識と思われる勉強する時間を得て、実務修習にどこを希望すべきかを考えることもできます。

 「一年間の足踏み」は、自ら望むような選択肢ではありません。先に修習に進む同期が眩しく見えるでしょう。受験生と修習生には天と地の開きがあり、修習生と新人弁護士の間にも大きな差を感じるでしょう。しかし、弁護士3年生と4年生に大した差はありませんし、弁護士9年生と10年生は、もはや同列に扱われます。弁護士としての成否は弁護士経験の長さだけで測られるわけではありません。ご縁がある事務所で、尊敬できるパートナーの下で修行する機会を得られること、それを自覚できることは、「足踏み期間」のコストを差し引いても、弁護士のキャリアにとってプラスの価値を持っています。

以上

 

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