債権法改正後の民法の未来 59
約款・不当条項規制(7)
清和法律事務所
弁護士 山 本 健 司
Ⅲ 議論の経過
2 議論の概要
(5) 第3ステージ
ウ さらに、第89回会議(H26.5.27)において、部会資料78Bの下記のような論点設定のもとに議論がなされた[1]。
部会資料78Bでは、「定型条項の定義」について、部会資料75Bの「当事者の一方が契約の内容を画一的に定めるのが合理的であると認められる取引」という要件には、画一的に契約内容を定めることが当事者の一方にとって利便性が高い場合をも広く包含するように読め、製品の原材料の供給契約等のような事業者間取引にも広く適用されるとすれば問題である等といった反対意見があったとして、定型条項が用いられる取引の典型例として想定しているのは「多数の人々にとって生活上有用性のある財やサービスが平等な基準で提供される場合や、提供される財やサービスの性質や取引態様から、多数の相手方に対して同一の内容で契約を締結することがビジネスモデルとして要請される取引などである」という従前の理解を前提としたうえで、そのような取引における「契約内容が画一的に定められることが通常であること」及び「その契約締結過程では、相手方が定型条項の変更を求めずに契約を締結する(契約交渉が行われない)ことが取引通念に照らして合理的である」という特徴ないし要素を「定型条項」の定義に取り込むという提案内容が示された。
【部会資料78B】
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第89回会議の議論では、個別合意の優先は異なる内容の合意をした場合に限定されないはずである等といった意見が述べられる一方、個別に約款の修正を合意すれば但書で適用が外れるとしても、交渉の余地があることで全体が定型条項でなくなりはしないか、異なる内容の合意をした契約条項があれば全体として定型条項ではなくなるのか、全体としては定型条項だけれどもその契約条項については定型条項に関する規律が及ばないというのかを明確にした方が良いといった意見や、本文部分は取引の客観的性質で分け、交渉して異なる合意をした場合が但書である、ある人は交渉して同じ内容になっており、ある人は交渉しないで同じ内容になっている場合に、ある人との関係では変更できないけれどもある人とは変更できるということになると定型条項を使って画一的に顧客を扱うという趣旨からすると困った事態が起こるのではないかという指摘もある等といった意見も述べられた。
また、「相手方がその変更を求めても、変更に応じないで契約を締結することが取引通念に照らして合理的である」とした方が実態にあっている、相手方がある条項は原文のままで良いけれども別の条項を変更することによって全体としてバランスをとっているという場合に最初の合意で内容を変えていない部分は約款であって後に一方的に変更できるというのは初めの当事者の意思から見ると違う場合もあり得る、一切当初の条項の変更を許さないもののみが約款であると定義をすれば変更までセットで効果を認めるということが理解しやすいのではないか、交渉の余地がない一方によって準備された契約条項の総体であって、それで一般的に契約が締結されるのが合理的なものというような約款の典型現象に限定してしまえばよい、このような但書があると一部変更があった場合についてはある人にとってはそこも含めて約款であるけれども、他の人にとっては約款でないという判り難い状況になる等といった意見も述べられた。
さらに、コンセンサスの形成のために今回の定義は相当に絞って典型的な付合契約と呼ばれているもののコアの部分を捕捉できるような定義を試みている、この定義では内容の変更を求める交渉をしないのが合理的であるような場合に限定しているのでバーゲニングパワーの結果たまたま多数の相手方との契約が同じ内容になっている場合は除かれる等といった意見も述べられた。
エ 加えて、第93回会議(H26.7.8)において、部会資料81Bの下記のような論点設定のもとに議論がなされた[2]。
部会資料81Bでは、まず、①「定義」について、従前の提案内容がほぼ維持された。なお、部会資料81Bでは、第89回会議における結果的に条項準備者が提示した内容と同じ内容の合意をした場合も定型条項の規律の対象から除くべきであるとの意見について、個別合意の存否の判断は容易でない、契約内容が同一であるにもかかわらず特定の相手方についてのみ他と異なる扱いをすることは条項準備者にとって煩雑である、定型条項を用いた取引の円滑性等を著しく阻害するといった指摘に配慮して、但書は従前どおり「異なる合意」がされた個別の契約条項のみを除くとされた。
また、②「約款の組入要件」「開示義務」について、柱書の「相手方が異議を述べないで」という字句が削除された。異議を述べられた場合は契約が成立することが実際上ありえないと考えられること、異議を述べておきさえすれば拘束力を否定できるかのような誤解を生じさせるおそれがあることが理由とされた。また、約款内容の認識可能性を組入要件とはせず、事業者の開示義務を別に規定するという考え方は維持したうえで、相手方の開示請求に対して定型条項の内容を認識することを妨げる目的で不正にこれに応じなかったときは定型条項が契約内容にならないという新たな提案が付加された。
さらに、③「不意打ち条項規制」「不当条項規制」については、従前の提案内容がほぼ維持された。
加えて、④「約款変更」については、変更時点で現に変更の対象となる定型条項を契約の内容とした相手方が多数又は不特定であることを要件から除外する、約款変更できる場合を変更条項が存在する場合に限定する、定型約款を変更しない旨の定めの効力に関する規定を除外するといった修正提案がなされた。
【部会資料81B】
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第93回会議の議論では、②「約款の組入要件」について、「異議を述べないで」という字句は消極的合意という形での約款合意の存在を示すもので維持すべきである等といった意見が述べられた。また、「開示義務」について、開示義務違反があった場合に組入除外となる規定の要件に関して、消費者被害を念頭に置くと「妨げる目的」という要件は厳しい等といった意見が述べられた。
また、④「約款変更」について、変更条項がなければ約款変更を認めないのは硬直である、むしろ変更条項がない場合の約款変更の規律が重要である、無限定な変更条項は不当条項である、変更条項が消費者契約法の不当条項規制等で効力を否定された場合には約款変更の要件を満たさないことを確認する、個別合意の取得の困難さを実体要件の考慮要素として明示すべきである等といった意見が述べられた。
[1] 第89回会議の配付資料・議事録(http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900214.html)
[2] 第93回会議の配付資料・議事録(http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900221.html)