◇SH2619◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(172)コンプライアンス経営のまとめ⑤ 岩倉秀雄(2019/06/21)

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コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(172)

―コンプライアンス経営のまとめ⑤―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、組織行動論に基づく移行過程のマネジメントについてまとめた。

 「革新を阻むもの」は、これまでの自分の地位や価値観を否定されたと感じた者が「抵抗」を始め、どう対応してよいかわからない者は「混乱」し、革新を一つの機会として組織内で有利な地位を占めようと政治的に働く者同士が互いに「対立」することにより、発生する。

 変化に対する「抵抗」の管理には、①原状と望ましい状態とのギャップを伝えて変化の必要性を認識させる、②成員を変化の過程に参加させて、当事者意識たせ動機付ける、③移行中または将来について望ましいと考えられる行動に報酬を与えて動機づけ移行を促進する、④情理を尽くして説得するとともに、成員に自らを納得させる時間的余裕を与える、⑤移行する成員に十分に教育・訓練を実施し不安感をなくす、等がある。

 変化に対する「混乱」の管理には、①将来の組織状態に対する明確なビジョンを呈示し、組織内に周知徹底する、②移行過程の実際の進行具合について、移行担当者とそれ以外のメンバーとの間に正確な情報を絶えず授受伝達する、③移行当初に予想しなかった問題が生じた場合には、直ちにそれを解決する等、がある。

 変化に対する「対立」の管理には、①移行に反対する集団に対しては、妥協することなく、会議など公式の場でできるだけ反対意見を提出させ、議論を戦わせて論破する、②各集団のリーダーの行動を通じて組織内に革新のエネルギーを作り出す等、がある。

 今回は、合併組織のコンプライアンスについてまとめる。

 

【コンプライアンス経営のまとめ④:合併組織のコンプライアンス①】

1. 筆者の問題認識と合併組織のコンプライアンス課題

  1. ⑴ 合併組織では、共通の組織文化がまだ形成されておらず、異なる組織文化を持ったメンバーが共存しているので、互いの行動や意思決定の背景や理由が理解できず、そのために職場のいたるところでコンフリクト(軋轢)が生じやすい。
  2. ⑵ 合併組織では、組織内の意思決定プロセスが明確化されていないか、あるいは組織内に徹底されていないので、意思決定ルールも全成員に納得され共有化されていないので、組織が混乱状態になりやすい
     意見の合理性よりも親会社の資本構成が優位な者、人数の多い多数派、声の大きな者等の主張が通りやすく、少数派の主張が通り難い。
     また、合併組織で新たに設定されるルールも、公平性や合理性よりも、組織内で多数を占める者が有利になるように巧妙に差別を織り込んで作られることもあるので、少数派の人々の不満が蓄積しやすく、この状態を放置しておくと、不正や内部告発を誘発する。
  3. ⑶ 合併組織では、出身会社主義による評価・処遇が行なわれやすく、人事やポストの主導権争いで割を食った者の不満が蓄積しやすい。
     将来の出世につながる花形ポストは多数派が占め、楽しくないリスクの大きなポストは少数派に分配されやすいので、少数派に不満が鬱積しやすく内部告発や、組織に対する反発からコンプライアンス違反発生のリスク(動機・機会・正当化という不正のトライアングルが働きやすい)が増大する
  4. ⑷ 多数派や少数派に限らず、合併組織では競争優位を実現するために、新たな枠組みに基づいて業務を推進しなければならず、そのために旧社で慣れ親しんだ進め方をアンラーンニング(学習棄却)し、新たな業務の進め方を学習し直さければならない場合が多いので、年配者を中心に新たな業務の進め方に適応できない者に、喪失感やストレスが発生しやすい。
     特に、若手の上司と年配の出身会社の異なる部下との間には軋轢が生じやすく、上司が配慮に欠ける言動をする場合には、部下は自信喪失に陥り精神的に参る(極端な場合にはうつ病になる)か、反発してモチベーションが下がる危険がある。
     そのため、職場の雰囲気は悪化し、短期的にはともかく中長期的には人材が毀損され、業績に悪影響が出る。
  5. ⑸ 合併会社は、利益第一主義になりやすく、そのためにコンプライアンス違反が発生しやすい。
    既述したように合併は強い者同士が更に強くなるために行なわれる場合もあるが、多くは単独では立ち行かない組織が合併により利益を上げようとする場合に行なわれるので、経営者は、株主・金融機関等から、短期的に利益をあげるように経営改善圧力を受けており、そのような圧力の下では、経営者も利益を上げることを第一に従業員に求めやすい。
     合併により混乱した組織状況の中で、利益最優先を求める組織では、「少々のコンプライアンス違反には目をつぶり、まず利益を上げることを第一に目指す」という心理が働きやすい。
     また、合併組織における人事評価は、付き合いが短く互いの人間性や仕事の仕方を十分に理解していない上司と部下の間で行なわれるので、結果だけで評価しやすく、業務プロセスにコンプライアンス違反があるか否かのチェックは働きにくい。

 

2. 組織人の本音

 筆者の主催する組織文化研究会(実際に組織合併を経験した者も多い)でも、①人事上の軋轢が生まれやすく融合が難しい、②経営理念をどうするかでもめる、③社名の決め方も問題になりやすい、④合併効果が出るまで時間がかかる、⑤情報・権限が明確でない場合には、意見を出しにくい、互いに何をやっているか良くわからない状況になりやすい、⑥人事評価に差が出やすい、⑦考え方の違いから誤解が生じやすい、⑧相手組織について知らないことから、コミュニケーションギャップが生じやすい、⑨互いに理解しようとせず、出身会社で派閥が生じやすく、弱い組織の出身者が損をしやすい、⑩某社を合併した時、組織文化や仕事の仕方の違いに驚いた、等の声が聞かれた。

 

3. 合併組織のコンフリクトを減らす方法の考察

 合併組織のマネジメントの困難性を減ずるためには、以下の方向が想定される。

  1. A: コンフリクトの発生そのものを抑える
  2. B: コンフリクトが発生しても、組織内に統制力(公式権限や調整メカニズム)を働かせて、コンフリクトの顕在化を抑制する

つづく

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