◇SH0440◇最二小判 平成27年6月12日 所得税更正処分取消等請求事件(千葉勝美裁判長)

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1 事案の概要

 本件は、匿名組合契約に基づき航空機リース事業に出資をした匿名組合員であるAが、当該事業につき生じた損失のうち当該契約に基づく同人への損失の分配として計上された金額を所得税法26条1項に定める不動産所得に係る損失に該当するものとして所得税の各確定申告(3年分)をしたところ、所轄税務署長から、上記の金額は不動産所得に係る損失に該当せず同法69条に定める損益通算の対象とならないとして、各年分の所得税につき更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けたため、Aの訴訟承継人であるXらが、国を相手に、上記の各更正及び各賦課決定の取消しを求めた事案である。

 

2 本件の事実関係

 (1) B社は、外国法人C(以下「本件営業者」という。)との間で、本件営業者が営む航空機リース事業(以下「本件リース事業」という。)に出資をする旨の匿名組合契約(以下「本件匿名組合契約」という。)を締結し、その契約上の匿名組合員の地位(ただし、Aの拠出額がB社の出資額中に占める割合に相当する部分)をAに譲渡した。本件匿名組合契約及び上記の地位譲渡契約に係る各契約書には、本件リース事業は本件営業者がその単独の裁量に基づいて遂行するものであって、匿名組合員は本件リース事業の遂行及び運営に対していかなる形においても関与したり影響を及ぼすことができないなどと記載されていた。

 (2) 本件リース事業については、平成14年10月から同17年9月までの各計算期間(10月1日から翌年9月30日まで)に本件営業者に損失が生じ、各計算期間の末日において、Aの出資割合に応じた金額が同人への損失の分配として計上された。
 Aは、上記のとおり計上された金額につき、これを所得税法26条1項に定める不動産所得に係る損失に該当するものとして他の所得の金額から控除(損益通算)して税額を算定した上で、平成15年分から同17年分までの所得税の各確定申告をした(以下「本件各申告」という。)。所轄税務署長は、平成19年2月22日、上記の計上金額は不動産所得に係る損失に該当せず、損益通算をすることはできないなどとして、上記各年分の所得税につき更正及び過少申告加算税の賦課決定をした(以下、これらの更正及び賦課決定の各処分中、本件において取消請求の対象とされているもののうち、原審における訴え却下部分を除いた部分を「本件各更正処分」又は「本件各賦課決定処分」という。)。

 (3) 匿名組合契約に基づき匿名組合員が営業者から受ける利益の分配に係る所得区分については、所得税基本通達36・37共-21が発出されているところ、同通達は平成17年12月26日付けで改正されている(以下「平成17年通達改正」といい、この改正前のものを「旧通達」、改正後のものを「新通達」という。)。①旧通達では、原則として、営業者の営む事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当するものとされ、例外として、営業の利益の有無にかかわらず一定額又は一定割合により分配を受けるものは、貸金の利子と同視し得るものとして事業所得又は雑所得に該当するものとされていた。これに対し、②新通達では、原則として、雑所得に該当するものとされ、例外として、匿名組合員が当該契約に基づいて営業者の営む事業に係る重要な業務執行の決定を行っているなど当該事業を営業者と共に営んでいると認められる場合には、当該事業の内容に従い事業所得又はその他の各種所得に該当するものとされている。

 

3 原判決

 原審は、①本件匿名組合契約に基づくAへの損失の分配として計上された金額は所得税法26条1項に定める不動産所得に係る損失に該当しないものとした上で、②新通達をもって従前の行政解釈が変更されたものと評価することはできず、Aの本件各申告に国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があるとはいえないものとして、Xらの取消請求を棄却すべきものとした。

 

4 本判決

 原判決に対し、Xらが上告受理の申立てをしたところ、最高裁第二小法廷は、その上告を受理し、原審の判断のうち所得区分に関する部分(上記3①)は是認することができるが、「正当な理由」の有無に関する部分(上記3②)は是認することができないとして、本件各賦課決定のうち平成15年及び同16年分(一部)に係る部分を破棄し、同部分につき原々審判決(請求棄却)を取り消して、これらに係る取消請求を認容した。

 

5 説明

 (1) 匿名組合契約は、昭和20年代に不正金融の規制を回避して資金を集めるための手段として利用されたことがあり、昭和26年に発出された所得税基本通達では、匿名組合員が受ける利益の分配が貸金の利子と同視し得る場合には、所得区分も貸金の場合と同様に解されるものとされた。旧通達は、これを引き継いだものである。その後、昭和50年代後半から、航空機リース事業における資金調達の手段として民法上の組合契約や匿名組合契約が利用されるようになったが、これが租税回避の手段として用いられているとして租税当局から問題視されるようになり、更正等の処分をめぐる訴訟も複数提起され、処分の取消請求を認容する下級審裁判例もあらわれた。このような中で、平成17年税制改正により民法上の組合契約について損益通算に関する特例規定(租税特別措置法41条の4の2)が設けられたのに併せて、匿名組合契約についても平成17年通達改正という形で所得区分に関する解釈の見直しが行われ、新通達が発出されるに至った。

 (2) 所得区分の判断について
 匿名組合員契約に基づく利益の分配に係る所得区分については、学説上も議論されているところであり、その中には、匿名組合契約に共同事業者組織としての経済的機能があるとして旧通達を支持する見解(金子宏「匿名組合に対する所得課税の検討」『租税法の基本問題』(有斐閣、2007)164~167頁)もある。
 しかし、匿名組合契約について定める商法の各規定には、匿名組合員が共同事業者であることを示す定めはなく、匿名組合員は、営業者の営む事業に対する出資者としての地位を有するにとどまるものといえるから、匿名組合契約に基づき匿名組合員が受ける利益の分配は、基本的に、営業者の営む事業への投資に対する一種の配当としての性質を有するものと解される。一方、契約当事者間の合意により匿名組合員の地位等につき別段の定めをすることは可能であるところ、当該契約において、匿名組合員に営業者の営む事業に係る重要な意思決定に関与するなどの権限が付与されており、匿名組合員がそのような権限の行使を通じて実質的に営業者と共同してその事業を営む者としての地位を有するものと認められる場合には、匿名組合員が受ける利益の分配は、実質的に営業者と匿名組合員との共同事業によって生じた利益の分配としての性質を有するものと解される。
 本判決は、匿名組合員が受ける利益の分配の性質に関する上記のような理解の下、①当該契約において匿名組合員が実質的な共同事業者としての地位を有するものと認められる場合には、当該事業の内容に従い、事業所得又はその他の各種所得に該当するが、②それ以外の場合には、当該事業の内容にかかわらず雑所得に該当する(ただし、出資が匿名組合員自身の事業として行われている場合には、事業所得)と判断したものであり、新通達と同様の見解を採用したものと解される。

 (3) 「正当な理由」の有無について
 国税通則法65条4項は、過少申告があっても「正当な理由があると認められる」場合には、例外的に過少申告加算税が課されないことを定めるところ、上記の場合に該当するのは、真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解されている(最一小判平成18・4・20民集60巻4号1611頁、最三小判平成18・10・24民集60巻8号3128頁参照)。
 租税法規の解釈に関して確定申告の当時に表示されていた税務官庁の公的見解が変更されたために、修正申告や更正を余儀なくされた場合には、「真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり、……納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合」に当たるものとして「正当な理由」があると解するのが通説的見解である。そして、本件における旧通達と新通達との関係については、新通達をもって従前の公的見解を変更したものとはいえないとする見解もある(酒井克彦「匿名組合契約に基づく分配金に係る所得区分」税大ジャーナル2号(2005)105~112頁)ものの、公的見解の変更に当たると解する学説が圧倒的多数を占めている。
 本判決は、旧通達と新通達とは取扱いの原則を異にするものである上、本件を含む具体的な適用場面(匿名組合員に当該事業に関する意思決定への関与等の権限が付与されていない場合)についての帰結も異にするのであるから、平成17年通達改正によって課税庁の公的見解は変更されたものというべきであるとして、平成17年通達改正前に旧通達に従ってされた平成15年分及び同16年分の各申告には「正当な理由」が認められるとしたものであり、上記の多数的見解に沿うものと考えられる。

 

6 本判決の意義等

 本判決は、行政解釈に変遷があり学説上も見解が分かれていた匿名組合契約に基づく利益の分配に係る所得区分について、新通達の解釈を採用する判断を示した点で、所得区分に関する所得税法の解釈上重要な意義を有するものといえ、また、平成17年通達改正による新通達の発出が課税庁の公的見解の変更に当たることを明らかにして変更前の申告につき国税通則法65条4項にいう「正当な理由」が認められるとした点でも、租税実務上重要な事例判断としての意義を有するものといえるので、ここに紹介する次第である。

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