◇SH1070◇最三小判 平成29年1月31日 養子縁組無効確認請求事件(木内道祥裁判長)

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 本件は、亡Aの長女であるX1(原告・控訴人・被上告人)及びAの二女であるX2(原告・控訴人・被上告人)が、Aの孫であるY(被告・被控訴人・上告人)に対して、AとYとの間の養子縁組は縁組をする意思を欠くものであると主張して、養子縁組の無効確認を求めた事案である。

 

 事実関係の概要は、次のとおりである。

 (1) X1は亡Aの長女であり、X2はAの二女である。

 Yは、平成23年、Aの長男であるBとその妻であるCとの間の長男として出生した。

 Aは、平成24年3月に妻と死別した。

 (2) Aは、平成24年4月、B、C及びYと共にAの自宅を訪れた税理士等から、YをAの養子とした場合に遺産に係る基礎控除額が増えることなどによる相続税の節税効果がある旨の説明を受けた。

 その後、養子となるYの親権者としてB及びCが、養親となる者としてAが、証人としてAの弟夫婦が、それぞれ署名押印して、養子縁組届に係る届書が作成され、平成24年5月、世田谷区長に提出された。

 

 原判決は、本件養子縁組は専ら相続税の節税のためにされたものであるとした上で、かかる場合は民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとして、Xらの請求を認容した。

 本判決は、判決要旨のとおり判断して、原判決を破棄し、Xらの請求は理由がなく、これを棄却した原々審判決は正当であるとして、Xらの控訴を棄却する自判をした。

 

 本件の争点は、相続税の節税のために養子縁組をする場合の縁組意思の有無である。このような養子縁組は、民法の教科書等において、節税養子とか相続税養子と呼ばれる養子縁組の一態様として紹介されている(内田貴『民法Ⅳ 親族・相続〔補訂版〕』(東京大学出版会、2004)247~254頁、窪田充見『家族法〔第2版〕』(有斐閣、2013)230~236頁など)が、本判決以前には、節税養子の効力について判断をした最高裁の判決はなかった。

 

 縁組意思の有無が問題となった最高裁の判決として、次のものがある。

(1)最一小判昭和23年12月23日民集2巻14号493頁

 旧法のもとで去家を禁止されていた法定推定家督相続人である女子を他家へ嫁がせるための便法として、他の男子を一時養子とするいわゆる借養子縁組の効力について、「旧民法第851条第1号(新民法第802条第1号)にいわゆる「当事者間に縁組をする意思がないとき」とは、当事者間において真に養親子関係の設定を欲する効果意思を有しない場合を指し、たとえ養子縁組の届出自体については当事者間に意思の一致があったとしても、それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものに過ぎないときは、養子縁組は効力を生じない。」旨判示して、養子縁組を無効とした原審の判断を維持した。

(2)最二小判昭和38年12月20日集民70号425頁

 甲が、次男である乙に財産を取得されるのを好まず、乙の相続分を減らして長男の子である丙と丁の二人にも相続分を与える目的で、丙と丁を養子としたという事案について、「本件養子縁組において、甲と丙丁との間に親子としての精神的なつながりをつくる意思を認めることができ、したがって、本件養子縁組が甲の遺産に対する乙の相続分を排して孫の丙丁にこれを取得せしめる意思が甲にあると同時に、甲と丙丁との間に真実親子関係を成立せしめる意思もまた十分にあったとする原審判決の判断は、これを是認しうる」旨判示して、養子縁組を有効とした原審の判断を維持した。

(3)最二小判昭和46年10月22日民集25巻7号985頁

 甲男が乙女を養子とする養子縁組の届出をした場合において、乙は、甲の姪で、永年甲方に同居してその家事や家業を手伝い、家計をも取り仕切っていた者であり、甲は、すでに高齢に達し、病を得て仕事もやめた後、乙に世話になったことへの謝意をも込めて、乙を養子とすることにより、自己の財産を相続させ併せて死後の供養を託する意思をもって、上記届出をしたものであって、甲乙間には過去に情交関係があったにせよ、それは偶発的に生じたものにすぎず、事実上の夫婦然たる生活関係を形成したものではなかったなど判示の事実関係があるときは、甲乙間に養子縁組の意思が存在し、縁組は有効に成立したものというべきであると判断した。

 

 縁組意思の有無が問題となった主な大審院の判決として、次のものがある。

(1)大判(刑)明治39年11月27日刑録12輯1288頁

 戸主や嗣子に与えられていた兵役免除を目的として二男以下の者が養子縁組をするいわゆる兵隊養子について、「兵役義務ヲ免ルルノ目的ニ出テタル双方合意ノ表面仮装ノ縁組ノ如キハ、仮令縁組ノ登録アルモ、其目的ハ一ニ兵役義務ヲ免ルルニ在リテ、当事者間ニ縁組ヲ為スノ意思ナキコト分明ナレハ、其縁組ハ民法第八百五十一条ノ一ニ依リ無効ノモノナリトス」旨の説示をして、無効と判示した。

(2)大判大正11年9月2日民集1巻448頁

 芸妓稼業をさせることを目的とするいわゆる芸妓養子について、「女子ヲシテ芸妓稼業ヲナサシムル為之ト養子縁組ヲナシタル場合ニ於テハ、或ハ当事者間ニ真ニ養子縁組ヲ為スノ意思アリテ、芸妓稼業ヲ為サシムルハ単ニ縁組ヲ為スノ縁由タルニ過キサルコトアリ、或ハ芸妓稼業ヲ為サシムルコトヲ以テ要素ト為シ養子縁組ノ届出ヲ為シタルノミニシテ、真ニ縁組ヲ為スノ意思ヲ有セサルコトアルモノニシテ、其ノ何レニ属スルヤハ各場合ニ付決スヘキ事実問題ナリ。」旨の説示をし、本件養子縁組は後者の場合に属すると認定して縁組を無効とした原院の判示は相当であるとした。

(3)大判昭和15年12月6日民集19巻2182頁

 女子の婚姻に際し家格を引き上げるためにされる仮親縁組について、「仮親ト為リ形式上婚家ニ対シ上告人ノ実家ヲシテ家格アラシメムトスル手段タルニ止マリ当事者間ニ真ニ養親子関係ヲ生セシムル意思ナカリシモノナリト云フニ在リテ原判決挙示ノ証拠ニ依レハ斯ル事実ヲ認定シ得サルニ非サルヲ以テ、原審カ前示ノ養子縁組ヲ以テ無効ノモノナリト為シタルハ正当ナリ。」旨の説示をし、縁組を無効とした原審を正当とした。

 

 節税養子について判断した高等裁判所の裁判例として次のものがある。

(1)東京高決平成3年4月26日家月43巻9号20頁

 養親の死後、養子の実母から申し立てられた後見人選任の申立てを、本件養子縁組は専ら相続税を軽減させる目的を達するための便法としてなされたもので無効であるとして却下した原審判に対する即時抗告審において、「相続税軽減を目的として養子縁組をしたからといってその養子縁組が無効となるものではない。」と説示して、原審判を取り消して、後見人を選任した。この決定は、「原裁判所が厳しく糾弾する「相続税逃れ」は、相続税法63条等により律すべき問題である。」とする。

(2)東京高決平成11年9月30日判時1703号140頁

 未成年者とその祖父との養子縁組が専ら相続税の負担を軽減させる目的を達するためにされたもので無効であるとして、養親である祖父の死後、養子の実父から申し立てられた後見人選任の申立てを却下した原審判に対する即時抗告審において、「相続税の負担の軽減を目的として養子縁組をしたとしても、直ちにその養子縁組が無効となるものではない」と説示して、原審判を取り消して実父を後見人に選任した。

(3)東京高決平成12年7月14日判タ1051号305頁

 未成年者とその祖父母との養子縁組が相続税の負担を軽減させる目的でされた無効なものであるとして、養親である祖父の死亡に伴う遺産分割につき、同祖母から申し立てられた特別代理人選任の申立てを却下した原審審判に対する即時抗告において、「原審判は、本件養子縁組が相続税の負担を軽減する目的で行われたとするが(中略)当該養子縁組がそのような動機のもとに行われたとしても、直ちにそのような養子縁組が無効となるものではない」と説示して、原審判を取り消して特別代理人を選任した。

 

 縁組意思をめぐる学説は、大きく分けて、実質的意思説、形式的意思説、法律的定型説の3つの説があるとされる。実質的意思説は、縁組意思を「習俗的標準に照らして親子と認められるような関係を創設しようとする意思」とするものであり(中川善之助『親族法〔新訂版〕』(青林書院新社、1968)424頁)、伝統的通説とされる。形式的意思説は、縁組意思を届出に向けられた意思とするものある(谷口知平『日本親族法』(弘文堂書房、1935)51頁、末川博『物権・親族・相続』(岩波書店、1970)342~343頁)。法律的定型説は、縁組意思を「民法上の養親子関係の定型に向けられた効果意思」とするものであり(中川高男『新版 親族・相続法講義』(ミネルヴァ書房、1995)230~231頁)、近時有力とされる。

 節税養子の効力については、これを無効とする学説は一部に限られ(中川善之助ほか『新版 注釈民法(24)親族(4)』(有斐閣、1994)337頁など)、多くの学説は節税養子を無効とはしていない(内田貴『民法Ⅳ 親族・相続〔補訂版〕』(東京大学出版会、2004)247~254頁、窪田充見『家族法〔第2版〕』(有斐閣、2013)230~236頁、前田陽一ほか『民法Ⅵ 親族・相続〔第2版〕』(有斐閣、2012)144~146頁など)。大村敦志『家族法〔第3版〕』(有斐閣、2010)203~204頁には、節税養子に関する記載は見当らないが、「親子関係の発生は財産的な給付のための法技術なのである。」とする。

 

 本判決は、相続税の節税のために養子縁組をすることは、節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず、相続税の節税の動機と縁組をする意思とは、併存し得るものであるとして、判決要旨のとおり、専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても、直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできないと判断したものである。

 判文からすると、本判決は、節税の動機があれば縁組意思が肯定されて養子縁組が有効になると判断したものではないと思われる。いわゆる借養子縁組を無効とした昭和23年12月23日第一小法廷判決は、「たとえ養子縁組の届出自体については当事者間に意思の一致があったとしても、それが単に他の目的を達するための便法として仮託されたものに過ぎないときは、養子縁組は効力を生じない。」としており、この判決の内容からすれば、相続税の負担軽減のための便法として、養子縁組を仮装したような場合には、養子縁組が無効となるものと思われる。

 また、本判決は、本件養子縁組について、縁組をする意思がないことをうかがわせる事情はないと説示しており、縁組意思が存在する旨の積極的な認定、説示はされていない。これは、養子縁組の無効確認の訴えにおいて、縁組意思がないことについては、縁組の無効を主張する原告に証明責任があるという見解に立ったものと思われる。学説上も、原告に証明責任があるという見解がほとんどである(松本博之『人事訴訟法〔第3版〕』(弘文堂、2012)415頁、伊藤滋夫ほか編『民事要件事実講座(2)』(青林書院、2005)95~96頁、大江忠『要件事実民法(7)親族〔第4版〕』(第一法規、2014)212頁、松原正明編著『人事訴訟の実務』(新日本法規出版、2013)508頁、村上博巳『証明責任の研究〔新版〕』(有斐閣、1986)239頁)。

 なお、相続税法上、遺産に係る基礎控除額の算定の際に、相続人の数に算入される養子の数は、実子がいれば1人、実子がなくても2人までとされており(同法15条2項)、その制限内の人数の養子であっても、相続税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合には、税務署長は、その養子の数をその遺産に係る基礎控除額算定上の相続人の数に算入しないで更正又は決定できる旨が規定されている(同法63条)。本判決はこれらの相続税法の規定の解釈について判断を示したものではない。相続税の節税のための養子縁組が直ちに無効とならないとしても、相続税の節税効果が得られるとは限らないと思われる。

 本判決は、これまで判例のなかった節税養子の効力について、判決要旨のとおり判断して、直ちに無効となるものではない旨を示したものであり、実務的にも、理論的にも、重要な意義を有するものと考えられる。

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