◇SH1360◇(パネルディスカッション)医事法と情報法の交錯(5・完) 宍戸常寿/米村滋人/矢野好輝/横野恵/田代志門(2017/08/25)

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(パネルディスカッション)医事法と情報法の交錯(5・完)

――医学研究における個人情報のあり方と指針改正――

 

(司会)東京大学教授 宍 戸 常 寿

(コーディネーター)東京大学准教授 米 村 滋 人

前厚生労働省医政局研究開発振興課課長補佐 矢 野 好 輝

早稲田大学准教授 横 野   恵

国立がん研究センター社会と健康研究センター生命倫理研究室長 田 代 志 門

 

NBL1103号 [特集] 医事法と情報法の交錯――シンポジウム「医学研究における個人情報保護のあり方と指針改正」に報告部分を掲載した。

ここに掲載するのはディスカッション部分である。

 

パネルディスカッション&質疑応答

 (4)から続く

  1. コーディネーター
     ありがとうございました。
     いろいろ議論したいところはたくさんあるのですが、時間がかなり迫っておりまして、とはいえ、せっかくお集まりの皆様のご意見を伺えないのも大変残念なことですので、ここまでの議論を踏まえて、将来に向けてどうするのか。今の議論に関連してのご発言、ご意見、ご質問等がもしありましたら、ぜひお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。
     では、手前の方、お願いいたします。
  2. 質問者C 矢野さんのスライドについて、適用除外のところでお役所のお考えを伺いたいと思います。10ページの3枚目のスライドで、76条の適用対象が学術研究機関ということで、最後の12月の会合だったか、あるいは後ろのほうの会合だったと思いますが、そこで膨らます対応を今日はお示しなのですけれども、12月中旬でしたか、親部会の科学技術部会などで出された資料では、学術研究機関に提供する診療機関などについて適用しないという、現行法の35条、改正法の43条の監督権限の不発動というところが触れられたり、触れられなかったりするんですね。
     この10ページの3枚目のあたり、76条の機関を膨らますことで対応するのも一つですけれども、43条を使って対応すれば、そして、43条の性格づけというのは法律的に非常におもしろいというか、あれを積極的に評価するか、あるいは消極的に評価するかというところはあるかと思いますが、そのあたり、お役所のお考えを伺えればと思います。

  1. 矢 野  大変難しい問題だと思うのですが、これは厚労省の考え方でございますけれども、43条と76条には明らかに差はあるわけですね。何もないよりは、43条があるというところで差分はあると思うのですが、43条と76条は差があるということだと思います。義務が解除されているのと、義務は解除されていないけれども、規制権限を行使しないということとはまた別ではないか厚労省としては理解しています。
     なので、76条の部分で適用除外になるということをなるべく前提とした倫理指針をつくるべきではないかと、そういった認識のもと考えてきたというところがございます。ただ、個人情報保護委員会の説明で43条の考え方の説明もありましたので、そういったものも踏まえて総合的にやったということになるのかなと思います。
  2. コーディネーター
     ありがとうございました。
     もうお一方だけ。そちらの方、お願いいたします。
  3. 質問者D どうもありがとうございます。 大変踏み込んだ興味深い議論をいただいていて、これから将来に向けて医療分野というのはちょっと特殊な部分があるので、制度を整備していかなければいけないということで、今議論をしているのだろうと認識しているのですが、今日、田代先生のほうから、矢野先生からも、同意について少し突っ込んだ議論をいただきました。
     医療の分野というのは、同意の議論をするときにインフォームド・コンセントというのがまず出てくるんですね。これが基本だということをどうも共通認識としてもっているような印象を受けたのですが、インフォームド・コンセントというのはもともと情報の使い方についての同意ではなくて、医療行為を受けるとか治験を受けるとか、そういう生きるか死ぬかの場面を想定して考えられてきたものだと、素人なので間違っていたら教えていただきたいのですが、そう考えています。
     先ほどご紹介いただいたベルモント・レポートも、研究についてのということですけれども、個人情報のことをいっているわけではないですよね。それに参加するときにどうかということを指針としてレポートしているものだと理解しています。
     田代先生のご報告などを聞くと、必ずしも情報の扱いとインフォームド・コンセントというのはぴったり整合していないのではないか。だから、必ずしも採用されていないとか、本当はこれがかたいんだよねといいながら、いろいろなところでは包括的なものがとられていたりする。そういう意味で、これはもう世界的にインフォームド・コンセントをベースにしなければいけないのだというものなのか、それとも、それはもうちょっと精緻に考えていくべきものなのかということについて、ご意見をいただけると大変ありがたいのですが。
  4. 田 代  質問の意図を十分に理解できているかどうかわからないのですが、少しコメントさせてください。現在、医学研究に関するインフォームド・コンセントの規範は、臨床試験や治験など、要は「自分の身体を差し出して社会貢献を行う」という、倫理的にも緊張感のある場面を念頭に置いて作られています。
     しかし私個人としては、こうした場面での同意と既に手元にある試料や情報の提供に関する同意は分けたほうがいいと思っています。これは1つには2000年にヘルシンキ宣言がやや不用意に幅を広げてしまい、「人を対象とする研究」の「人」のなかに人由来の試料や情報を全て入れてしまったので、1つの規範でそれを考えなければいけないという状況が生まれてしまったことにも起因しています。ですから、自分の身体を研究のためにある意味差し出すような、まさに生死にかかわるような身体的なリスクを負うような行為とそれ以外のものは区別してルールを作った方がよいだろうというのが私の見解です。もっとも、それが今回個情法で示している「本人の同意」という概念で良いのか、というところはもう少し考える必要があると思います。
  5. コーディネーター
     この点は、私も実は研究テーマとして取り組んでおりまして、一言申し上げたいと思います。今まさに田代先生がおっしゃったとおり、ヘルシンキ宣言の2000年改定が恐らく間違いの始まりだったと思っています。その後、日本の研究倫理指針はインフォームド・コンセントという一つの表現で、そもそも身体に対する侵襲に対する同意も、血液や細胞などの試料提供の同意も情報提供の同意も、全てを包括して規律するという仕組みになりました。
     しかも、臨床研究指針と疫学研究指針を統合するときに、個人情報保護法上の同意に当たるものも全てインフォームド・コンセントというものでひっくるめてしまったので、非常に問題が複雑化しているという印象です。
     そして、これもまさに田代先生がおっしゃったご意見と私は全く同意見なのですが、基本的には、身体に対する侵襲と試料提供と情報提供は全て別で、研究全般に対する参加に対する同意も別で、私は全部別のものとして扱って考えるべきだということをかねてより主張しております。ところが、なかなかそうなっていないというのには2つほど原因があるように思います。1つ目は、一旦指針がつくられると、そういった根本的な概念や制度設計を改変するのは難しいということ、2つ目は、率直にいいますと、法律家が今まで十分この分野について発言してこなかったからではないかと考えております。
     これは全世界的に同じ傾向がいえるのではないかと思いますが、基本的に、物と情報は別なんですね。これはどの法律でもそうです。民法でもこれらは別ですし、個人情報保護法も情報しか対象にしていません。ところが、なぜか医学研究の指針でだけ「試料・情報」という形で、物であるはずの試料と医療情報が同じルールに乗る形になっています。これは法律的には非常に奇妙なことです。やはりそのあたりから見直さないと、複雑な入り組んだ状況というのは解決できないのではないかと私自身は思っているところです。
  6. 質問者D ありがとうございます。まさにお伺いしたかったことを的確にお答えいただいたと思います。
     ただ、今までの議論をみると、先生今ご指摘のように、かなりインフォームド・コンセントに引っ張られた議論が多いように思いますので、今後の検討に際してはそういったことも十分考慮してやるべきだというご意見をいただいて、大変納得いたしました。ありがとうございます。
  7. コーディネーター
     ありがとうございました。
     最後に、壇上の先生方から、今後に向けてのお考えを含めてお話しいただければと思います。
  8. 田 代  最後の議論で将来展望に向けて非常にいい議論ができたのではないかと思います。今日十分に話はできなかったのですが、ルールの決め方についてはもう少し考えたほうがいいと思います。今回の指針改正の主な論点は診療情報の扱いであったのに、病院で日常的に診療情報を扱っている人がほとんど検討会の構成員にいないという状況がありました。このような決め方は今後はやめたほうがいいと思っております。
     また、今回の改正をもって「連結不可能匿名化などの特定の加工をすることによって非個人情報化するわけではない」という認識を医療・医学の世界でも受け入れ、運用していくことになりますので、そういう意味では、まさに出発点であり、ここからどのようなルールを作っていけるか、ということにかかっているのかなと思います。
     以上です。
  9. 横 野  私も田代先生と同じように考えますが、研究倫理の問題にしても、もっと広い意味の生命倫理・医療倫理の問題にしても、日本で何か制度を新たにつくる、変えるということになると、内部からの動機ではなくて、海外で何かが起こったとか、新しい法律ができたのでそれに合わせないといけないというところでやっと議論が始まって、どうにかルールをつくるという、今までは多くの場合そうであったように思います。今回の指針の問題もそういう形で議論を始めるという経緯があったと思います。
     そのような形でルールをつくらないといけない、変えないといけないというのは、もちろん必要なことではあるのですけれども、これをきっかけにして、改めて医療の分野や研究の分野から主導的に議論をしていくという機運が生まれて、それに基づくルールが今後構想されることが望ましいのではないかと考えています。
  10. 矢 野  今後については、倫理指針は5年に1回見直すことになっておりますので、普通のスパンでいけば、3年後ぐらいの見直しに向けてまた検討が始まっていくのではないかと思います。そういった中で、今、たくさんの課題があるというのは皆様のご認識のとおりだと思いますので、行政側としてもそういった意見をしっかりとくみとってやっていかなければいけないと思っております。
     また、法律のほうも、改正個人情報保護法は施行後3年で見直すという規定が入っていると思います。ですから、法律をどうするべきかについても、役所としてもそうですが、学会の先生方も含めて考えていかなければいけないということだと思います。
     その上で新法が必要だという結論は、それも1つの結論だと思うのですが、そいったことも含めて、改正法の附則に検討をするという規定が入っていますので、今後、前向きに検討していくということが1つの方向性ではないかと思っております。
  11. コーディネーター
     ありがとうございました。
     私からは、本当に一言だけ申し上げます。今日、このような場が設けられたということは、すばらしい出発点になったと思っております。この間、1年ないし2年の検討の経緯というのは、私から見ると余り好ましいもの、褒められたものではなかった気がしておりますが、しかし、かかわった皆さんが何か大きな間違いをしたとか、非常に不誠実な動き方をしたということはなかったと思います。皆さんそれぞれの立場で一生懸命取り組まれたのだと思います。しかし、やはり時間が足りなかった、いろいろなめぐり合わせでうまくいかなかった。そういうことが起こったのだと思います。
     そのことは、ぜひ今後につなげて、よりよい社会を、よりよいルールをつくっていくために、どうすればよいかを真摯に考えていく足がかりにして頂きたいと思います。そのために、今日のシンポジウムは大変有益だったと感じた次第です。
     本日は、皆様お集まりのもとでこういったすばらしいシンポジウムになりましたことを心より御礼申し上げたいと存じます。
     最後に、大きな拍手で閉めさせていただきたいと思います。ありがとうございました(拍手)。
  12. 司会(宍戸)
     米村先生、そして、ご報告をいただいた3人のパネリストの先生方、本当にありがとうございました。私にとっても大変勉強になるシンポジウムでございました。
     本日は、ご来場いただき、まことにありがとうございました(拍手)。

(完)

 

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