◇SH0503◇最二小決 平成27年10月27日 刑事確定訴訟記録の閲覧申出不許可処分に対する準抗告棄却決定に対する特別抗告事件(小貫芳信裁判長)

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1 事案の概要

 申立人は、インターネット上で動画サイト等を提供する「FC2」の運営会社である。申立人は、刑事確定訴訟記録法(以下「法」という。)に基づき、被告人Aに対する公然わいせつ等被告事件の確定訴訟記録(以下「本件保管記録」という。)の閲覧を申し出た。同事件は、FC2のユーザーであるAがFC2のサービスを利用して、女性との性交場面を有料で配信した行為に関するものであった。申立人は、Aの行為により損害を受けたので、同人に対し、不法行為に基づく損害賠償請求を行うことを検討しており、その不法行為を特定するため本件保管記録を閲覧する必要があると主張したが、本件保管記録の保管者である京都地検の検察官は、「検察庁の事務に支障がある」ことを理由として、閲覧を許可しない処分(原々処分)をした。検察官が本件保管記録の閲覧を許可しなかったのは、申立人の代表者等につきAの共犯として立件するための捜査が進められていたことを考慮したものであった。申立人は、検察官の原々処分を不服として、京都地裁に準抗告を申し立てたが、同地裁は、「法4条1項ただし書、刑訴法53条1項ただし書にいう『検察庁の事務に支障のあるとき』には、保管記録を請求者に閲覧させることによって、その保管記録に係る事件と関連する他の事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合が含まれる。」との法令解釈を示した上、「本件保管記録を申立人に閲覧させることは、関連事件の捜査に不当な影響を及ぼすおそれがあり、申立人の本件保管記録の閲覧請求権が制限されることもやむを得ないと認められる。検察官が本件保管記録について閲覧を不許可とした処分は正当である。」として、準抗告を棄却した(原決定)。本件は、この原決定に対する特別抗告である。

 

2 本件抗告の趣意

 法4条1項ただし書、刑訴法53条1項ただし書の各規定は、知る権利を保障した憲法21条、裁判の公開を定めた憲法82条に違反するとの規定違憲の主張、及び、法4条1項ただし書、刑訴法53条1項ただし書の規定を合憲的に解釈するとすれば、「検察庁の事務に支障のあるとき」とは、収監や罰金の徴収にかかる事務を遂行するため現に保管記録を使用している場合など、閲覧によって事務遂行上の支障が生じる場合に限ると解釈しなければならないのに、保管記録を請求者に閲覧させることによって、関連する他の事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼす場合が含まれるとした原決定の判断は、憲法21条、82条に違反するとの適用違憲の主張、並びに、「検察庁の事務に支障のあるとき」には、保管記録を請求者に閲覧させることによって、関連する他の事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼす場合が含まれるとした原決定の判断は、法4条1項ただし書、刑訴法53条1項ただし書の解釈を誤っているとする法令違反の主張である。

 

3 本決定

 第二小法廷は、先例(最三小決平成2・2・16判タ726号144頁、判時1340号145頁)を参照し、憲法21条・82条が、刑事確定訴訟記録の閲覧を権利として要求できることまでを認めたものでないことは、当裁判所の判例(最大判平成1・3・8判タ689号294頁、判時1299号41頁)の趣旨に徴して明らかであるとして、規定違憲の主張を排斥した上、その余は、憲法違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反の主張であって、適法な抗告理由に当たらないとした。
 その上で、法4条1項ただし書、刑訴法53条1項ただし書の「検察庁の事務に支障のあるとき」には、保管記録を請求者に閲覧させることによって、その保管記録に係る事件と関連する他の事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれがある場合が含まれるとする原決定の解釈は、正当であるとの職権判示をした。

 

4 説明

 法4条1項ただし書、刑訴法53条1項ただし書の「検察庁の事務に支障のあるとき」に、関連する他の事件の捜査、公判に不当な影響を与える場合が含まれるかどうかについて、最高裁の判例はなかったが、法の立案担当者の解説(押切謙德ほか『注釈刑事確定訴訟記録法』(ぎょうせい、1988)133頁)を始めとする通説的見解(古田佑紀『大コンメンタール刑事訴訟法 第8巻』(青林書院、1999)39頁、香城敏麿=井上弘通『注釈刑事訴訟法〔第3版〕第1巻』(立花書房、2011)611頁等)は肯定説に立っており、下級審(準抗告審)の裁判例も、肯定説で安定している。実務上は、肯定説を前提に、「関連する他の事件の捜査、公判に不当な影響」を与えるかどうかという当てはめの問題が争われるケースが多いようである。学説中には、検察庁の事務に支障がある場合とは、「収監とか罰金の徴収をするために当該訴訟記録を使用しているなど、閲覧によって事務遂行上に支障が生ずる場合」をいい、「関連事件の捜査、公判に不当な影響を及ぼす場合」は含まれないとする少数説(福島至ほか『コンメンタール刑事確定訴訟記録法』(現代人文社、1999)107頁)も存在する。しかしながら、「事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現すること」を目的としている刑訴法が、記録の公開という一般的、制度的な利益を、適正な捜査や公判の実現に優先させているとは解されない。また、「検察庁」は、「検察官の行う事務」を統括する行政機関であり、検察官の行う事務の中には、検察庁法4条、6条が規定する「検察事務(公訴の提起、公判の遂行、犯罪の捜査)」と、検察事務の取扱いに随伴して必要となる「検察行政事務」がある(伊藤栄樹『新版検察庁法逐条解説』(良書普及会、1986)19頁参照)ところ、法4条1項ただし書、刑訴法53条1項ただし書の「検察庁の事務に支障のあるとき」の解釈に当たり、「検察事務に支障があるとき」を含まないと解するのは、文理上も無理があろう。いずれの見地からしても、少数説のような解釈を取るべき合理的根拠は見出し難いように思われる。

 

5 本決定の意義等

 以上のとおり、本決定は、法の立案担当者の解説を始めとする通説的見解及び下級審の安定した裁判例と同じ結論を取ったもので、特に目新しい判断ではないが、異説もそれなりに有力に主張されている論点について、最高裁が職権判断を示したものであり、重要な意義を有する。なお、本決定が、「検察庁の事務に支障がある」とさえいえば、閲覧不許可処分が正当化されるということをいったものでないことは銘記されるべきである。重要なのは、「関連する他の事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれ」があるかどうかであり、その認定判断は、法の趣旨にかんがみ厳格に行われる必要があろう。

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