◇SH1412◇実学・企業法務(第82回) 齋藤憲道(2017/09/28)

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実学・企業法務(第82回)

第2章 仕事の仕組みと法律業務

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

企業法務の形成とその背景

3)法務と知財の重要性が増大した背景

 日本で企業の法務・知財の重要性が特に強調されるようになったのは、バブル経済が崩壊した1990年代以降のことである。当時、多くの企業で経営のスリム化が指向されて人員削減や事業再編が頻繁に行われ、これに伴って各種法律案件対応・遵法の徹底・知的財産等を専門的に取り扱う法務部門や知的財産部門が新設・増強された。

 法務・知財の機能が評価されるようになった背景には次のような要因がある。

① 小さな政府・規制緩和・自己責任原則への対応

 国は、中央政府をできるだけ小さくして経済全体の活性化を図り、「官から民へ」をスローガン[1]に、民間にできることはできるだけ民間に任せる方向で規制緩和を進めた。そして、それまで政府が行政指導を通じて実現してきた経済発展や社会秩序の維持等に関する多くの機能が民間に移された。

 民間企業は自らの経営スタイルを、事前に行政に相談して法令遵守の指導を求める「事前規制型」から、(1)自己責任原則に基づいて自ら社会の基準のあり方を考え、(2)それに従って経営し、(3)その結果について行政や消費者等の監視を受け、(4)自ら制裁・救済等の法的責任を負う「事後監視・救済型」に移行することが求められたのである。

  1. (注) 政府の規制強化のための増員
    政府は、バブル経済崩壊後に、小さな政府を指向して多くの中央官庁の人員削減を行った。その一方で、独占禁止法の厳正な執行を図る公正取引委員会の職員を増員して、違反企業に対する措置命令と課徴金納付を大幅に増やした。また、企業の知的財産権の取得・行使を活発にするために特許庁、金融商品取引法等の監視を強化するために金融庁の職員をそれぞれ増員した。また、2009年に消費者庁と消費者委員会が新設された。

 企業では、それまで行政に依存していた法令の解釈・運用の能力を自ら備えることが必要になり、法務部門の機能強化や社内弁護士の採用等が進んだ。

② 事業構造改革(選択と集中)の増加

 1991年から日本の地価・住宅価格・株価等が急落した。これにより、膨張した時価資産を担保にしていた金融資産が大規模に不良債権化し、焦げ付きも発生して、多くの金融機関の財務状態が著しく悪化した。1995年には政府が金融政策を「市場から退場すべき企業は退場させる」方向に転換し、それまで倒産の可能性が無いと見られていた大手金融機関の経営破綻も現実になった[2]

 これに対して金融機関は、過剰気味だった融資を自らの存続のために強引に回収する「貸し剥がし」を強行し、資金繰りに窮した企業に対する差押え等の法的措置を多発したため、連鎖倒産等の深刻な社会問題が生まれた[3]

 この時期に、急増する破産等に迅速かつ適切に対処できる倒産法制の必要性が高まったのを受けて、民事再生法制定(1999年)、外国倒産処理手続きの承認援助に関する法律制定(2000年)、会社更生法改正(2002年)、破産法改正(2004年)等が相次いだ。

 一方、複数の事業・多数の商品を取り扱う企業では、市場競争力のある事業分野に経営資源を集中的に投入し、競争力のない事業部門(赤字事業であることが多い)から撤退する「事業の選択と集中」が日常的に行われるようになった。事業譲渡や企業買収等の手段を用いて事業構造改革を行うには組織再編・資産譲渡・資金調達・労働問題等に関する多くの法手続きを必要とし、企業内でこれを取り扱う法務機能の役割が増大した。



[1] 小泉内閣は、改革なくして成長なし、民間にできることは民間に(官から民へ)、地方にできることは地方に(中央から地方へ)を基本理念として「骨太の方針」を作成し、聖域なき構造改革を進めた。
  平成16年内閣府広報 http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/explain/pamphlet/0404.pdf 参照。

[2] 三井情報開発株式会社「金融庁委嘱調査・金融機関の破綻事例に関する調査報告書」参照。
  http://www.fsa.go.jp/news/18/20070330-5/06.pdf

[3] 1998年4月に政府は、国内業務のみを行う金融機関を対象に、自己資本比率4%の実現を図る早期是正措置の発動を1年間猶予した。また、金融庁は2002年10月に「貸し渋り・貸し剥がしホットライン」を設置する等して、金融機関が不良債権を処理する際に、極力再建の方向で取り組むように要請した。

 

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