実学・企業法務(第109回)
第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
Ⅴ 全社的な取り組みが必要な「特定目的のテーマ」
Ⅴ-1. 商品・サービスの安全性の確保
2. 企業全体の取り組みが必要
商品等の安全性を確保するためには、商品等に係わった商品企画・設計から販売・リコールに至るまでの各担当部門が連携して、全社的に取り組む必要があることを、以下に、法務の目線で確認する。
(1) 商品企画、開発、設計
市場に提供する商品等は、安全で、かつ、使用時(又は消費時)に許容できない害を及ぼす危険性がないことが必要である。商品企画では、市場を特定し、誰が、どこで、どのように、どれだけの期間使うのか等を想定する。その上で、企業が意図する用途、及び、予想される誤使用を検討し、危害・危険(潜在的リスクを含む)を避けるための安全保護策を行う。全てのリスクを予測して排除することは不可能なため、商品を回収・リコールするための仕組みも安全保護策に組み入れる[1]。
- (注) 潜在的な危険を認識・評価できない乳幼児・高齢者等の生活弱者への配慮は欠かせない。
商品企画・開発・設計を行う段階の作業は、商品等の特性とともに安全性の大半を決めることになるので、特に慎重に行う。
安全設計は、(a)用途・作動範囲・寿命等を決定して、(b)発生する危険を洗い出し、(c)危害の大きさと発生確率からリスクの大きさを予想して、(d)リスク低減策を付加する、というプロセスを繰り返して確保する[2]。
メーカーが商品企画・開発・設計を行う段階で検討する事項を次に例示する。
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• 商品の誤使用、異常使用を想定する。
(例1) 裁判の判決、自社・同業者の事故例を参考にする。
(例2) 官庁が公表する事故情報[3]を見て、参考にする。 -
• 安全性に関する法律・政省令・条例・公的規格・業界規格等に適合する。
(例1) 有害物として規制される化学物質や遺伝子等の使用については、法令を厳守する。
(例2) 商品本体に法定の「成分表示」「期限表示」「警告表示」等を行う。
(例3) 必要に応じて、安全期間[4]や定期点検時期[5]を設定する(法令等があれば、それに従う)。
(例4) 基準を強化すれば保護水準が向上する確証を得たときは、安全率を加味して、より厳しい社内基準を自主的に設定[6]し、それを遵守する。 - • 新物質、新技術、新生産方法を導入するときは、商品等に生じる危険性を評価する。
- • できるだけ、商品の寿命到来後に事故が起きない設計にする。
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• 消費者向けに使用法(組立・保守を含む)を示す「取扱説明書」の原稿を作成し、使用者に近い営業部門等と協力して消費者目線で完成する。
(例1) 安全性に関する重要な情報は、できるだけ文書及び「図記号」を用いて消費者に伝える。
(例2) 意図された用途又は一般に予見可能な用途に付随する危険性を含めて、消費者に警告する。 - • 製品が消費者の手元にある間に、不適切な取扱いや保管によって危険な状態にならないようにする措置を可能な限り講じる。
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• 製造工程に対して作業基準を示し、それを遵守させる。
(例1) 工場が調達する原材料・部品等の選定基準を定める。
(例2) 製造工程で実施すべき工法・作業・検査・エージング等の作業基準[7]を定める。
(例3) 全ての完成品について性能試験を行い合格品のみ出荷する場合は、試験基準を定める。
顧客が、お客様相談窓口等に寄せた商品等に関するクレームは、既存の商品等の改善検討に役立つので、その情報を正しく迅速に商品企画・開発・設計部門に伝達する仕組みを企業内で構築する。
(2) 製造、調達、品質管理
製造部門は、新製品の生産を開始する前に、設計部門と具体的な作業条件の確認を行う。使用する原材料・部品は、設計部門が承認したものに限る。
- (例1) 温度・湿度・空気のクリーン度等の作業環境や、加工の方法・時間(温度分布を含む)・ガス成分(酸素、窒素、不活性ガス等)・温度等、並びに化学反応に係わる触媒・混合順等の作業条件を詳細に確認する。
- (例2) 高度技術を内蔵した新生産設備の導入が必要な場合は、設計部門(技術部等)の新製品開発と、製造部門(工場等)における新設備の開発・設計を、互いに情報交換しつつ同時に並行して行う。
- (例3) 外部から調達する原材料・部品の受入検査、製造ラインにおける工程検査、エージング[8]、完成品出荷検査等の実施方法や基準は、設計部門(技術部等)の指示に従う。
製造部門としては、①設計段階の設計審査において、製造段階で品質不良が出にくい設計にする(同時に、作りやすい設計にする)ことを要請し[9]、②工場出荷した商品に係る製造のトレーサビリティ(追跡可能性)を確保することが重要である。後日、市場で商品不良が発見されたときに、不良品が生産された時期・製造ライン・作業者・部品等の仕入先(及び仕入日)等が詳細に特定されれば、その分だけ修理・回収等の対象にする商品を狭い範囲に絞り込めるので、販売部門が行う顧客への周知その他の必要な措置を、迅速かつ効果的に実施できる。
(3) 販売
販売部門(営業、広告、宣伝等)は、日頃から市場と密接に係わっているので、企業の中で消費者の常識を一番知るべき立場にある。また、販売部門は下記の「お客様相談窓口」と関係が強く(多くの企業が販売部門の一部に「お客様相談窓口」を組織している。)、自社商品に対するクレームの実態を認識している。
そこで、商品企画・開発・設計部門が、消費者への「成分表示」「期限表示」「警告表示」の具体的な方法や「取扱説明書」の記述を検討するときは、販売部門が一定の責任を持ってこの作業に(消費者目線で)関与する必要がある。
メーカーが、販売のトレーサビリティを確保するために、流通事業者及び最終消費者(使用者、利用者)を含むバリューチェーンの全容を常に把握することは、独占禁止法[10]に抵触する可能性が大きいので躊躇されるが、安全確保のために有効であれば、何らかの対応策を考えたい。
- (注) 多くの小売業者は、最終購入者を把握している。例えば、ポイント制度を導入している小売業者は、その記録を用いることにより問題商品の購入者を特定できる可能性が大きい。しかし、顧客リストは一般に事業者の重要な財産として秘密管理されているので、容易に開示されない。
[1] ISO26000:2010「6.7.4.1」
[2] ISO9001の手順。
[3](例)事故情報データバンクシステム(消費者庁)
[4](例)加工食品に消費期限・賞味期限、一般用医薬品に使用期限、電気・ガス製品に長期使用製品安全表示制度による製造年・設計上の標準使用期間、の表示義務がある。
[5](例)自動車の車検制度、エレベータ等の定期点検制度、電気・ガス製品の長期使用製品安全点検制度。
[6] 社内基準を設定する場合は、それが常に社外の規制よりも厳しい状態に維持される仕組みにしなければならない。
[7](例)接着方法(のり付け、溶接、圧着溶接等)、はんだ付温度、使用測定器、製品試験基準、品質検査基準等
[8] 電子機器・電子部品等の初期故障を除去する目的で、特定のストレスを加えて潜在的欠陥を早期に発見して排除する作業。
[9] この対応ができなければ、工場の生産技術部門が機械で対応する。それも無理であれば作業者が対応することになるが、不良品の発生につながるので、人的対応は極力避ける。
[10] 「不公正な取引方法」に該当するおそれがある。