コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(51)
―掛け声だけのコンプライアンスを克服する②―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、経営者が本音ではコンプライアンス経営に理解を持っていないために、掛け声だけのコンプライアンスになっており、組織成員に「やらされ感」が発生している場合、どうすれば経営者をコンプライアンス・CSR経営に向かわせることができるのか、そのために誰が何をするべきか、という困難な問題に関する問題認識と筆者の基本的視点について述べた。
筆者の分析視点は制度面の考察ではなく、組織論のパワーの概念に注目して、どうすればステークホルダーのパワーを活用して経営者をコンプライアンス・CSRに向かわせることができるのかにフォーカスしている。前回は、筆者が注目したパワーの定義と特性について述べた。
今回は、各ステークホルダーのパワーを踏まえた具体的施策を考察する。
【掛け声だけのコンプライアンスを克服する②】
組織を取り巻くステークホルダーは、それぞれが当該組織に対してパワーを持っている。ここでは、経営トップがたとえコンプライアンスに理解を示さなかったとしても、コンプライアンス経営に向かわせるために経営トップを取り巻くステークホルダーは何をどうするべきかについて考察する。
1. 大株主等役員選出に影響力を持つ者
経営トップに対して最も大きな影響力を持つのは、経営トップを役員として選出する権限を持つ人々、すなわち機関投資家・金融機関も含む大株主の意向である。より具体的には、それらの人々によって役員選任の役割を与えられた人々である。
一般に、我が国の企業では、経営が極端に悪化している場合や不祥事が発生した場合を除いて、代表取締役社長が株主総会に役員選出案を提出する権限を持っており、これが彼らのパワー資源になっている場合が多い。
総会は、執行部(代表取締役社長)の提出した案件を追認するのが実態である。コンプライアンスを重視しない経営トップであれば、コンプライアンスを重視する者を役員や自己の後継者に推薦する可能性は極めて少ないのは容易に想定されるが、このことはオリンパス事件や大王製紙事件、東芝不正会計問題等でも示されている。株式会社ではなく団体であれば、役員選出権を持つ会員の意向であるが、いずれにしても重要なのは、これらのパワーを持つ人々は、短期的な経営実績にばかり目を向けるのではなく、組織の中長期的安定的発展にとって必要条件であるコンプライアンスや内部統制体制の構築と実効性の有無についてより詳細で踏み込んだ評価を行い、実効性が不十分な場合には経営トップに更なる実施を求めなければならない。
既述したように、経営トップがワンマンでありカリスマ化している場合や、業界の競争が非常に厳しい場合、名門企業だが組織が硬直している場合等では、コンプライアンス上の問題が発生しやすい組織文化が形成されている場合が想定されるが、そのことは経営実績だけを見ていてはわからない。まして、経営トップが主導して不正会計を行っている場合には、経営実績が粉飾されているので、経営実績だけを見ていては、リスクを感知できない。
したがって、このような場合には監査役や監査法人の意見を聞くほかに、社外取締役を派遣しているのであれば取締役会でコンプライアンスや内部統制体制の構築とその運用について詳しく質問するなど、本来持っているパワーを十分に活用したチェックが必要になる。
2. 取締役と監査役
1. で触れたが、組織のガバナンスが正当に働く場合には、経営トップによるコンプライアンス経営の実効性に対するチェックが、取締役・監査役の取締役会での意見表明や監査結果に基づく意見表明を通して有効に働く。
しかし、それができる人物が取締役や監査役として株主によって選出されない場合には、経営トップに対するけん制が有効に機能しない。
コンプライアンスに理解のない経営トップに率いられる組織の場合には、往々にして経営トップが自分に反対しないイエスマンやおとなしく毒にも薬にもならない者を取締役や監査役に推薦する場合や、経営トップの友達や有名人が社外役員になることがままある。この現象は、最近は減ってきているものの、昔から経験則的に言われてきている。
また、取締役会で発言できる見識のある取締役や監査役を株主が選出しようとしても、経営トップに理解させることが難しいことも考えられる。
このような場合には、取締役や監査役にガバナンスの発揮を期待できないので、株主が影響力を発揮してトップを説得し、意識的にガバナンスを発揮できる人を役員として送り込まなければならない。
その上で、送り込まれた役員は、取締役会でコンプライアンスや内部統制に関する議題を積極的に提案し、質問することによりガバナンスを発揮する必要がある。
なぜなら、コンプライアンスに理解のない経営トップに率いられる組織の取締役会では、コンプライアンスに関する議題はほとんどなく、仮にあっても極めて短時間にアリバイ的に設定されることが多いからである。
逆に言うと、取締役会での議題の内容と配分される時間を見れば、その企業が何を重視し何を軽視しているかが一目でわかるので、取締役会の議題の内容と時間配分は、見識ある役員がガバナンスを発揮して経営トップにコンプライアンス経営を促す際のメルクマールになる。
(このテーマは続く)