実学・企業法務(第110回)
第3章 会社全体で一元的に構築する経営管理の仕組み
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
Ⅴ 全社的な取り組みが必要な「特定目的のテーマ」
Ⅴ-1. 商品・サービスの安全性の確保
2. 企業全体の取り組みが必要
(4) お客様相談窓口
多くの企業が「お客様相談窓口」を設置して、商品等の不具合や事故に関する相談の受け付け等を行っている。こうして、「お客様相談窓口」には、市場における商品等の不具合・事故に関する情報の大半が蓄積される。
商品等の安全性を確保するためには、自社に蓄積された市場不具合・事故情報を分析して、①商品企画・開発・設計部門が有している技術水準(他社とのレベル差を含む)、及び、②消費者の使用状況の実態(消費者の常識とメーカーの常識のギャップを含む)を検証することが重要である。この窓口に蓄積された情報を日常的に迅速かつ適切に、商品企画・開発・設計を担当する技術部等に伝達し、既存商品の改善や次期商品の開発に活かしていけば、市場競争力が強化される。
顧客のクレームは商品開発のヒントになるので、商品開発者にとって「お客様相談窓口」の情報は宝の山と言える。
(5) リコール
特定の商品等に想定外の危険があることが市場で発覚し、販売した商品等に不具合があると考えられる場合、又は使用上の誤解を招く情報を提供していた場合は、その商品等の出荷を停止し、かつ、流通過程にある全品を回収して、必要な改善策を講じることになる。
万一、商品等に関して安全事故が発生し、不良・欠陥の疑いがある場合、企業はその商品をリコールして、消費者の手元および流通過程から回収し、または、商品の所在地に出向く等して修理・交換・引取り・廃棄等する。
リコールに関しては多くの法令で、実施要件・実施方法・主務官庁等への報告義務・罰則等が定められているので、企業では日頃からこの法令遵守の主管責任者を定めて、遵法する必要がある。
リコールでは、後続事故の発生および被害拡大を最小限に止めるため、マスコミ報道・ホームページ掲示・ポスター掲示・その他の方法で迅速に事故情報を公表・周知する等、消費者への注意喚起(危険の周知)を徹底するように心掛ける。
購入者と連絡先が判明すれば、個々に注意喚起できるが、実際に購入者リストを所有しているのは小売業者であり、ほとんどの場合、メーカー(及び輸入業者)は最終消費者を把握していない。従って、メーカーが行う危険情報の発信は、不特定多数の者を対象にする方法に限られることが多い。
- (注1) 新聞・TVは効果的な周知手段だが、広告料金が高いとして大半の中小企業は利用していない。
- (注2) リコールすべき義務を負う企業が倒産した場合は、危険を周知すべき者が不在になり、消費者被害の拡大が止められない。官庁が行っている現在の周知方法は不十分であり、効果的な方法が望まれる。
商品安全問題が発生した最初の段階で、危険度を故意に過小評価し又は虚偽情報を公表していたことが後日発覚し、社会から事故責任と隠蔽体質を厳しく追及されて経営幹部が辞任に追い込まれるケースが多い。企業には、常に、商品等の安全性の確保に努めると共に、透明・公正な姿勢を保つことが求められる。
消費者庁設置(2009年)後、生命・身体被害や火災等の重大製品事故情報は、事業者、国・地方の行政機関等から消費者庁に報告されて一元化され、その多くが迅速に公表されている。
また、公益通報者保護法により内部告発者が保護される制度が企業の間で浸透してきたので、今日では、企業が自分に不都合な事実を隠蔽することはできなくなっている。
企業においては、消費者(被害者)の目線を持ちつつ、事実関係・原因・被害者等への対応・再発防止策・社内処分等を迅速に調査・確認・決定し、適切に公表する態勢を整備したい。
なお、リコールにあたっては、社長をはじめとする経営幹部が関与することが極めて重要である。不具合品の改修のために多数の技術者を動員し、次期商品の開発技術者を改修作業にシフトすることがあるが、そのとき「次期商品の発表時期を遅らせても、リコールを優先する」と言い切れるのは、開発・製造・営業を統括する立場にある社長しかいない。また、大規模なリコールでは、仕入先を含む製造から販売先の流通段階までのサプライチェーン全体に働きかけることが必要であり、社長の率先関与が欠かせない。
経営トップには、現場の部門責任者や担当者とは異なり、採用できる経営上の選択肢が多く(A事業を捨てて、B事業に集中する等)、迅速・果敢な経営判断が可能である。リコールに大規模な人と資金を投入した結果、会社の信用を従来以上に高めた事例[1]もある。
グローバルに流通する商品に欠陥問題が発見された場合は、迅速な原因究明に努め、その商品を販売した全ての国において、早期に適切な広報・注意喚起・修理・回収・損害賠償等の措置を講じる必要がある。商品の危険情報は、瞬時に世界に伝わり、グローバルに均質な対応が求められる[2]。対応が遅れた国では、差別待遇として反発する国民感情が高まり、通常の消費者問題が一変して政治的要素を含む複雑な社会問題になる可能性がある。
(6) 再発防止策の構築
事故等が発生した直後に講じられる対策は、ほとんどの場合、暫定措置である。
根本的な再発防止のためには、商品設計・使用部品・製造ライン等の変更を必要とすることが多く、商品企画・材料仕様・安全設計基準・検査基準等から見直すこともある。
また、市場(顧客を含む)への注意喚起方法の改善も、必要なことが多い。
商品等に関する不具合・不満足の声は、たとえ小さくても、それを素直に聞いて改善の取り組みを地道に重ね、恒久措置に結びつける企業は、市場から高い評価を受ける。
担当者や組織に異動・変更があっても一定水準以上の商品等を顧客に提供し続けるためには、企業内の基準の制定、業務(検査[3]を含む)の方法・プロセスのマニュアル化・自動化、担当者の教育・指導の徹底等の総合的な取り組みが必要である。
[1] (Johnson&Johnsonの例)1982年に米国で何者かが同社のTylenol(解熱鎮痛剤)に毒物を混入し、5瓶で7人が死亡した。同社は迅速に全Tylenolの回収を開始し、3,100万個を回収(うち3瓶に毒物混入)して1億US$の損失発生と報じられた。商品構造も、工場出荷後に異物を混入できないように変えた。事件後、「J&Jは消費者の生命を守る」という好意的なブランド・イメージが社会に定着した。
[2] (例1)東芝ノートパソコン(フロッピーディスク・コントローラ問題)について、東芝は世界で不具合発生報告は1件もないと広報したが、99年に米国テキサス州連邦裁で和解が成立し東芝は1,100億円の特損を計上した。しかし翌年、中国の消費者に対してはHPを通じて無料修正ソフトを配付するだけである、として中国市場で反発が広がった。
(例2)リチウムイオン二次電池の異常発熱問題では、ノートPC・携帯電話等に組み込まれて世界各国で流通している問題電池を06年ソニー・06年三洋・07年松下他が大規模に回収した。
[3] 部品・材料の受入れ検査、工程検査、出荷検査等がある。