◇SH3171◇ESG・SDGsの世界的潮流と会社法に与えるインパクト――企業の取組みからの検討(3・完) 吉戒修一(2020/05/29)

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ESG・SDGsの世界的潮流と会社法に与えるインパクト

――企業の取組みからの検討(3・完)――

弁護士 吉 戒 修 一

 

Ⅲ ESG・SDGsが会社法に与えるインパクト

1 企業の取組みと会社法

 前述したESG、SDGsに対する世界と日本の企業の取組みをみれば、この取組みは、企業が従来から行っていたCSR活動の域を超えており、その内容および規模において企業の本業の中に取り込まれ、そのビジネスモデルの刷新を促しつつあることが理解できる。そして、この企業の取組みは、国際社会からの要請に基づくものであるが、持続可能な世界の実現に貢献するとともに、企業自体の持続的成長に資するものでもあるということができる。

 そうであれば、このようなESG、SDGsに対する企業の取組みを手掛かりとして、これを会社法の体系の中でどのように位置づけるかが検討すべき課題であるように思われる。すなわち、国際社会からの要請に基づく持続可能な世界の実現に貢献し、かつ、企業自体の持続的成長に資するような企業の取組みについて、これを会社の組織、機関、資金調達、情報開示等の規律のあり方にインパクトを与えるものと考えるべきかが検討課題であると思われる。

 

2 ESG・SDGsと会社法立法

 前述したように、企業は、ESG課題を解決し、SDGsの17目標を達成するため、国際社会から貢献協力することが要請されており、これに応えることは、法的義務ではないが、企業の社会的責務である。このような企業の社会的責務を、会社法の体系の中に取り込むことができるかという問題がまず考えられる。

 この問題は、1974年の商法改正法成立の際の衆参両院法務委員会の附帯決議により提起された「企業の社会的責任を会社法中の一般的規定として設けるべきであるか」という問題を想起させる[14]。この問題について、法務省民事局参事官室は、①会社法中に、会社の社会的責任に関する一般的規定として、取締役に対し社会的責任に対応して行動すべき義務を課する明文の規定を設けることを検討すべきであるとする意見と、②企業の社会的責任については、これに関する一般的規定を設けるということよりも、むしろ現在の会社法の個々の制度の改善を図り、これを通じて、企業が社会的責任を果たすことを期待するという方向で検討すべきであるという意見を掲げて、各界に意見照会を実施した。意見は分かれたが、その後の会社法改正の流れは、②の意見に沿ったものとなっている。

 現在において、ESG、SDGsに関する企業の社会的責務について同様の問いかけをした場合も、おそらく、賛否は分かれると思われる。ただ、1974年と現在とでは、前者は連続した会社不祥事を背景とした問題提起であったのに対し、後者は持続可能な世界の実現のために企業に貢献協力を求める国際社会の要請を背景とする問いかけであるという違いがある。前者は、会社不祥事を抑止しようとする負のベクトルとして、企業のガバナンスの強化に働き、後者は、持続可能な世界を実現しようとする正のベクトルとして、世界とともに企業にも持続的成長を促す方向で働いている。

 企業がESG課題の解決やSDGsの目標の達成に貢献協力するためには、さまざまなやり方が想定され、一義的な行為を措定することはできない。したがって、会社法の中に、会社が取り組むべきESG課題の解決方法やSDGsの目標の達成方法を個別具体的に規定することは困難であろう。

 しかし、存続期間についての定款の定めがある(会社法911条3項4号)など、ごく例外的な会社を除き、ほとんどの会社は、永続性のある組織として設立、運営されている。このように、企業は、本来、持続的成長を志向する存在であるが、そのためには、企業利益の最大化を図りつつ、持続的成長のドライバーとしてESG課題を含むSDGsの目標の達成に貢献協力することが求められていると思われる。そうだとすると、会社法の中に企業の社会的責務についての一般的な規定、たとえば、「会社は、公正な企業統治の下、環境、社会課題に取り組み、もって、事業の持続的成長を図る責務を負う」というような規定を置くことは、検討されてもよいと考える。

 また、前述した最近のESG、SDGsに対する企業の取組みをみれば、この取組みは、すでに企業の本業の中に組み込まれ、ビジネスモデルの刷新につながっている。このような取組みについては、一般の業務執行として扱うのではなく、重要な業務執行の1つとして取締役会がそのガバナンスの下に管理監督すべきであるし、そのことを明文化するのが望ましいと考える。

 さらに、会社法上の情報開示制度をより充実させることの一環として、たとえば、ESG課題やSDGsに対する企業の取組状況を事業報告書等に開示させ、それを通じた企業に対するレピュテーションや資本市場の評価に委ねることにして、間接的にその取組みを促すという立法的な手当ても検討されてよいと考える。このような情報開示のあり方は、後述するコーポレートガバナンス・コードの中でも同様の考えが示されているところである。

 

3 ESG・SDGsと経営判断

 取締役は、善管注意義務をもって業務執行をしなければならず(会社法330条、民法644条)、この義務に違反したときは、会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う(会社法423条1項)。取締役が業務執行上何らかの経営判断をする上において善管注意義務を尽くしたかどうかの判断は、その当時の状況に照らして合理的な情報収集・調査・検討等が行われたか、および、その状況と取締役に要求される能力水準に照らして不合理な判断がなされなかったかを基準になされるべきであるとされる[15]

 そこで、企業に対するESG、SDGsの取組みの要請が取締役の経営判断にどのようなインパクトを与えるかを検討してみる。たとえば、環境問題を生じさせる事業については、企業には、大別して、①事業を継続するか、②事業を撤退するかの選択肢がある。

 ①の事業の継続を選択した場合、事業による収益は引き続いて上げることができるが、その反面、付近住民や環境団体の反対活動、ESG格付の低下、機関投資家のダイベストメント(投資撤退)、株価の下落、事業そのものの座礁資産化などのリスクを負う可能性がある。他方、②の事業の撤退を選択した場合、その事業からの収益は失われるが、アセットが座礁資産となるリスクを回避し、資本を他の事業に振り向けて、長期的には利益を上げ、資本市場の評価を向上させることが可能になる。

 現実はこのように単純に進行しないであろうが、このような設例はおよそ現実性がないとはいえず、ESG、SDGsの要請が高まっている世界の状況をみれば、石炭火力発電事業や森林開発事業では起こり得ることである。

 そうすると、この設例において、取締役が①と②のいずれの選択肢(その中間的な選択肢も考えられる)をとるかの経営判断については、ESG、SDGsの要請が高まっている社会の状況も判断要素とした上で、合理的な情報収集・調査・検討等を行い、その上で合理的な判断をすべきであるといえよう。もとより、取締役の経営判断における裁量の幅は大きいから、取締役が①を選択したからといってただちに善管注意義務違反があるということはできないが、当該企業が株主からの批判や資本市場からの企業価値評価の低下などのリスクを負うことは避けられないであろう。他方、取締役が②を選択した場合であっても、新規事業が不首尾に終わることもあり得るが、その取組みが企業のホライゾンを広げ、将来の展開につながるようなものであれば、前向きに評価して差し支えないと思われる。

 以上のとおり、企業に対するESG、SDGsの要請は、取締役の経営判断に相応のインパクトを与えると考えられる。先に紹介したESG、SDGsに対する世界と日本の企業の取組みは、取締役の経営判断において、ESG、SDGsの要請に配慮したものと評価することができよう。

 

4 ESG・SDGsとソフトロー

 国会審議を経て成立するハードローに対し、国以外の組織・団体により定められるソフトローは、社会のニーズに応じて、専門的な場で議論して、機動的かつタイムリーに策定することができ、また、内容も法律のような強制執行力を伴わないので、原則的なルールの定めにとどめるなど、柔軟な規定にすることができる[16]

 企業に適用されるソフトロー[17]は、コーポートガバナンス・コード(以下「CGコード」という)とスチュワードシップ・コード(以下「SSコード」という)である。CGコードとSSコードは、いずれも、規範の定立の仕組みとして、プリンシプルベース・アプローチとコンプライ・オア・エクスプレインを採用しており、また、株主・機関投資家と企業との対話を通じて企業の持続的な成長と企業価値の向上を促そうとする点において共通している[18]

 CGコード、SSコードとESG、SDGsとの関連については、両コードとも、ESG、SDGsを直接の契機として策定されたものではないが、企業の持続的成長を促すという基本的な理念はESG、SDGsと共通する[19]

 CGコードとSSコードは、車の両輪的性格を有し、相互に補完して企業の持続的成長を促そうとするものであるとともに、手続上、ハードローである会社法が立法事実の存在を待って見直しされるのに対し、ソフトローとしてその先取りをすることが可能である。今後のESG、SDGsに関する国際的な動向を踏まえて、両コードについて、適時適切に改訂が重ねられることが期待される[20]

 

Ⅳ むすびに

 SDGsの国際目標年である2030年までに、残すところあと10年となった。

 今後、この国際目標の実現に向けて、国、公的セクターと並んで、企業、民間セクターも連携貢献することが期待されており、前述したように、世界の企業も日本の企業も、それぞれの事業分野において、ESG、SDGsに対する取組みをさらに加速させていくものと思われる。

 企業を支える制度的インフラである会社法においても、社会の実情、動向を注視して、社会共通の認識がどこにあるかを探りつつ、ESG、SDGsの課題について適切な対応をしていくことが求められよう。

以上

 

* 本稿をまとめるにあたり、丸紅サステナビリティ推進部から貴重なご助言をいただいた。記して感謝の意を表したい。なお、本稿中意見にわたる部分は、私見であることをお断りしておきたい。

 


[14] 以下の記述については、「会社法改正に関する問題点(昭和50年6月12日法務省民事局参事官室)」商事704号(1975)6頁以下、竹内昭夫「企業の社会的責任に関する商法の一般規定の是非」商事722号(1976)33頁以下参照。

[15] 江頭憲治郎『株式会社法〔第7版〕』(有斐閣、2017)469頁以下参照。

[16] 森田果「ソフトローの基本概念」自由と正義67巻7号(2016)35頁以下参照。

[17] 髙橋真弓「ソフトローとしてのコーポレートガバナンス・コードとスチュワードシップ・コード」自由と正義67巻7号(2016)41頁以下参照。

[18] 中村慎二=塚本英巨=中野常道『コーポレートガバナンス・コードのすべて』(商事法務、2017)11頁以下参照。

[19] CGコードおよびSSコードにおいては、文中で会社、企業の「持続的な成長」というキーワードが繰り返し使用されているほか、CGコードにおいては、ESG(環境、社会、統治)問題やサステナビリティをめぐる課題についての言及がある。

[20] SSコードは、2020年3月24日、再改訂された(井上俊剛=島貫まどか=山田裕章=西原彰美「スチュワードシップ・コードの再改訂の解説」商事2228号(2020)14頁以下参照)。

 

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