契約の終了
第21回 「賃借物の全部滅失等による賃貸借契約の当然終了」
(改正民法616条の2)の法理の再検討
――「一部滅失等による賃料の減額等」(改正民法611条)との比較を契機とする
「法律行為の終了」に関する一考察――(下)
流通経済大学法学部教授 弁護士
西 島 良 尚
Ⅲ 両者の関係等についての再考
1 「賃借物の全部滅失等による賃貸借の終了」(改正法616条の2)の再考
⑴ 賃借物の全部滅失その他の使用収益不能
改正前においては、「全部滅失」あるいはそれに相当する場合については、その帰責事由の有無により一般の危険負担(改正前民法536条1項、同536条2項)あるいは履行不能(改正前415条)で処理する可能性もあった[9]。
しかし、前述のとおり、学説は、当事者の帰責事由を問わず、契約の目的達成不能により賃貸借契約は終了する(帰責事由ある当事者に対する損害賠償請求等は別論として)と解してきた[10]。
ここでの全部「滅失」というのは、目的物がその存在を失った物理的な概念といわれていた[11]。たしかに目的物が完全に滅失した場合には客観的に認定できるようにも思われる。しかし、「滅失」概念については、後述するように、規範的な評価基準によらないでは判断できない場合がある。また「その他の事由により賃借人の使用収益が不能となったとき」の認定は容易ではない場合がありうる。
⑵ 建物賃貸借における建物の「滅失」と「朽廃」
その具体例として、上記④最判昭和32年12月3日民集11巻13号2018頁では、建物賃貸借契約において、目的物たる建物の滅失と同様に賃貸借の趣旨を達成できない「建物が朽廃しその効用を失った場合」が問題となった[12]。
このように「滅失」あるいはそれ以外の「朽廃」など「使用収益の不能」の概念は、規範的な評価を要する問題として、各賃貸借契約の種類・類型、特別法の趣旨などによってその解釈や事実の評価に違いが生じうる[13]。
⑶ 若干の分析
以上の、建物の「賃借人の使用収益が不能となったとき」の解釈や事実の評価の広がりの可能性を意識しつつ、ここでは、借家関係における建物の「滅失」概念と、それ以外の「使用収益不能」の具体例の一つである「朽廃」概念について若干比較検討する。
- 1)「滅失」概念について
- まず「滅失」概念は、「建物の存在を失った場合」の「物理的な概念」だといわれていた[14]。完全に建物が物理的に消失すればこれに該当することは明らかである。
しかし、たとえば上の階が焼失したが、最下階がある程度修理すれば使用可能な場合などに「滅失」に該当するか否かが問題となる。最高裁は、「賃貸借の目的となっている主要な部分が焼失して賃貸借の趣旨が達成されない程度に達したか否か」によって決めるべきであり、それには「焼失した部分の修復が通常の費用では不可能と認められるかどうかも斟酌すべき」とする(上記①最判昭和42・6・22民集21巻6号1468頁)。
したがって、たとえ「滅失」といえども、「物理的評価」によって一義的に明確ではなく、「規範的評価」を要するということである。
- 2)「朽廃」概念について
- 建物の「朽廃」は、「建物が建物としての効用を失った場合」である建物の「機能に関わる概念」であり、物理的な概念である「滅失」の場合と区別されるべきことが指摘されている[15]。ただ、その区別においては、「滅失」も機能的な評価を要する場合もあり、その区別は相対的であるともいえ、その判断基準が問題となる。
「朽廃」の基準としては、上記④判決が「賃貸借の目的物たる建物が朽廃しその効用を失った場合は、目的物の滅失の場合と同様に賃貸借の趣旨は達成されなくなる」と述べ、さらに本判決の原審が、「朽廃甚だしくいつなんどき崩壊するか判らない位危険状態にある」ことを認定したことを正当とし、本判決もこのような状態を「もはやその効用を失ったもの」と判断している。これも「朽廃」を認定する一つの基準といえる[16]。
- 3)建物賃貸借における「正当事由」の要素
- 以上のような基準が手掛かりになるが、これらの問題は、さらに微妙な問題を含んでいるようである。
判例は「賃貸借の趣旨が達成されない」程度の「滅失」「朽廃」の場合に賃貸借契約が終了するというのであるが、そもそも賃借人が自ら若干の工事をしてでも使用を継続し、あるいはこれを欲しているということは、賃借人にとっては残存家屋の使用収益により賃貸借の趣旨を達成できるから出ていかないともいえる。
結局、この問題の本質は、建物の「滅失」「朽廃」という観点からとはいえ、当該賃貸借契約を終了させる「正当な事由」があるか否かという問題ととらえることもできる[17]。
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