◇SH0587◇法のかたち-所有と不法行為 第十話-5「所有権法と不法行為法-請求権の構成」 平井 進(2016/03/08)

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法のかたち-所有と不法行為

第十話  所有権法と不法行為法-請求権の構成

法学博士 (東北大学)

平 井    進

5  末弘厳太郎の統一的な請求権論

 ドイツから物権的請求権の考え方が日本に入って来たのであるが、末弘厳太郎は、請求権を物権によるかどうかによって区別せず、妨害の排除・原状回復のため、不法行為を含めた「統一的理論を樹立する」ことが必要であるとして、次のように述べている。

 妨害排除と原状回復に関して、物権的請求権によって機械的・一律的に扱われるべきでないというのが判例・学説の一般傾向になってきており、そうすると、むしろ「物権的請求権理論そのものを根本的に棄てゝ、事を独り物権に限局せず、広くすべての権利侵害に対する救済手段として如何なる条件の下に妨害排除乃至原状回復の請求を許し得べきかを衡平法的見地から考究し、新に積極的に統一的理論を樹立することが吾々学者に課せられた任務ではないかと私は考へるのである。元来権利侵害に対する救済手段として、損害賠償の外現実な妨害排除や妨害予防の請求を許すべきや否やの問題は、理論上先づ第一に被害権利が物権なりや否やによつて毫も異別に考へらるべき事柄ではない。如何なる権利の侵害についても、妨害排除若くは妨害予防の請求を許すことが被害者の救済上必要であり又それが法律的正義の見地から見て妥当なりと考へられるならば、広く之を許すべきが寧ろ当然であつて、唯問題は之を許す条件を如何にすべきかの点に存するに過ぎない。」[1]末弘は、物権から請求権を演繹するという考え方から離れているようである。

 川島武宜も、物権的請求権を物権の効果としてのみ見るのではなく、原状回復の請求は不法行為の効果として見ることになるとして、次のように述べている。「その責任の要素は従って物権と関連するものではなく、むしろひろく民法の他の制度(殊に債権法のそれ)と関連する」、「物権的請求権は『責任』を包含する点に於て物権法の光りの下に於てのみ眺めらるべきものに非ずして債権法の光りの下に於てもその存在が認めらるべきものであり、これを単に物権の効果としてのみ考察するに於ては、ただに民法に於ける体系的意味を理解し得ぬのみならず、その立法的・解釈的な問題の所在をも把握し得ぬであらう。」[2]

 川島は続ける。原状回復に関する物権的請求権と不法行為の内在的な関連性について、物権的請求権の効果は不法行為の金銭賠償原則に対して例外をなすものであり、物権的請求権によって自然的原状回復を得ることができるのは、「理論的には、物権的請求権によつて不法行為の効果として自然的原状回復を請求し得ることを導入する結果となる(略)。従来我国では不法行為法の金銭賠償原則の故に物権的請求権との内在的関連が閑却せられ、寧ろ両者の乖離が強調せられ、解釈論に於てもこれを前提として論ぜらるるを常とする。物権的請求権に於ける『妨害』と不法行為に於ける『損害』との限界・差異に関する解釈論に於ても、両者間の乖離よりも先づその関連に着目せらるることを要するであらう。」[3] 

 戒能通孝も、「物権的請求権の理論そのものは、終局に於て物権と云ふ権利自体の効力でなく、不法行為の効果だと考へても、実は余り不当でないことになるであらう。」とする。[4]

 好美清光は、物権的請求権について従来の学説理論による根拠付けは成功しておらず、ドグマによる基礎付けを重視することはできないとして、次のように述べている。「人の作出した一つの論理ないし概念にすぎない支配権とか排他権とかいうものから演繹的に物権的請求権が発生するのではなく、逆に、ある社会的物支配がいわゆる物権的請求権によって保護されてきたことを通じてその物支配はいわゆる支配権的排他的なものへと高められ、そのようなものとして法律学上構成されるに至ったのだ、ということになろう。」[5]

 このように、前述の富井以来の思考の系譜として、好美が物権から請求権は演繹できないとし、戒能が物権に関する請求権は不法行為の効果であるとすることは、この問題に対する一つの論理的な帰結となっている。ここでは実質的に、請求権のレベルにおいて、物権と不法行為は同じカテゴリーにおいて扱われているのである。

 ここで、後述するカントの三原則を先取りしていうと、次のようになる。

  「実体」    その状態を持続すべきもの。

  「因果性」   他者の行為により「実体」の状態を変化させる因果関係。

  「相互作用」  「実体」の状態の変化に対する法作用。

 法的に保護すべき「実体」は、ある者の「生命・身体・自由・名誉」(富井)や所有する物である。末弘のいう私法の「統一理論」とは、このような形をとることになろう。

 


[1] 末弘厳太郎「物権的請求権理論の再検討」『民法雑記帳』(日本評論社, 1940)230-231頁。初出は1939年。

[2] 川島武宜「物権的請求権に於ける『支配権』と『責任』の分化(三)」法学協会雑誌55巻11号(1937)2079-81頁。

[3] 同上, 2088-89頁。

[4] 戒能通孝『債権各論』(厳松堂書店, 1942)480-482頁。

[5] 好美清光「物権的請求権」『新版注釈民法 (6) 物権 (1)』(有斐閣, 1997)107-108頁。旧版は1967年。佐賀徹哉も、好美を引用しつつ次のように述べている。「なぜ物権的請求権が物権に固有のものなのかを物権の性質から演繹的に論証することよりも、むしろ物権的請求権によって法的保護が保障されていることから帰納的に物権の絶対性や排他性を承認すべきことを強調している。」佐賀徹哉「物権的請求権」『民法講座 2 物権(1)』(有斐閣, 1984年)20頁。

 

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