◇SH0819◇冒頭規定の意義―典型契約論― 第15回 冒頭規定の意義―制裁と「合意による変更の可能性」―(12) 浅場達也(2016/09/30)

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冒頭規定の意義
―典型契約論―

冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(12)

みずほ証券 法務部

浅 場 達 也

 

Ⅱ 冒頭規定と制裁(2) ―請負契約を例として―

(3) 合意による変更の可能性

 ソフトウェア開発契約について、当事者の合意により、「対向型」か「共同型」かを定めることは可能だろうか。換言すれば、「請負契約」であることを当事者の合意で排除し、「共同開発契約」であるとすることは可能だろうか。

 「モデル契約」をみると、「請負」の内容は、『モデル契約の解説』224頁以下の「[ソフトウェア開発業務]個別契約書」に定められている。その一方で、「モデル契約」の「第2章 本件業務の推進体制」は、章全体が、いかに業務を共同して効果的・効率的に推進していくかを定めているといえよう。例えば、「第8条 協働と役割分担[1]」という表題は「共同作業」であることを象徴しているといえるだろう。「第9条 責任者[2]」「第10条 主任担当者[3]」「第11条 業務従事者[4]」は共同作業の組織的形態とガバナンスを定め、「第12条 連絡協議会の設置[5]」で、定期的な協働行動を定める。これらの条項は、(「対向型」でなく)「共同型」の契約の性質を示しているといえるだろう。

 では、「共同作業」の部分が増大していったとき、「ソフトウェア開発契約」は「請負契約」なのか、それとも「ソフトウェア共同開発契約」という新種の契約になるのだろうか。この点に関し、印紙税法は先に引用した「通則2」において、「1若しくは2以上の号に掲げる――事項とその他の事項とが併記され、又は混合して記載されているもの」は、「当該各号に掲げる文書に該当する文書とする」としており、「共同作業」の部分が増大しても(「その他の事項」が増えるだけだから)、印紙税法上、その文書は「請負」に該当することになる。この規律は、印紙税に係る税務調査における、税務当局の調査官とのやりとりを想定すればわかりやすいだろう。(以下のやりとり自体は架空のものだが、類似した会話が国税庁の税務調査時になされることは少なくない。)

 

調査官  : 「ソフトウェア開発契約」に印紙が貼付されていないのは、何故ですか。
会社担当者: 我々は、この契約を、全体として「ソフトウェア共同開発契約」と考えています。これは民法が想定していない契約です。契約の性質は「共同開発」であり、これに相当する印紙税別表の事項はありません。
調査官  : 「一方が仕事の完成を約し、他方がその結果に報酬を支払う」という要件に該当すれば、それは印紙税上の請負にあてはまり、印紙を貼る必要があると考えられませんか。
会社担当者: この契約の「協働」「業務従事者」「連絡協議会」等に関する条項は、「対向型」でなくむしろ「共同型」であることを示しています。
調査官  : 請負以外の「その他の事項」が多く併記又は混合して記載されていても、「通則2」によれば請負に該当することになります。
会社担当者: 税の不納入の罰則は何ですか。
調査官  : 不足額の3倍相当の過怠税です。

 

 こうしたやりとりの結果、「ソフトウェア開発契約」は、多くの場合、印紙税法上の請負契約書とされることとなるだろう。下の図5の5-⑧は、5-⑦の「ソフトウェア開発契約」が、過怠税を課されるリスクに曝されることを示している。契約書作成者は、「仕事の完成」と「結果に報酬」という要件に該当する以上、当該契約が印紙税法上の請負となると考え、適切な印紙を貼付することになる。そして、この流れを当事者の合意によって変更・排除することは難しいだろう。

 

 図5 印紙税法の制裁とソフトウェア開発契約

 その意味で、印紙税法上の制裁は、冒頭規定の要件に一定の拘束力をもたらすことになる[6]。以上を踏まえると、次のようにいうことができよう。すなわち――

ポイント(7) 印紙税法上の請負と合意による変更・排除
「一方が仕事の完成を約し、他方がその結果に報酬を支払う」という内容の契約が、印紙税法上の請負契約であることを、当事者の合意により変更・排除することは、(3倍相当の過怠税を課されるリスクが高いため)難しい[7]

 ここで、こうした「当事者の合意による変更・排除が難しい規律」が、これまで強行規定として捉えられてきたものとは異質の規律であることは、明らかだろう。こうした規律は、「3倍相当の過怠税を課されるリスク」によってもたらされるものであり、「合意による変更・排除が難しい」以上、すべての契約書作成者がこれに類した契約書を作成する際に視野に入れることが必要な契約規範であるといえよう。

 上の「ポイント(7)」の考え方を、他の典型契約に拡げれば、次のようになるだろう。

ポイント(8) 印紙税法上の典型契約と合意による変更・排除
冒頭規定(贈与:549条、消費貸借:587条、寄託:657条等)の要件に則った契約が、印紙税法上のそれぞれ贈与契約、消費貸借契約、寄託契約等に該当することを、当事者の合意により変更・排除することは難しい。

 契約書作成者の行動の流れとしては、まず冒頭規定の要件に則った内容の契約書を作成し、冒頭規定の契約名を付した上で、印紙税法に定められた印紙を貼付するという一連の行為が、促されることになる(それをしないと3倍の過怠税を課されるリスクが高い)。冒頭規定の要件が、社会の中で一定の安定性を有することの背景の1つには、こうした印紙税の制裁が存在するといえるだろう。

 このように考えると、「Ⅰ 冒頭規定と制裁(1)」の金銭消費貸借契約との関連で検討した出資法、貸金業法及び利息制限法についても、上の請負と印紙税法と同様の関係がみられることに気付く。すなわち、次のようにいうことができよう。

ポイント(9) 諸法上の金銭消費貸借と合意による変更・排除
(金銭を目的物とし)冒頭規定(消費貸借:587条)の要件に則った契約が、出資法、貸金業法及び利息制限法の適用対象とする金銭消費貸借契約に該当することを、当事者の合意により変更・排除することは難しい。

 このように、冒頭規定が、制裁を有する他の法律に取り込まれることにより、契約書作成上、「当事者の合意による変更・排除が難しい規律」が作り出される[8]。では、典型契約と制裁を有する他の法律は、他にどのようなものがあるだろうか。次にそれぞれの典型契約と諸法について概観してみよう。



[1] 前掲第14回注[1] 『モデル契約の解説』61頁を参照。

[2] 前掲第14回注[1] 『モデル契約の解説』65頁を参照。

[3] 前掲第14回注[1] 『モデル契約の解説』67頁を参照。

[4] 前掲第14回注[1] 『モデル契約の解説』69頁を参照。

[5] 前掲第14回注[1] 『モデル契約の解説』70頁を参照。

[6] ここで検討してきた制裁は、「3倍相当の過怠税」であり、例えば「懲役・罰金」という刑事罰と比較すれば、その制裁の働きは相対的に弱いといえるかもしれない。ただ、悪質な印紙税逃れに対しては、「マスコミ等への公表」という制裁が課されることもあり、法令遵守を尊重する現代の取引社会では、過怠税という制裁も十分な実効性を持ちうるといえるだろう。なお、印紙税法は21条以下で、懲役・罰金を含む罰則を定めているが、実際にこれら罰則が科されるケースは極めて稀である(従ってリスクとして認識する必要性は十分に小さい)と考えられるため、本稿では検討対象としていない。

[7] 印紙税法上は「請負」に該当するが、民法上は「共同開発契約」という新種の契約となるとすることも不可能ではないだろうが、一般に多くの人はそのような思考経路を採用しないということであろう。

[8] 後の検討において、これを「契約規範」としている(Ⅳ1. (2) を参照)。

 

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