大阪高判、大会社の会計限定監査役に損害賠償を認めた原審の判断は
不相当とされた事例
岩田合同法律事務所
弁護士 青 木 晋 治
1. 事案の概要等
大阪高等裁判所は、平成29年4月20日、黒毛和種牛の繁殖及び飼養を業とする株式会社安愚楽牧場(旧商号・有限会社安愚楽牧場、以下「安愚楽牧場」という。)と取引(和牛預託取引)した投資者らが、安愚楽牧場の元役員らに対し投下資本を回収できずに損害を被ったとして、安愚楽牧場の勧誘が違法であり、元役員らは安愚楽牧場の違法な業務遂行の是正に向けた行動をとるべき義務を負っていたのに、その義務を果たさず、違法な業務遂行を援助助長したとし、民法719条(共同不法行為)又は会社法429条1項に基づき元役員らに対し損害賠償を求めていた事案の控訴審である。
原判決(大阪地判平成28年5月30日)は、業務監査をしていれば、契約者の員数に見合う数量の和牛が不足する事態に至っていた事実等を認識しまたは認識し得たと認められる元監査役1名、及び業務遂行の過程で当該事実を認識し、または認識し得たと認められる元取締役1名に対する関係でそれぞれ損害賠償請求を認めていたが、控訴審判決(以下「本判決」という。)は、投資者らの請求をいずれも棄却した(元監査役らの逆転勝訴)。
2. 取締役らの責任
安愚楽牧場が当社らとの間で行っていた和牛預託取引は、安愚楽牧場が投資者に売却した繁殖牛を一定期間預かり飼養した後、当該繁殖牛を売却額と同額で投資者から買い戻し、買戻しまでの期間中繁殖牛の売却代金の年5分程度の金員を投資者に支払うという取引であった。
本判決は、安愚楽牧場による和牛預託取引に関し、平成11年3月以降は、取引対象とすべき繁殖牛が大幅に不足しているのに、その事実を秘匿してなされた違法なものであるとし、安愚楽牧場の不法行為を構成すると認定した。
その上で、被告となった取締役らの責任については、安愚楽牧場はワンマン社長及びその腹心である取締役2名によって牛耳られている極めて閉鎖的な会社であること、当該経営陣3名以外の取締役が和牛預託取引について適切な社内情報を収集し、実態を知った上で、職務上の義務を果たすのは極めて困難であったとして、取締役としての職務を行うにつき、悪意又は重大な過失はなかったとして、元取締役1名に対して、損害賠償請求を認容した原判決を取り消し、取締役らに対する請求をいずれも棄却した。
3. 元監査役の責任
安愚楽牧場は、有限会社安愚楽牧場から株式会社安愚楽牧場に商号変更後は、会社法2条6号所定の大会社となっており、同法328条2項・337条1項、389条1項により、会計監査人及び業務監査を行う監査役を置かなければならなかった。
もっとも、本判決は、元監査役は会計監査の職責は負うものの、当然には業務監査の職責まで負うものではないとして、当該元監査役が業務監査の職責を負うことを前提に会社法429条1項に基づく元監査役に対する損害賠償請求を一部認容した原審の判断は不相当であると判示して、原判決を取り消し、元監査役らに対する請求も棄却した(原判決は、元監査役については業務監査の職責を負うとしたが、本判決はこれを否定している)。
原判決と本判決において、元監査役が業務監査の職責を負うかという点についての判断を対比すると以下のとおりである。
第一審判決 | 控訴審判決 | |
監 |
結論:業務監査の職責を負う。 理由:
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結論:会計監査に限定される。 理由:
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4. 本判決の意義
本判決は、会社法上、会計監査人及び業務監査を行う監査役を置くべき株式会社の監査役について、その監査の範囲が会計監査に限定される場合があり得るとの解釈を示した高裁判決として注目に値する。
また、元役員らが、経営の中心となった3名の取締役らが法律違反となる営業をしないように会社の業務執行を管理、統制すべき職務上の義務を果たすことが困難であったか否か(容易に職務上の義務を果たすことができたのにそれさえもしなかった不作為が認められるか否か)について事例判断を提供するものであり、同種事件の解決の参考になると思われる。
以 上