◇SH1587◇野村不動産、企画業務型裁量労働制に関わる是正勧告・指導について 中村紗絵子(2018/01/17)

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野村不動産、企画業務型裁量労働制に関わる是正勧告・指導について

岩田合同法律事務所

弁護士 中 村 紗絵子

 

1. 概要

 野村不動産は、平成29年12月25日付で本社及び地方4事業場(関西支店、名古屋支店、仙台支店、福岡支店)を管轄する労働基準監督署により、一部職員に適用している企画業務型裁量労働制に関する是正勧告・指導を受けた。同社社長も同日付で、東京労働局長から特別指導を受けた。

 同社によると、是正勧告・指導の理由は、企画業務型裁量労働制の対象者の一部について、同制度に基づく「みなし労働時間」が適用されない結果として、時間外労働に関する36協定を超えた時間外労働が発生していること、及び当該時間外労働時間にかかる賃金を支払っていないと判断されたことによると説明されている。

 報道によると、同社は全社員約1900人のうち、課長代理級の「リーダー職」と課長級の「マネジメント職」の労働者約600人に企画業務型裁量労働制を適用していたが、東京労働局は、同社は対象労働者の大半を個別営業など企画業務型裁量労働制の対象業務以外の業務に就かせていたことが全社的に認められたとして違法と判断したとされている。東京労働局は記者会見で、「(同社の不正を)放置することが全国的な遵法状況に重大な影響を及ぼす」として社長の特別指導に踏み切った理由を説明した(平成29年12月26日付朝日新聞デジタル)。

 なお、野村不動産は、既に企画業務型裁量労働制の廃止を決定している。

 

2. 企画業務型裁量労働制とは

(1) 裁量労働制とは

 裁量労働制は、労働者が時間配分につき裁量をもって就労しており、通常の労働時間規制・割増賃金規制を適用するのが適切でないとして法律で規定する業務について、労使協定でみなし労働時間を定めた場合には、当該業務を遂行する労働者については、実際の労働時間数に関係なく協定で定める時間数労働したものと「みなす」という制度である。

 <他の制度との違い>
  1. ■ 管理監督者(労働基準法第41条第2号)など、労働時間等の規制の適用除外との違い

労使協定で定めたみなし時間が法定労働時間を超えるものである場合には、三六協定の締結・届出や割増賃金支払いが必要

  1. ■ 事業場外労働のみなし労働時間制(労働基準法第38条の2)との違い

労働者の裁量に着目し、「労働時間を算定し難い」ことは要件となっていない

 裁量労働制には、専門業務型裁量労働制(労働基準法第38条の3)と企画業務型裁量労働制(労働基準法第38条の4)の2種類がある。専門業務型裁量労働制は、法令に限定列挙されたデザイナー・プロデューサー・ソフトウェア制・建築士・税理士等の業務についての制度である。これに対し、企画業務型裁量労働制は、対象業務は限定列挙されていないものの、一定の対象業務について、対象労働者が就く場合に採用できる制度である。

(2) 企画型裁量労働制の要件

 企画型裁量労働制の要件は以下のとおりである。

対象業務

  1. ① 事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析の業務であって
  2. ② 当該業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務
  3. 具体例は下記<対象業務の例>参照

対象労働者

対象業務を適切に遂行するための知識、経験等を有する労働者(学卒3年~5年の職務経験(指針))

導入手続

  1. ① 労働者代表が半数以上を占める労使委員会を設置する
  2. ② 労使委員会の5分の4以上の議決により、対象業務、対象労働者、みなし時間、健康福祉確保措置、苦情処理措置、裁量労働制の適用にあたって労働者本人の同意を得るべきこと、及び同意しなかったことを理由に不利益取り扱いをすべきでないことを定める
  3. ③ ②の決議を労基署長に届出る

 

<対象業務の例>(労働基準法38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針(平11労告149号))

対象業務になり得る例

  1. ① 経営企画を担当する部署における業務のうち、経営状態・経営環境等について調査及び分析を行い、経営に関する計画を策定する業務
  1. ② 経営企画を担当する部署における業務のうち、現行の社内組織の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな社内組織を編成する業務
  1. ③ 人事・労務を担当する部署における業務のうち、現行の人事制度の問題点やその在り方等について調査及び分析を行い、新たな人事制度を策定する業務
  1. ④ 人事・労務を担当する部署における業務のうち、業務の内容やその遂行のために必要とされる能力等について調査及び分析を行い、社員の教育・研修計画を策定する業務
  1. ⑤ 財務・経理を担当する部署における業務のうち、財務状態等について調査及び分析を行い、財務に関する計画を策定する業務
  1. ⑥ 広報を担当する部署における業務のうち、効果的な広報手法等について調査及び分析を行い、広報を企画・立案する業務
  1. ⑦ 営業に関する企画を担当する部署における業務のうち、営業成績や営業活動上の問題点等について調査及び分析を行い、企業全体の営業方針や取り扱う商品ごとの全社的な営業に関する計画を策定する業務
  1. ⑧ 生産に関する企画を担当する部署における業務のうち、生産効率や原材料等に係る市場の動向等について調査及び分析を行い、原材料等の調達計画も含め全社的な生産計画を策定する業務

対象業務になり得ない例

  1. ① 経営に関する会議の庶務等の業務
  1. ② 人事記録の作成及び保管、給与の計算及び支払、各種保険の加入及び脱退、採用・ 研修の実施等の業務
  1. ③ 金銭の出納、財務諸表・会計帳簿の作成及び保管、租税の申告及び納付、予算・決算に係る計算等の業務
  1. ④ 広報誌の原稿の校正等の業務
  1. ⑤ 個別の営業活動の業務
  1. ⑥ 個別の製造等の作業、物品の買い付け等の業務

(3) 要件不該当の効果

 企画業務型裁量労働制を採用していながら企画業務型裁量労働制の要件を満たさない場合、対象労働者についてみなし労働時間が適用されないため、実労働時間に照らして場合によっては使用者に割増賃金支払義務が生ずる(労働基準法第37条)。また、割増賃金の未払いが労働者から訴訟で請求された場合には、裁判所は使用者に対して付加金の支払いを命じることができる(労働基準法第114条)。

 

3. 影響

 1989年に現在の専門業務型裁量労働制が開始されて以降、1998年に企画業務型裁量労働制が開始され、2003年に企画業務型裁量労働制の要件が緩和され、2015年通常国会以来、企画業務型裁量労働制の拡張案及び高度プロフェッショナル労働制対象労働者を設ける法案が提出されており、裁量労働制の範囲は拡大しつつある。こうした制度改正の流れは、自律性の高い労働者の能力発揮の機会の確保という観点からのものであるが、他方で、時間外労働の抑制が社会的な課題となっており、裁量労働制が違法な時間外労働の隠れ蓑となることへの懸念も論じられている。

 そのような議論の中での今回の労働局の是正勧告・指導には、裁量的労働の名目で割増賃金を不払いとすることのないよう、現行法上の要件に従い対象業務の実態に即した判断を徹底する姿勢がうかがえる。

 本件のように対象業務に該当しないと判断された場合、みなし労働時間が適用されず、場合によっては割増賃金支払義務が発生することに加え、労働局の是正勧告・指導によるレピュテーションリスクも無視できないため、企画業務型裁量労働制を採用している企業は現行法及び労使委員会の決議に則った運用となっているか再確認する必要がある。

以 上

 

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