最二小判(尾島明裁判長)、プロバイダ責任制限法の改正省令施行前の権利侵害行為であっても、改正省令に基づき発信者の電話番号の開示を請求できるとした判断
岩田合同法律事務所
弁護士 藤 原 未 彩
1 はじめに
令和2年8月31日に施行された令和2年総務省令第82号(以下「令和2年改正省令」という。)によって、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)4条1項(令和3年法律第27号施行前。現在の5条1項に相当)に基づき開示を請求できる発信者情報に、発信者の「電話番号」が追加された。しかし、令和2年改正省令は、経過措置等の規定を置いていなかったため、令和2年改正省令の施行前に権利の侵害が行われた場合であっても、当該権利侵害を行った発信者の「電話番号」の開示を求めることができるか否かについて、下級審裁判例では結論が分かれていた。
この点について、最高裁は、令和2年改正省令の施行前に権利の侵害がされたものであっても、発信者の電話番号の開示を請求できると判断した。以下、改正の経緯及び最高裁の判断を紹介する。
2 改正の経緯
プロバイダ責任制限法に定める発信者情報開示の在り方に関しては、総務省に設置された「発信者情報開示の在り方に関する研究会」(以下「本研究会」という。)において検討が行われ、本研究会が令和2年8月31日に発表した中間とりまとめにおいては、プロバイダ責任制限法の開示対象に「電話番号」を追加するために省令の改正を行うことが適当である旨の指摘がなされた[1]。これを受けて開示対象となる発信情報に発信者の電話番号を追加する旨の改正を行ったのが令和2年改正省令である[2]。
3 原審・最高裁の判断
令和2年改正省令の施行前に権利の侵害がされたものであっても、令和2年改正省令に基づき、発信者の電話番号の開示を請求できるか否かについては、下級審裁判例においても判断が分かれていたが、最判令和5年1月30日(以下「本判決」という。)の原審である東京高判令和3年9月24日は、発信者の重大な権利利益を遡及的に制約ないし侵害することは許されないとして、令和2年改正省令の適用を否定していた。しかし、本判決は、①令和2年改正省令において経過措置規定が定められなかったこと、②開示対象となる発信者情報が総務省令で定められる趣旨は、省令の改正による機動的な対応を可能とすることにあること、の2つの理由から、令和2年改正省令の施行前に権利の侵害がされたものであっても、令和2年改正省令に基づき発信者の電話番号の開示を請求できると判断した[3]。
原審・最高裁 (結論) | 理由(概要) |
原審 (令和2年改正省令の適用を否定) |
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最高裁 |
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4 新制度について
令和3年4月21日、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律(以下「新法」という。)が成立し、令和4年10月1日に施行された。新法では、インターネット上の誹謗中傷などによる権利侵害についてより円滑に被害者救済を図るため、発信者情報開示について新たな裁判手続(非訟手続)が創設されるなど制度的見直しが行われている。新法の成立に伴い、令和2年改正省令は、令和4年総務省令第39号(以下「令和4年改正省令」という。)により廃止されたが、開示の対象となる発信者情報の範囲については、依然として令和4年改正省令に委ねられている[5]。本判決の結論に従えば、開示の対象となる範囲は口頭弁論終結時に施行されている省令に基づき決せられることとなる。そのため、今後も、省令の改正内容については留意する必要がある。
https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/000748168.pdf
以 上
[1] 本研究会の中間とりまとめ7~10頁(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/000705095.pdf )。なお、本研究会における検討の基本的な考え方等については、「SH3353 発信者情報開示の在り方に関する研究会、「最終とりまとめに向けた主な論点」を公表 足立 理(2020/10/22)」参照。
[2] このような改正が行われた背景には、近年、投稿時の IP アドレス等を記録・保存していないコンテンツプロバイダの出現により、発信者を特定することができない場合があるなど、改正前の省令に定められている発信者情報開示の対象のみでは、発信者を特定することが技術的に困難な場面が増加していることにあった(本研究会の中間とりまとめ7~10頁)。
[3] なお、本研究会が令和2年12月20日に公表した「最終とりまとめ(案)に対する意見募集結果」(18頁)においては、令和2年改正省令の適用時期に関し裁判実務における混乱を指摘する意見が寄せられ、これに対する考え方として「発信者情報開示請求が行われた時点で具体的な開示義務がプロバイダに生じると考えられるものであることから、権利侵害投稿が行われた時期にかかわらず、省令改正後は、改正後の省令が適用されると考えられます。」との見解が示されている(https://portal.shojihomu.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/000724243.pdf )。
[4] 行政法規は、基本的に法の施行によって効力を生じ、その時点以降の事実に適用される。一方で、立法により施行以前の事実に法律効果が生じることがある。このようないわゆる遡及適用は、刑罰法規に関しては禁止されているが(遡及処罰の禁止、憲法39条)、一方、民事法規に関しては特段の定めはなく個別法の解釈によって遡及適用の可否が判断されてきた(最大判昭和24・5・18民集3巻6号199頁、最大判昭和53・7・12民集32巻5号946頁)。
[5] 新法により特定発信者情報の開示請求権(新法5条1項柱書)が創設されたことを受け、令和4年改正省令では、開示の対象となる情報(特定発信者情報)として、SNS等の(1)アカウント作成の際の通信、(2)アカウントへのログインの際の通信、(3)アカウントからのログアウト時の通信、(4)アカウント削除時の通信に係る情報などが追加された(同省令2条9号~13号)。
(ふじはら・みさ)
岩田合同法律事務所所属。2015年九州大学法学部退学。2017年九州大学法科大学院終了。2019年1月判事補任官。東京地方裁判所勤務を経て、2022年4月「判事補及び検事の弁護士職務経験に関する法律」に基づき弁護士登録。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
<事務所概要>
1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
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