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1 検察官等から鑑定の嘱託を受けた者が当該鑑定に関して作成し若しくは受領した文書等又はその写しは民訴法220条4号ホに定める刑事事件に係る訴訟に関する書類又は刑事事件において押収されている文書に該当するか(①事件)
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2 鑑定のために必要な処分としてされた死体の解剖の写真に係る情報が記録された電磁的記録媒体が民訴法220条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当するとされた事例(②事件)
[①事件]
検察官、検察事務官又は司法警察職員から鑑定の嘱託を受けた者が当該鑑定に関して作成し若しくは受領した文書若しくは準文書又はその写しは、民訴法220条4号ホに定める刑事事件に係る訴訟に関する書類又は刑事事件において押収されている文書に該当する。
[②事件]
文書提出命令の申立人の父の死体について司法警察職員から鑑定の嘱託を受けた者が当該鑑定のために必要な処分として裁判官の許可を受けてした当該死体の解剖の写真に係る情報が記録された電磁的記録媒体であって当該司法警察職員が所属する地方公共団体が所持するものは、当該地方公共団体と当該申立人との間において、民訴法220条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当する。
[①事件]
民訴法220条4号ホ
[②事件]
民訴法220条3号
[①事件]
令和元年(許)第12号 最高裁令和2年3月24日第三小法廷決定 文書提出命令に対する許可抗告事件 破棄差戻し(裁判集民263号135頁)
原 審:平成30年(ウ)第49号 札幌高裁平成31年3月29日決定
[②事件]
令和元年(許)第11号 最高裁令和2年3月24日第三小法廷決定 文書提出命令等に対する許可抗告事件 棄却(民集74巻3号455頁)
原 審:平成30年(ウ)第49号、第54号 札幌高裁平成31年3月29日決定
[①事件]
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89423
[②事件]
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89422
1 事案の概要
①事件及び②事件は、いずれも文書提出命令の申立ての事案であり、両事件の本案訴訟は同一である。当該訴訟は、両事件の申立人であるXが、A社の開設する病院の看護師の過失によりXの父Bが転倒して頭部を床面に強打したために死亡したなどと主張して、A社に対し、使用者責任に基づく損害賠償を求めるものであり、当該訴訟の控訴審において、Xが両事件に係る文書提出命令の申立てをした。①事件は、Bの死体についていわゆる司法解剖を行った医師が作成した鑑定書やその写し等(以下「本件鑑定書等」という。)について、これを所持するY1に対し、民訴法220条2号及び4号に基づいて文書提出命令の申立てをした事案であり、②事件は、当該解剖の写真(以下「本件写真」という。正確には、そのデータが記録された電磁的記録媒体)について、当該解剖を医師に嘱託した警察官が所属する地方公共団体であって本件写真を所持するY2に対し、民訴法220条3号後段に基づいて文書提出命令の申立てをした事案である。
原審は、①事件について、本件鑑定書等は民訴法220条4号ホにおいて同号の文書提出義務の対象外とされた刑事事件に係る訴訟に関する書類又は刑事事件において押収されている文書(以下「刑事事件関係書類」という。)に該当しないとして、同号に基づいてY1にその提出を命じ、②事件について、本件写真は民訴法220条3号後段において文書提出義務の対象とされた「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書(以下「法律関係文書」という。)に該当するとして、Y2にその提出を命じた。Y1及びY2がそれぞれ許可抗告の申立てをしたところ、原審はこれらの抗告をいずれも許可した。
最高裁第三小法廷は、①事件について、本件鑑定書等は刑事事件関係書類に該当しないと判示し、民訴法220条4号の文書提出義務の対象とならないとして、原決定を破棄した上、同条2号に基づく申立ての審理のため事件を原審に差し戻し、②事件について、本件写真が法律関係文書に該当するとした原審の判断は正当として是認することができると判示して、Y2の抗告を棄却した。
2 問題の背景
医療過誤事件における医療行為と患者の死亡との間の因果関係等の検討においては、死因の解明が出発点となり、死体の解剖が行われている場合には、その結果等が記載された文書が重要な証拠となる。犯罪捜査のために司法解剖が行われたが不起訴となった場合には、その結果等が記載された鑑定書等は、不起訴事件の記録として、刑訴法47条により、原則として公判の開廷前に公にすることが禁止されると解されており、法務省の通達により、被害者等からの開示請求があれば、一定の要件の下で謄写等を認めることとされている。そこで、司法解剖の結果が記載された鑑定書等について、上記の開示請求の方法より謄写等が認められない場合に、これを民事訴訟において文書提出命令の対象とすることができるか否かが問題となる。
3 刑事事件関係書類について(①事件)
民訴法220条4号は、一般的な文書提出義務を定めており、行政解剖や病理解剖が行われた場合であれば、その結果が記載された文書は、基本的に同号による文書提出義務の対象となると考えられる。これに対し、司法解剖の結果が記載された鑑定書等については、同号ホの定める刑事事件関係書類に該当して同号による文書提出義務の対象外とならないかが問題となる。
この点について、①事件の原決定は、同号ホが刑事事件関係書類を一般的な文書提出義務の対象外とした趣旨は、これが民事訴訟において裁判所に提出されると、関係者の名誉及びプライバシーが侵害されたり、捜査及び刑事裁判が不当な影響を受けるおそれがあるということにあるから、このようなおそれがない文書は刑事事件関係書類に該当しないというべきであり、本件鑑定書等についてはそのようなおそれはないなどとして、刑事事件関係書類に該当しないとした。司法解剖を行った医師が作成・保管していた鑑定書等の控えについて、上記決定と同様に、開示による具体的な弊害の有無を個別に検討して刑事事件関係書類に該当しないとした裁判例に、東京地決平成17・6・14判時1904号119頁、東京地決平成22・5・13判タ1358号241頁、東京地決平成23・10・17判タ1366号243頁がある。これらの裁判例の本案訴訟はいずれも医療事件であり、いずれも抗告がされることなく確定している。
確かに、同号ホは、刑事事件関係書類の開示により捜査や公判に不当な影響が及んだり関係者の名誉やプライバシー等に重大な侵害が及ぶなどの弊害を生ずるおそれがあることを踏まえて設けられたものである。しかし、開示により上記の弊害を生ずる場合には同号ロに該当する可能性が類型的に高いにもかかわらず、重ねて同号ホが設けられた趣旨は、同号ロに該当することを基礎づける具体的事情は監督官庁において述べる必要があるところ(民訴法223条3項)、監督官庁は捜査の秘密等との関係から詳細な事情を述べられない場合があること、上記の弊害を生ずるか否かを的確に判断するには捜査情報を広く検討する必要があり、文書提出命令の申立てを受けた裁判所がインカメラ手続により対象文書を閲読するだけでは不十分であることから、民訴法220条4号ロに該当すると認められた場合だけを個別に文書提出義務の対象外とするだけでは上記の弊害の防止に万全を期すことができないため、刑事事件関係書類の開示・不開示を刑事手続上の開示制度に委ねる趣旨で、これらを同号の一般的な文書提出義務の対象から一律に除外することにあると考えられる(深山卓也ほか「民事訴訟法の一部を改正する法律の概要(下)」ジュリ(2001)1210号173頁)。このことは、民訴法の条文においても、インカメラ手続の対象から刑事事件関係書類が除外されている(民訴法223条6項)ことに表れている。
①事件に係る最高裁の決定は、以上を踏まえ、本件鑑定書等は刑事事件関係書類に該当すると判示した。なお、同決定には、民訴法220条4号ホに掲げる文書の範囲を限定することについて立法論として再検討されることが望ましいと思われる旨の宇賀克也裁判官の補足意見、これに同調する林景一裁判官の補足意見が付されている。
4 法律関係文書について(②事件)
(1)民訴法220条4号ホの刑事事件関係書類に該当する文書は、同号の文書提出義務の対象とならないものの、同条1号ないし3号の場合に該当すれば、これら各号の文書提出義務が否定されるものではない。もっとも、上記のとおり、刑訴法47条は、「訴訟に関する書類」を公判の開廷前に公にしてはならない旨を定めており、これには不起訴記録を含むと解されていることとの関係が問題となる。
この点について、最三小決平成16・5・25民集58巻5号1135頁(判タ1159号143頁)は、刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」に該当する文書について文書提出命令の申立てがされた場合であっても、当該文書が民訴法220条3号所定のいわゆる法律関係文書に該当し、かつ、当該文書の保管者によるその提出の拒否が、民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無、程度、当該文書が開示されることによる被告人、被疑者等の名誉、プライバシーの侵害等の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし、当該保管者の有する裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用するものであるときは、裁判所は、その提出を命ずることができると判示した。最二小決平成17・7・22民集59巻6号1837頁(判タ1191号230頁)及び最二小決平成19・12・12民集61巻9号3400頁(判タ1261号155頁)は、上記平成16年最三小決の判断枠組みに沿って、法律関係文書に該当する文書について、刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」に当たるとしながら、その提出を拒否した保管者の判断に裁量権の逸脱又は濫用があるとして、その提出を命じている。
②事件の原決定は、本件写真が刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」に該当する旨のY2の主張に対し、本案訴訟においてこれを取り調べる必要性があり、その開示により捜査や公判に悪影響を及ぼすおそれや関係者のプライバシーが侵害される具体的なおそれはないとして、Y2が同条に基づきその提出を拒否することは裁量権の範囲を逸脱し又は濫用するものであって許されない旨の判示をしており、上記の判断枠組みに沿ったものと理解することができる。この点については、Y2による許可抗告申立ての理由となっておらず、許可抗告審における審理判断の対象とされていない。
(2)本件写真が法律関係文書に該当するか否かについて、②事件の原決定は、本件写真はBの司法解剖の写真であって司法解剖に基づく鑑定書の一部であるから、Bの遺族であるXの解剖をされない自由を制約して解剖を受任させるというY2(捜査機関)とXとの間の法律関係を肯定することができるとして、法律関係文書に該当する旨の判示をした。これに対し、Y2は、許可抗告申立ての理由において、司法解剖は犯罪捜査のために行ったものであり、死体の遺族に解剖されない自由があるとしても、それは反射的利益にすぎず、この自由を制約して解剖を受忍させたのではないから、遺族とY2との間に民訴法220条3号所定の法律関係はないと主張した。
上記(1)の判断枠組みにより刑訴法47条所定の「訴訟に関する書類」に当たる文書の提出を命じた上記平成17年最二小決及び上記平成19年最二小決は、捜索差押許可状及び勾留状について、自由を制約してこれを受忍させるという法律関係を生じさせる文書であるとして法律関係文書に該当するとしたほか、これらの発付を求めるために法令上作成を要することとされている請求書や法令に従って裁判官に提供された資料についても法律関係文書に該当するとした。②事件の原決定は、上記に沿って判断したようにも思われるものの、仮に②事件の原決定のように遺族に死体の解剖をされない自由があると考えたとしても、この自由を制約して遺族に解剖を受忍させる法律関係を生じさせる文書は鑑定処分許可状(刑訴法225条、168条)であって、解剖の写真である本件写真がXとY2との間の法律関係について作成された法律関係文書に該当すると直ちにいえるかは疑問であるように思われる。もっとも、上記平成17年最二小決及び上記平成19年最二小決は、上記の各文書について法律関係文書に該当する旨の事例判断を示したものにすぎず、法律関係文書に該当する場合をこれらに限定したものとは解されない。この点について、上記平成17年最二小決の判例解説(加藤正男・最判解民事篇平成17年度(下)515頁)は、刑事関係書類といっても種々多様であるから、法律関係文書に該当するかどうかは、文書提出命令申立人と所持者との関係、当該書類の作成目的、作成時期、内容等を勘案して判断する必要があるとしている。
②事件に係る最高裁の決定は、法律関係文書に該当するか否かについては文書の記載内容やその作成経緯及び目的等を斟酌して判断すべきであるとした上、本件写真がBの死体についての司法解剖を内容とするものであり、Xは父であるBの死体が礼を失する態様によるなどして不当に傷付けられないことについて法的な利益を有し、司法解剖が刑訴法所定の手続にのっとって行われるとしても、Bの死体に対する侵襲の範囲や態様によってはXの上記利益が侵害され得るものであるところ、本件写真は司法解剖の経過や結果を正確に記録するために撮影されたものであり、犯罪捜査のための資料になるとともに、司法解剖によるBの死体に対する侵襲の範囲や態様を明らかにすることによってこれが適正に行われたことを示す資料にもなるものであると解されるとし、司法解剖によるXの上記利益の侵害の有無等に係る法律関係を明らかにする面もあるとして、本件写真はY2とXとの間において法律関係文書に該当すると判示した。
5 本件各決定の意義
①事件に係る決定は、刑事事件関係書類について、限定的な解釈を採用した下級審裁判例が散見される中で、法の趣旨と条文の構造に沿う解釈を示したものであって、実務上参考になると考えられる。また、②事件に係る決定は、刑事事件関係書類の法律関係文書該当性について、上記平成17年最二小決及び上記平成19年最二小決の枠を超え、司法解剖の写真について法律関係文書該当性を認めた事例判断として、重要な意義を有すると考えられる。