◇SH1245◇最一小判 平成28年12月8日 各航空機運航差止等請求事件(小池裕裁判長)

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1 事案の概要

 本件は、海上自衛隊及びアメリカ合衆国海軍(以下「米海軍」という。)が使用する厚木海軍飛行場(以下「厚木基地」という。)の周辺に居住するXらが、自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の使用する航空機(以下、それぞれ「自衛隊機」、「米軍機」という。)の発する騒音により精神的及び身体的被害を受けていると主張して、国を相手方として、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)に基づき、主位的には厚木基地における毎日午後8時から午前8時までの間の運航等に係る差止め(以下、それぞれ「自衛隊機運航差止請求」、「米軍機運航差止請求」という。)を、予備的にはこれらの運航による一定の騒音をXらの居住地に到達させないこと等を求めた事案である(なお、上記予備的請求に係る訴えは、いずれも主位的請求に係る訴えと実質的に同内容のものを公法上の当事者訴訟の形式に引き直して提起したものであった。)。

 

2 これまでの経緯

 (1) 厚木基地は、神奈川県大和市等に所在する施設であり、昭和25年12月以降、米海軍の航空基地として使用されていたが、昭和46年に我が国と米国との間で締結された政府間協定により、その一部は海上自衛隊の管轄管理する施設とされ、同部分に自衛隊の飛行場施設である厚木飛行場(以下「本件飛行場」という。)が設置された。もっとも、本件飛行場は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」2条4項(b)の規定の適用のある施設及び区域として米軍にも引き続き使用を認めることとされたため、現在まで、海上自衛隊及び米海軍の双方によって使用されてきた。

 (2) 厚木基地の周辺住民は、これまでも本件飛行場からの騒音被害を理由として、自衛隊機の運航差止め等を求める訴えを提起していたが、これらはいずれも民事訴訟として提起されたものであった。最一小判平成5・2・25民集47巻2号643頁(第一次厚木基地訴訟判決)は、民事上の請求として自衛隊機の離着陸等の差止め及び自衛隊機の騒音の規制を求める訴えについて、このような請求は、必然的に防衛庁長官に委ねられた自衛隊機の運航に関する権限の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することになるものといわなければならないから、行政訴訟としてどのような要件の下にどのような請求をすることができるかはともかくとして、(民事上の訴えとしては)不適法である旨を判示していた。

 (3) 本件(第四次厚木基地訴訟)は、我が国において、自衛隊機の運航差止め等を求める訴えが行政訴訟として提起された初めての事案であり、また、行訴法の平成16年改正によって法定抗告訴訟の新たな類型として差止めの訴えが創設されたため、改正行訴法の施行下で裁判所がいかなる判断を示すかにつき、社会の関心を広く集めていたものである。

 

3 審理の経過

 (1) 原々審は、自衛隊機運航差止請求に係る訴えについて、法定抗告訴訟としての差止めの訴え(行訴法3条7項、37条の4)にはなじまないが、無名抗告訴訟(抗告訴訟のうち行訴法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないもの)として適法であるとした上で、上記請求につき、防衛大臣は、本件飛行場において、毎日午後10時から午前6時まで、やむを得ないと認める場合を除き、自衛隊機を運航させてはならないとする限度で一部認容した(なお、予備的請求に係る訴えについては、いずれも不適法であるとして却下するなどした。)。

 また、原々審は、米軍機運航差止請求に係る訴えについては、本件飛行場の使用許可という存在しない行政処分の差止めを求めるものとして不適法であり却下を免れないとし、予備的請求については、これを棄却し又は訴えを却下した。

 (2) これに対し、原審は、自衛隊機運航差止請求に係る訴えについて、法定抗告訴訟としての差止めの訴えの訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるとした上で、上記請求につき、防衛大臣は、平成28年12月31日までの間、やむを得ない事由に基づく場合を除き、本件飛行場において、毎日午後10時から午前6時まで、自衛隊機を運航させてはならないとする限度で一部認容すべきものと判断した(なお、予備的請求に係る訴えについては、いずれも不適法であり却下すべきものとした。)。

 また、原審は、米軍機に係る各請求については、原々審と概ね同旨の判断をした。

 (3) そこで、Xら及び国の双方が上告受理申立てをしたところ、最高裁判所第一小法廷は、原判決中、自衛隊機運航差止請求に係る国の敗訴部分を破棄し、同部分につき原々審判決を取り消してXらの上記請求をいずれも棄却した(なお、本判決は、予備的請求に係る訴えのうち、原判決における上記請求の認容部分と予備的併合の関係にある部分は、いずれも不適法であるとして却下した。)。また、本判決は、米軍機に係る請求に関するXらの上告については、上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたため、これを棄却した。

 

4 説明

 (1) 行訴法37条の4第1項所定の「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件について

 ア 行訴法の平成16年改正によって法定抗告訴訟の新たな類型として創設された差止めの訴え(行訴法3条7項、37条の4)については、処分又は裁決(以下「処分等」という。)がされることにより「重大な損害が生ずるおそれがある場合に限り」提起することができるものとされている(行訴法37条の4第1項)。これは、差止めの訴えが、取消訴訟と異なり、処分等がされる前に、行政庁がその処分等をしてはならない旨を裁判所が命ずることを求める事前救済のための訴訟であることから、そのための要件は、国民の権利利益の実効的な救済の観点を考慮するとともに、司法と行政の役割分担の在り方を踏まえた適切なものとする必要があり、このような観点から、事前救済を求めるにふさわしい救済の必要性がある場合に限り認めるのが適当であると考えられたことによるものである(小林久起『司法制度改革概説(3) 行政事件訴訟法』(商事法務、2004)188~190頁、松永邦男=小林久起編著『Q&A改正行政事件訴訟法』(ぎょうせい、2005)62~63頁、福井秀夫ほか『新行政事件訴訟法 逐条解説とQ&A』(新日本法規出版、2004)154~156頁等参照)。

 上記「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件の判断基準について、最一小判平成24・2・9民集66巻2号183頁(以下「平成24年判決」という。)は、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要する旨を判示したところ、同判示は、差止めの訴えの制度創設の趣旨に沿って、事後救済の争訟方法との関係を踏まえ、差止めの訴えの適法性を基礎付ける事前救済の必要性の有無を判定する上での一般的な判断基準を示したものと解される(最高裁判所判例解説民事篇平成24年度(上)133~134頁参照)。

 イ 本判決は、本件飛行場の航空機騒音による被害の性質及び程度に加え、そのような被害を反復継続的に受け、蓄積していくおそれがあることによる損害の回復の困難の程度等を考慮した上で、Xらに生ずるおそれのある損害は、事後の方法により容易に救済を受けることができるものとはいえないとし、自衛隊機の運航の内容、性質を勘案しても、Xらの自衛隊機運航差止請求に係る訴えは、「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件を満たすと判断したものである。以上に照らせば、本判決は、平成24年判決の示した一般的な判断基準に沿って、本件の個別の事実関係に照らしその要件該当性を肯定したものと考えられる。

 なお、本判決によれば、本件飛行場における離着陸回数は、米軍機によるものが自衛隊機によるものを上回っており、航空機騒音の多くは米軍機の発するものが占めているとされる。もっとも、本判決の前提とする事実関係、とりわけXらに生じている被害の性質、程度や、損害の回復の困難性等に鑑みれば、上記騒音の全てが自衛隊機によるものでないとしても、上記請求に係る訴えについては、前記の「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件を満たすものと解することができる。本判決が、「このような損害の発生に自衛隊機の運航が一定程度寄与していること」を指摘したのは、この点を明らかにする趣旨のものと解されよう。

 (2) 行訴法37条の4第5項の差止めの訴えの本案要件について

 ア 行訴法37条の4第5項は、裁量処分に関しては、行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに差止めを命ずる旨を定めるところ、これは、個々の事案ごとの具体的な事実関係の下で、当該処分をすることが当該行政庁の裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められることを差止めの本案要件とするものと解される(前掲平成24年判決参照)。

 行政裁量に対する司法審査に当たっては、法が処分を行政庁の裁量に委ねるものとした趣旨、目的、範囲は一様ではなく、これに応じて裁量権の範囲を超え又はその濫用があったとものとして違法とされる場合もそれぞれ異なるから、当該処分ごとに検討すべきものと解されるところ(最高裁判所判例解説民事篇昭和53年度447頁参照)、本件以前には、自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限行使について、その審査基準を示した最高裁の先例は存在しなかった。

 イ 本判決は、自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使の内容や性質等について検討を加えた上で、上記権限の行使が裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに当たるか否かについては、それが防衛大臣に委ねられた広範な裁量権の行使としてされることを前提として、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められるか否かという観点から審査を行うのが相当であり、その検討に当たっては、当該飛行場において継続してきた自衛隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関係を踏まえた上で、当該飛行場における自衛隊機の運航の目的等に照らした公共性や公益性の有無及び程度、上記の自衛隊機の運航による騒音により周辺住民に生ずる被害の性質及び程度、当該被害を軽減するための措置の有無や内容等を総合考慮すべきものであるとして、上記の防衛大臣の権限行使につき、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無に関する審査基準を明らかにしている。

 上記のように、本判決が、上記権限の行使に関する防衛大臣の裁量が広範なものであることを前提としたのは、防衛大臣は、我が国の防衛や公共の秩序の維持等の自衛隊に課せられた任務を確実かつ効果的に遂行するため、自衛隊機の運航に係る権限を行使するものと認められるところ、その権限の行使に当たっては、我が国の平和と安全、国民の生命、身体、財産等の保護に関わる内外の情勢、自衛隊機の運航の目的及び必要性の程度、同運航により周辺住民にもたらされる騒音による被害の性質及び程度等の諸般の事情を総合考慮してなされるべき高度の政策的、専門技術的な判断を要することが明らかであるためと考えられる。一方で、本判決が、上記の裁量審査に当たっては、自衛隊機の運航の公共性や公益性の有無及び程度のみならず、その騒音により周辺住民に生ずる被害の性質及び程度、被害軽減措置の有無や内容等についても総合考慮すべきものとしたのは、自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音の発生を伴うところ、自衛隊法107条1項及び4項は、航空機の航行の安全又は航空機の航行に起因する障害の防止を図るための航空法の規定の適用を大幅に除外しつつ、同条5項において、防衛大臣は航空機による災害を防止し、公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならない旨を定めていることなど、自衛隊機の運航の特殊性及びこれを踏まえた関係法令の規定の趣旨を考慮したものと考えられよう。

 ウ 以上の審査基準の下で、本判決は、Xらが差止めを求める本件飛行場における毎日午後8時から午前8時までの間の自衛隊機の運航等に係る防衛大臣の権限行使につき、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無を検討し、本件飛行場において継続してきた自衛隊機の運航やそれによる騒音被害等に係る事実関係を踏まえると、上記運航には高度の公共性、公益性があるものと認められること、他方で、Xらに生ずる被害は軽視することができないものの、これらの被害の軽減のため、自衛隊機の運航に係る自主規制や周辺対策事業の実施など相応の対策措置が講じられていること等の事情を総合考慮して検討した結果、本件飛行場において、将来にわたり上記運航が行われることが、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認めることは困難であるとして、原判決とは異なり、上記権限行使がその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときに当たるということはできないと判断したものである。

 なお、Xらは、本件訴えと並行して、国に対し、本件飛行場の航空機騒音につき国家賠償法2条1項に基づく損害賠償を求める民事訴訟を提起していたところ、同民事訴訟においては、Xらの損害賠償請求が一部認容されている。もっとも、行訴法37条の4に基づく差止請求の成否と国家賠償法2条1項に基づく損害賠償請求の成否とでは、その判断に当たり考慮すべき要素に共通する点があるものの、請求内容の相違に対応して上記要素の位置付け、考慮すべき程度等にはおのずから相違があると考えられるから、それに応じて両者の判断が異なることがあっても不合理なものではないと解される。この点については、民事訴訟としての差止請求と損害賠償請求との関係について説示した最二小判平成7・7・7民集49巻7号2599頁が参考になろう(最高裁判所判例解説民事篇平成7年度(下)738~739頁参照)。

 (3) 本判決には小池裁判官による補足意見がある。同補足意見は、「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件判断に関し、自衛隊機の離着陸に係る運航を行政処分と捉えると、離着陸に伴い処分が完結するため、事後的に取消訴訟等による救済を得る余地は認め難い旨を指摘しており、処分の特質に着目して法廷意見の理由を更に補足するものと考えられる(なお、法廷意見は、自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限行使の処分性の有無やその捉え方について直接触れるところがないが、法廷意見が自衛隊機運航差止請求につき実体判断を示したことに照らせば、上記権限行使に処分性を認める立場を前提とするものと解されよう。)。

 また、同補足意見は、自衛隊機運航請求に係る本案要件の有無について、自衛隊機の運航に係る防衛大臣の権限の行使は、あらかじめ一定の必要性、緊急性等に関する事由によって判断の範囲等を客観的に限定することが困難な性質を有し、防衛大臣の広範な裁量に委ねられていること、自衛隊の任務を遂行する中で、上記権限行使によって国民全体に関わる利益を守ることと騒音被害の発生という不利益を回避することは、その対応と調整に困難を伴う事柄であって、具体的な対応については、関連する状況の内容、程度等に応じて様々な態様をとるべきものであること、上記の二つの要請が作用する中で、本件飛行場において相応の被害軽減措置を講じつつ自衛隊機を運航する行為が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものと認めることは困難であることを説示しており、本判決が原判決と異なる判断をした理由について、法廷意見の内容を補足的に説明するものと解される。

 (4) 本判決は、自衛隊機運航差止請求について、差止めの訴えの訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれ」があるとの要件につき、平成24年判決の示した一般的な判断基準に沿って個別の事実関係に照らしその要件該当性を肯定するとともに、本案要件につき、防衛大臣の権限行使に係る裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無に関する審査基準を示した上で、これに基づく具体的な検討を行ってその有無を判断したものであり、今後の同種事件における審理判断の参考として、実務上重要な意義を有するものと考えられる。

以 上

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