◇SH1850◇最三小決 平成28年7月12日 業務上過失致死傷被告事件(大谷剛彦裁判長)

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 花火大会が実施された公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して死傷者が発生した事故について、警察署副署長に同署地域官との業務上過失致死傷罪の共同正犯は成立しないとされた事例

 花火大会が実施された公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋で多数の参集者が折り重なって転倒して死傷者が発生した事故について、警備計画策定の第一次的責任者ないし現地警備本部の指揮官という立場にあった警察署地域官と、同署副署長ないし署警備本部の警備副本部長として同署署長を補佐する立場にあった被告人とでは、分担する役割や事故発生の防止のために要求され得る行為が基本的に異なっていたなどの本件事実関係(判文参照)の下では、事故を回避するために両者が負うべき具体的注意義務が共同のものであったということはできず、被告人に同署地域官との業務上過失致死傷罪の共同正犯は成立しない。

 刑法60条、刑法(平成13年法律第138号による改正前のもの)211条前段、刑訴法254条2項、刑訴法337条4号、刑訴法(平成16年法律第156号による改正前のもの)250条4号

 平成26年(あ)第747号 最高裁平成28年7月12日第三小法廷決定 業務上過失致死傷被告事件 棄却(刑集第70巻6号411頁)

 原 審:平成25年(う)第398号 大阪高裁平成26年4月23日判決
 原々審:平成22年(わ)第457号 神戸地裁平成25年2月20日判決

1 事案の概要等

 本件は、平成13年7月、兵庫県明石市の公園において花火大会等が行われた際、公園と最寄り駅とを結ぶ歩道橋上で発生した雑踏事故(いわゆる明石花火大会歩道橋事故)に関して、当時の明石警察署副署長であった被告人が、検察審査会の強制起訴制度により業務上過失致死傷罪で起訴された、という事案である。

 被告人は、事故による最終の死傷結果の時点から計算すれば既に公訴時効期間が経過していた平成22年4月20日に起訴されたが、明石警察署のB地域官がこれ以前の平成14年に業務上過失致死傷罪で起訴され、平成22年に有罪判決が確定していた(最一小決平成22・5・31刑集64巻4号447頁)。このため、B地域官に対する起訴により、共犯の1人に対する起訴が他の共犯についても時効を停止させる旨規定した刑訴法254条2項に基づいて被告人に対しても公訴時効停止の効果が生じるかが問題となり、被告人とB地域官に業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するか否かが争点となった。

 

2 説明

 過失犯の共同正犯について、かつて大審院はこれが成立しないことを明確にしていたが、最二小判昭和28・1・23刑集7巻1号30頁は、共同して飲食店を経営していた2名の被告人が、過失によりメタノール含有飲食物を販売したという事案において、被告人両名につき共同正犯の成立を認め、過失犯の共同正犯が成立し得ることを示した。しかし、この判例も事例判例であり、過失犯の共同正犯の成立要件に関する一般的判示はなかった。

 その後、過失犯の共同正犯の成否が問題となった最高裁判例はなかったが、下級審においては、過失犯の共同正犯の成立を認めた裁判例が複数あった。その中で、東京地判平成4・1・23判時1419号133頁(いわゆる世田谷ケーブル火災事件)は、「共同の注意義務を負う共同作業者間において、その注意義務を怠った共同の行為があると認められる場合には、その共同作業者全員に対し過失犯の共同正犯が成立する」旨判示し、後述する学説の共同義務違反説とみられる立場に立っており、その後の下級審裁判例も、基本的には同様の見解に立っているものと考えられていた。

 学説は、かつては、行為共同説をとると過失犯の共同正犯が認められ、犯罪共同説をとると過失犯の共同正犯は認められないという理解が一般的な時期もあったが、その後、この図式は崩れている。近時は、過失犯の共同正犯の成立が問題となる事案については過失同時犯に解消することで足りるなどとして、過失犯の共同正犯を認めるべきでないとする説も有力であるものの、肯定説が多数説となっている。そしてその中で、最も多くの支持を集めているのは、共同義務違反説、すなわち、法律上、共同行為者に対して共同の注意義務が課せられているとき、行為者らが共同の注意義務に共同して違反したといえる場合に過失犯の共同正犯の成立を肯定する立場であるといわれている。

 ただし、共同義務違反説を採用する論者の中でも、例えば共同義務が認められるために共同者らが同一の法的地位にあることを要するか、といった点については争いがあるところであり、共同義務違反説の最大の課題は、どのような場合に共同義務の共同違反があるといえるかである、という指摘もされていた。

 そのような中で、本決定は、「業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立するためには、共同の業務上の注意義務に共同して違反したことが必要である」との立場を示した。その上で、本決定は、B地域官、被告人等の職制や、準備段階及び事故当日における職務執行状況等に関する詳細な認定事実を前提に、B地域官及び被告人がそれぞれ分担する役割は基本的に異なっていたこと、本件事故発生の防止のために要求され得る行為についても、B地域官については、事故当日において、配下警察官を指揮するとともに、C署長を介し又は自ら直接機動隊の出動を要請して、本件歩道橋内への流入規制等を実施すること、準備段階において、自ら又は配下警察官を指揮して本件警備計画を適切に策定することであったのに対し、被告人については、各時点を通じて、基本的にはC署長に進言することなどにより、B地域官らに対する指揮監督が適切に行われるよう補佐することであったことを指摘し、本件事故を回避するために両者が負うべき具体的注意義務が共同のものであったということはできない、とした。このようにして、本決定は、被告人とB地域官の間に業務上過失致死傷罪の共同正犯が成立する余地はないと結論付け、上告を棄却した。

 本決定は、本件のように組織的な過失が問題となる事案においても、問われているのは各行為者個人の刑事責任であることを踏まえ、各行為者の役割及び各行為者に事故発生防止のために要求され得る行為を特定し、これらの同質性の程度や相互の関連性を総合的に考慮し、各行為者が負う注意義務を具体的に想定して、これが共同の注意義務といい得るものなのかを事案に即してきめ細かく判断するべきであるという考えを前提にし、本件の結論を導き出すに当たっても、前記のようなB地域官及び被告人の役割の違い(それぞれの活動場面が異なることが指摘できる。)や、それぞれが要求され得る行為の内容(B地域官及び被告人それぞれに対して要求され得る行為の中で、互いに相手方は直接の働きかけの対象とはなっていないなど、協働する場面が想定し難い内容になっているという点等が指摘できる。)等を総合的に考慮したものと推察される。

 なお、本決定は、被告人に注意義務違反があったか否かについて触れていないが、これは、注意義務の共同性が認められない以上、過失犯の共同正犯が成立せず、したがって、公訴時効の停止が認められないことから、それ以上踏み込んだ認定をしなかったものと推察される。

 

3 本決定の意義等

 本決定は、最高裁判例が乏しかった論点について、かつ、組織内の各行為者の注意義務の特定という近時問題となることが多い場面に関して、事例に即して詳細な判断が示されており、実務上も学説の議論上も参照価値が高いものと思われる。

 ただし、本決定は、本件においては共同の注意義務が認められないという事例判断を示したものであり、前記のように注意義務違反の存否に関してはそもそも判断を示していない。共同の注意義務に共同して違反したといえるか否かの判断における一般的な考慮要素・判断方法等については、今後の議論に委ねられているといえる。

 

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