◇SH3577◇債権法改正後の民法の未来96 契約の解釈(3) 林 邦彦(2021/04/14)

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債権法改正後の民法の未来96
契約の解釈(3)

林邦彦法律事務所

弁護士 林   邦 彦

(承前)

Ⅳ 解説

1 はじめに

 上記のとおり、契約の解釈についての規定の明文化は見送られたが、解説に当たり、まず、法制審の議論の前提を整理しておく。

  1.  ア 法律行為の解釈
     法律行為ないし意思表示の解釈は、民法総則の基本的な論点の一つである。その典型は、通常、①意思表示は、まず客観的に外形から判断するが、②客観的・外形とは異なる共通の意思がある場合は、共通の意思によるとされるところである。
     また、それを踏まえて、法律行為の解釈は、通常、
  2.    ⅰ 当事者の共通の意思を探求し、
  3.    ⅱ それが不明な場合は、「表示」の客観的意味を探求し、
  4.    ⅲ それでも判断できないときは、「慣習」によって補充し、
  5.    ⅳ よるべき慣習がない場合は、「任意規定」によって補充し、
  6.    ⅴ それもないときは、「信義則」によって補充する
  7. と整理される[9]
  8.  イ 契約においては、契約の内容を確定する必要があり、それが契約の解釈による作業である。そのため、契約の内容をどのように確定するかについて契約の解釈の基準が重要な意味を持つ。
     法制審においても契約の解釈それ自体について、論者によってとらえ方が違っていたところであったが、さしあたり、契約の解釈の定義としては、「当事者が契約を締結するにあたって、どのような法律効果の発生を意図していたか、その意味内容を確定することであると一応言うことができる」[10]とするものがある。
  9.  ウ この点、諸外国には契約の解釈に関する規定を設ける法制もあることから、債権法改正にあたって、わが国でも契約の解釈に関する規定を明文化すべきではないかも考えられることから、法制審で議論されたものの、コンセンサスが得られる見込みがないとして明文化には至らなかったのである。
  10.  エ なお、ここで問題としているのは、法解釈の方法(文理解釈、目的論的解釈等)の問題とは異なる[11]
  11.  オ また、法制審での債権法改正における契約の解釈の議論は、法律行為、意思表示全般(物権行為、単独行為を含む)の解釈には広げずに、2当事者間の契約の解釈の問題に絞った改正の議論であった。
  12.  カ また、個別解釈準則(全体的解釈、有効解釈の原則等)の明文化は、法制審では第1読会では検討するか否かの議論はあったものの、その後の明文化の具体的な議論の対象とはならなかった。ただし、約款の条項使用者不利の原則は議論されたが、中間試案に先立って取り上げられなかった論点と整理され明文化されなかった。

 

2 法制審における3つのルールについて

  1.  ア 法制審に先行する債権法改正の基本方針や法制審において、契約の解釈にかかる3つのルールが検討対象とされた。
  2.  ① 第1ルール:本来的解釈
     債権法改正検討委員会の提案や中間試案における契約の解釈の第1ルールは、本来的解釈にかかるものであり、契約は、当事者の共通の理解に従って解釈するというものである。例えば、典型例は、当事者双方は1番の土地を売買する理解だったが、契約書には2番と記載してしまった場合は、当該売買契約は目的物を1番の土地をするものとして成立していると解釈する。
     ただし、第1ルールとしては、当事者が意思表示の外形と異なる共通の意思を有する場合だけではなく、当事者が共通の理解を有するとともに共通の意思表示の外形を有する場合も含意するところといえる。
  3.  ② 第2ルール:規範的解釈
     第2ルールは規範的解釈にかかるものであり、当事者の共通の理解が明らかでなく、当事者の理解が異なるときは、諸々の事情を考慮して、当該当事者が合理的に考えれば理解したであろうと認められる意味に従って解釈するというものである。
     ここでは、当該契約の当事者が基準であり、一般人基準ではない。また、「客観的に」判断するのではなく当該「当事者が合理的に考えれば」理解したであろう内容に従って、解釈するという提案である。
     例えば、売買契約書には「イワシ」と書かれていたが、Aは「ウルメイワシ」と理解し、Bは「マイワシ」と理解していたものの、我が国ではイワシというと一般に「カタクチイワシ」を指すとした場合、客観的解釈説・一般人基準によると目的物を「カタクチイワシ」とする売買契約が成立したこととなる。これに対して、当事者基準をとり、両当事者が当該表示にどのような意味を与えたのかを基準とすれば(意味付与基準説)、どちらか決め手になるものがあれば、それによる売買契約が成立するが、決め手がなければ、契約不成立となる[12]
  4.  ③ 第3ルール:補充的解釈
     第3ルールは補充的解釈とされるものであり、第1ルールおよび第2ルールにて、当事者の共通の理解の確定を試みるも、これらで確定できず当事者の共通の理解のないところを補充的解釈によって補充するというものである。
     例えば、ゴルフ場の規約に会員権の譲渡に関する規定はあるが、相続に関する規定がなかった場合には、「当該会員権は相続によって承継される旨が会員権契約において合意されている」と解釈により補充するのである[13]
     これは、通常整理されるところのⅰ当事者の内心およびⅱの契約の外形・客観から当事者の共通の意思を探求した後は、直ちにⅲ慣習、ⅳ任意規定、ⅴ信義則による補充に移行するのではなく、ⅲ慣習による前に補充的解釈にて当事者の意思を補充するのである。
     
  5.  イ 提案に対する批判
  6.    かかる提案に対しては、以下のような批判があった。

    1. (a) 第1ルールに対して、契約書は内心の意思が表示に表れているもので、表示が一致していればまずその表示に基づいて解釈するのが普通であるにもかかわらず、第1ルールでとにかく当事者の意思を探求するという負担を最初から裁判所に課すのはいかがなものか。
    2. (b) 第2ルールと第3ルールの区別は曖昧であり、明示的合意のない事項や想定していない事態が生じた場面でも、第2ルールは適用可能ともいえる[14]
    3. (c) 第2ルールを適用しても、当事者の共通理解を確定できない場合や契約当事者にそれぞれ反対の意思が認定できる場合等において、さらに仮定的意思の探求を求めるのが適切か疑問である[15]
    4. (d) 契約の解釈と事実認定は理念的には区別できるとしても、密接不可分の関係にあるから、契約の解釈基準の明文化は、事実認定に関する自由心証主義との抵触が生じかねないだけでなく、柔軟な契約解釈による紛争解決の実現を困難にしかねない[16]
    5. (e) 過度に当事者意思を尊重する態度に対する警戒感および契約内容の公平性や公正性の確保の観点から、より客観的・規範的に解釈する必要性がある[17]
    6. (f) こうした批判のために、コンセンサスの形成可能な成案を得る見込みが立たないことから(部会資料80-3〔32頁〕)、契約の解釈に関する規定の明文化は見送られたといえる。

(4)につづく



[9] 松尾弘「契約解釈をめぐる基本原則の全体像」ビジネス法務2020年1月号 12頁。

[10] 門口正人「最高裁判例の示す合理的意思解釈」ビジネス法務2020年1月号 18頁。

[11] 民法解釈の方法については、山本敬三「日本における民法解釈方法論の変遷とその特質」民商法雑誌154巻1号(2018)1頁以下。

[12] 潮見佳男『新債権総論Ⅰ』(信山社、2017)57頁。

[13] 潮見・前掲注 12 64頁。

[14] 中井康之「改正債権法下における契約解釈と契約条項のあり方」ビジネス法務2020年1月号 26頁 注2。

[15] 潮見・前掲注12 27頁。

[16] 潮見・前掲注12 24頁。

[17] 潮見・前掲注12 24頁。

 


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(はやし・くにひこ)

弁護士(大阪弁護士会)、New York州弁護士、大阪学院大学法学部及び法学研究科准教授
大阪大学法学部卒業後、ウィスコンシン大学ロースクール卒業(M.L.I.)、ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)、大阪大学法学研究科後期課程修了(単位取得)を経て、現在は林邦彦法律事務所代表。日弁連信託センター副センター長、元法制審議会信託法部会(公益信託法)幹事などを歴任する。
取扱分野は、一般民事、民事訴訟、会社法・社外取締役、信託(民事信託等)、交通事故、行政、債権回収、倒産、渉外等。

主な著書・論文
大阪弁護士会民法改正検討特別委員会編『実務解説 民法改正』(民事法研究会、2017)(共著)
日本弁護士連合会編『実務解説 改正債権法』(弘文堂、2017)(共著)
大阪弁護士会司法委員会信託法部会会編『弁護士が答える民事信託Q&A100』(日本加除出版、2019)(共著)
「信託口口座に対する差押え――実務上の課題を踏まえて」信託フォーラム13号(2020)69頁
「『信託口口座開設等に関するガイドライン』の解説」NBL1183号(2020)38頁

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