◇SH1787◇実学・企業法務(第133回)法務目線の業界探訪〔Ⅱ〕医藥品、化粧品 齋藤憲道(2018/04/23)

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実学・企業法務(第133回)

法務目線の業界探訪〔Ⅱ〕医藥品、化粧品

同志社大学法学部

企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

〔Ⅱ〕医薬品、化粧品

〔Ⅱ-1〕医薬品

3. 製薬(製造販売業)

(3) 創 薬

 創薬には、医学・薬学・生物学・物理学・工学・情報工学等の多様な学術分野の知見・技術が必要であり、先端分野の研究開発では特に生命倫理も重視される。

 現在、日本は、米国・スイスに次ぐ世界3位(開発品目数)の新薬創出国とされている[1]

 新薬開発は、安全性(副作用の有無)・有効性を確認しつつ、次のプロセスで行われる。

  1. ① 基礎研究(新材料の探索)
  2. ② 非臨床試験(動物実験) 【GLP[2]】PMDAが信頼性保証業務を行う。
  3. ③ 臨床試験(治験) 【GCP[3]】PMDAが信頼性保証業務を行う。
    第1相(フェーズ1) 少人数の健康成人。投与薬物をごく少量から漸増。
    第2相(フェーズ2) 比較的少数の患者。有効性・安全性・投与量・投与方法等を確認。
    第3相(フェーズ3) 多数の患者。有効性・安全性・投与量・投与方法等を確認。
  4. ④ 申請~承認(厚生労働省)
  5. ⑤ 製造販売     【GMP、GQP、GVP】
  6. ⑥ 販売後      【GPSP[4]】PMDAが信頼性保証業務を行う。

 新薬開発の成功確率は極めて小さい。今日では、上記の①~⑤の間に9~17年の長期を要し、1つの新薬を開発するのに、1万種類以上の素材の評価からスタートし、市場で患者に実際に投与されるまでに約1,000億円の研究開発費がかかる[5]と言われる。

 このため、企業・研究機関では、開発コストを抑え、開発スピードを上げて、新薬の開発競争で優位に立とうとしている。

 研究開発期間が長く、かつ、多額の資金が必要なため、特定の業務の委託契約では、分割支払い条項を入れる例が見られる。

  1. (注) 開発委託契約の支払いは、マイルストーン・ペイメント方式(工程毎の成功報酬型)、又は、他方式との併用で行うのが実際的とされる。

 バイオテクノロジーの分野では、長期間の研究と多額の資金が必要になるケースが多く、大手製薬企業の傘下に入って資金・技術提供を受けるベンチャー企業も多い。

〔知的財産の保護〕

 1つの医薬品は、1件の特許があれば市場競争力を保持することができるが、行政機関の承認手続きに長期間かかることから、「特許存続期間延長制度」の適用が可能で、出願の日から最大25年間保護される[6]

 研究開発の期間が長ければ、その分だけ、営業秘密流出や開発契約に関するトラブル発生の可能性が高くなる。

  1. (参考) 例えば、開発に10年かかる場合は、「秘密保持契約」の規定の仕方が重要である。秘密管理すべき情報を特定し、それを秘密管理する方法を明確にし、契約の有効期間中、確実に実行されていることを確認することが重要である。
  2. (注1) 1件の医薬品特許の背景には、膨大な検証データ(失敗データを含む)が存在する。通常、これは、重要な営業秘密とされる。
  3. (注2) 製薬企業は、政府が「新薬のデータを保護する期間」をできるだけ長期に設定することを望む。TPP協定では、生物製剤について最初の販売承認の日から少なくとも8年間とされた。

〔新薬承認手続きの迅速化〕

 従来、日本では承認手続きに時間がかかり、「開発技術は日本も優秀だが、治験と事業化は米国等の外国の方が優る」と言われていた。

しかし、2013年に、①再生医療等安全性確保法が制定されて、再生医療等の提供機関・細胞培養加工施設に関する基準が新設され、細胞培養加工を医療機関から企業に外部委託することが可能になるとともに、②薬事法(現、医薬品医療機器等法)が改正されて、再生医療等製品の特性に応じた早期認証制度が導入され[7]、治験に要する時間を大幅に短縮できる可能性が見えてきた。これが実現すれば、患者に少しでも早く新しい薬効を届けることができる。

 なお、販売開始にあたっては、副作用を最小限にする必要があり、万一、薬害訴訟が起きると企業の業績に深刻な影響を与える可能性がある。

 倫理面では、日本に2,000を超えるIRB(倫理・治験審査委員会)が存在することについて、審査手続の簡素化・一元化等を行い、質を向上する必要があると指摘されている。

〔新薬の開発分野と、企業の経営スタイルの変化〕

 新薬メーカーが利益を上げてきたのは「長期収載品(特許が満了した先発品)[8]」が寄与したケースが多い。特許満了まで「新薬」の販促活動を徹底し、それが著名な医薬品になると、特許満了後も圧倒的なブランド力で販売を継続して一定の利益を確保し、その利益を次期新薬の研究開発に投入するのが、創薬メーカーが指向する経営スタイルだった。

 ところが、日本では、新薬が求められる疾病分野が時代とともに変化し、これに伴って国の医療政策も変わってきた。

 第2次世界大戦後の混乱期は、ビタミン剤(栄養失調対策)や抗生物質(結核、肺炎、手術の感染症等の対策)の需要が多かったが、その後、1980年代までは消化性潰瘍薬(胃潰瘍手術から薬物治療へ)に重点が移り、20世紀終盤に経済が高度成長から低成長に移行する頃になると高血圧・高脂血症・糖尿病等の生活習慣病の治療薬が求められた。

 現在では、癌や認知症等を克服する新薬の開発競争が激しくなり、再生医療や遺伝子治療の研究開発が進んでいる。

  1. (注) 癌研究は部位を絞って行うため、グローバルに多数の症例を収集してデータを蓄積して活用できる外資系製薬会社が、その資金力と相まって、開発を優位に進めていると言われる。


[1] 日本製薬工業協会HP(2017年5月)

[2] GLPとは「安全性に関する非臨床試験の実施の基準に関する省令に示された基準」Good Laboratory Practice

[3] GCPとは「臨床試験の実施の基準に関する省令に示された基準」Good Clinical Practice

[4] GPSPとは「製造販売後の調査と試験の実施の基準に関する省令に示された基準」Good Post-marketing Study Practice

[5] 開発途中で断念した費用を含む。「平成29年(2017年)版 厚生労働白書」100頁参照。なお、研究費の対売上高比率(2015年)は全産業3.5%に対し医薬品製造業は11.9%(参考:電子部品類5.2%、電子応用・電子計測器9.7%、自動車・同付属品5.3%。出所「総務省『科学技術研究調査報告(2016年12月16日)』」、出典「日本製薬工業協会 DATA BOOK 2017」)。

[6] 特許法67条2項。なお、一般原則は20年間である(同法67条1項)。

[7] 再生医療等安全性確保法及び薬事法ともに、2013年(平成25年)11月20日成立、同年同月27日公布、2014年(平成26年)11月25日施行。

[8] 薬価基準に長期間収載され、健康保険適用の対象になった医薬品。

 

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