◇SH3797◇契約の終了 第18回 デリバティブ契約のクローズアウト・ネッティングによる期限前終了 柴崎暁(2021/10/20)

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契約の終了
第18回 デリバティブ契約のクローズアウト・ネッティングによる期限前終了

早稲田大学商学学術院教授

柴 崎   暁

 

1 はじめに

 銀行法10条2項の「金融等デリバティブ取引」、金融商品取引法2条20項の「デリバティブ取引」に代表されるデリバティブ契約、特にその中でもスワップ契約を念頭に、当事者の一方が破綻した場合に発動される期限前終了[1]の法的な構造を論じる[2]

 

2 デリバティブ契約の期限前終了

 ここにいう「期限前終了」は契約一般が通有する「解除」概念とは異なり[3]、デリバティブ契約の要素である危険負担の状態給付が終了し、本来であれば満期の到来まで待たなければ確定しない損益(ペイオフ)を、擬制的な方法[4]で確定させるものである。多くの場合、破綻当事者の相手方の側では残期のエクスポージャー(リスク曝露)をカバー(移転)するために「再構築」として同一内容の契約を新しい相手方との間で締結する必要があるが、ネッティングによる清算金は、この新契約の締結に際して授受される「再構築費用」[5]とされる。

 

3 時価評価による損益確定

 例えば定期預金においては、これを中途解約した場合における返還債務の内容が額としては定まっている[6]が、これに対してデリバティブ契約の場合には、満期が到来しなければ損益を確定することができないから、その場合における清算の方法も合意しておかなければならない。契約締結当初の満期における損益は、満期の到来時において認識可能な状態に至った原資産価格の関数として確定するが、期限前終了においては合意された方法で時価評価が行われる。その損益は、契約当初の「偶然性〔aléa〕」とは異なる偶然性に基づいて求められた数値である。なお、クローズアウト・ネッティングに際して期限前終了する契約を締結していた破綻金融機関とその相手方の間では、無数のデリバティブ契約が行われている。当事者一方の破綻においては、それらのすべてについて再構築費用が算出され、相手方から見た時に清算金支払の負債を負うものも受取る権利を有するものもあり、それら組入債権を総額相殺することで、相手方の清算金の回収は対当額の範囲で保障される。

 

4 ネッティングの必要性とバーゼルⅡ

 この相殺の可能性は、一般の債権回収の効率化を越えた次元の要請である。BISは国際的業務を行う金融機関にはデリバティブ取引をはじめとする危険資産に対して8%の自己資本を充足するという厳しい要求をしているが[7]、バーゼルⅡ[8]では、総額相殺により縮減されたエクスポージャーを基礎として充足すればよいことになっているからである。この総額相殺を一括清算と呼び、その効果は特別法によって保護されている。破綻者側の管財人は、職責上、再生会社の財産の極大化を図らねばならず、組入債権をばらばらにして益のポジションにある取引だけを残して選択解除権を行使すること(「チェリー・ピッキング」)が考えられるが、このことで相殺の、経済的に言えばエクスポージャー縮減の効果が阻止されてしまうことで、システミックリスクの波及が危惧されるため、一括清算法(平成10年)が制定され、相手方はこの差引計算の効力を以て破綻当事者の管財人に対して主張できるものとされている。

 

5 クローズアウト・ネッティングには更改予約が含まれる

 クローズアウト・ネッティングは時折、銀行取引約定書の差引計算、いわゆる相殺予約の取扱と混同されて説明されることがある。しかし、デリバティブは満期が未到来である限りその損益も金額も確定していない。したがって、かような説明は誤りである。期限前終了の時点では、債権の相互対立がなく相殺適状にはない。損益未確定の当事者間に金額確定性〔liquidité〕のある債権を成立させて相殺適状にする操作が必要になる[9]。この操作は、債権の「期限の前倒し」(期限の利益の喪失・放棄)とは性質が異なる。上述のように、これは、厳密に言えば、契約締結時点での偶然性(いわば自然的偶然性)をそれとは異なった偶然性(ある種の人為的偶然性)に置換えて損益を確定させるもので、「給付の内容についての重要な変更」[10]をもたらすもの、即ち更改(民法513条)であり、これによって確定した清算金債権を相殺しているのである。各種の基本合意書は、この「変更」を当事者の破綻を停止条件付で予約するものであるといえる[11]

 

6 射倖契約としてのデリバティブ契約

 ところで、デリバティブ契約は(実物引渡義務が定められその牽連関係が満期まで持続する類型のものを除き)射倖契約〔contrat aléatoire〕の一種である[12]。射倖契約は、契約の締結時において当事者間の損益が(当事者の給付の内容がではない)未確定で、将来のある時点における”偶然性〔aléa〕”に依存して定まる双務有償契約の一類型で[13]、その”衡平〔équilibre〕”たることを事後的に評価することができない[14]。したがって、最終的な損益が、一見不均衡であっても、射倖契約には、恵与行為・過剰損害・一定の場面の錯誤[15]・瑕疵担保・不予見・消費者保護[16]に関する規定が適用除外となる[17]。その結果、偶然性によって決せられる損益は正当性を獲得する。デリバティブにおいては、満期の日における原資産価格が損益を確定させるが、このことにより現時点では不確実な事象に曝されるリスク(エクスポージャー)が、確実な権利に置き換えられリスクが移転される。偶然性の帰結として与えられた自分のポジションに異を唱えることは許されない。射倖契約においては、この偶然性こそが2016年改正までは法典にも存在した「客観的コオズ〔cause objective〕」ないし「債務のコオズ〔cause des obligations〕」であって[18]、損益を受忍させる正当性の根拠である。契約者悪意の遡求保険の無効(保険法5条)・故意の事故招致における保険者免責(保険法17条)、デリバティブにおける原資産価格たる指標の廃止された場合など、偶然性の欠缺した射倖契約は、あたかも既成就解除条件または不成就確定停止条件付の法律行為(日本民法131条1項、2項)、あるいは条件成就妨害の場合の取扱等に準じて扱うことができる。偶然性があってこそ、損益の負担という、「部分においてみたときのあるひとのある不幸」が正当化されこの合意に拘束力があることも理解できよう。そして、コオズを変更する合意は、2016年改正以前のフランス民法典の理論では更改に該当する。

 

7 デリバティブ契約と公序適合

 他方、偶然性さえあればどんな損益でも常に正当なわけではない。ただしこの問題は上記の議論とは区別されねばならない。射倖契約の公序適合に関して、賭博罪との関係は常に意識され、射倖契約を違法な賭博から区別するための基準が、契約類型ごとに考えられてきた。日本旧民法財産取得編162条は「官許ヲ得サル富講ハ訴権ナキ博戯及ヒ賭事ト同視ス/2.商品又ハ公ノ証券ノ投機ノ定期売買ニ付テモ初ヨリ当事者カ諾約シタル金額又ハ有価物ノ引渡及ヒ弁済ヲ実行スルニ意ナク単ニ相場昂低ノ差額ヲ計算スルノミヲ目的トシタルコトヲ被告ノ証スルトキモ亦同シ」と定め、銀行法10条2項・金商法2条20項の各商品が経るべきような「官許」を、仮に得ない場合「訴権ナキ博戯及ヒ賭事ト同視ス」べきものとされ、その結果「自然義務ヲモ生セス且其債務ノ追認、更改又ハ保証ハ総テ無効」(旧民法財産取得編161条1項)となるとされた[19]。これも経済学的には一種のデリバティブともいうべき射倖契約である個人向けの外国為替証拠金取引につき、東京地判平成17・4・22判例体系28101060のように賭博性を認めるなどして公序無効とした例がある。終身定期金(民法689条以下)においては、契約者の余命が長ければ長い程、定期金支払者は損のポジションに立つ。支払者が受給者の長寿を望まないという危険なインセンティブを生じるところから、この種の契約には、公法的制御が要請される。

 

8 デリバティブ契約と不予見

 ちなみに、上記不予見の除外に関しては注目すべき議論がある。2016年フランス民法典改正で新設された1195条は、不予見による契約改訂・解除権を導入した。射倖契約を適用除外とする文言が含まれていないところから、これがデリバティブ契約にも適用されるのではないかとの危惧がもたれ、通貨金融法典L.211-40-1条の新設により、適用除外が定められた―不予見法理を特約によって除外することができるとの見地から反対する学説[20]にもかかわらず―。諸国の立法例が不予見契約改訂請求権・解除権を射倖契約にそのままには適用しないとの例外を設けていること[21]を参照しつつ、フランスの学説は従前より「契約上の偶然性」と「契約外の偶然性」とを区別しており[22]、デリバティブ契約でも、指標の捏造は「契約外の偶然性」であって、契約締結時には一般にそのような事態は想定されていない。この損益はゲームの外側におかれるとされてきた。通貨金融法典の規定が一律に適用除外をしたとしても、そのような事態における効力を阻止する何らかの法的根拠を考えなければならない。また、かかる適用除外規定には、ことさらに適用除外の受益を求める者により偽装的条項が濫用されるおそれがある等の問題が残っている。

 

9 おわりに

 このほか、破綻金融機関が会社集団を形成していて、一斉に期限前終了事由を迎え、カウンターパーティーとの間でマルチラテラルな関係になる場合の問題、とりわけ、相殺の要件である債権の相互対立を欠く債権間での”相殺”等も近時論じられているが、債権の相互対立は、例えばフランス民法典では[23]他の要件[24]と比較して一段階上の相殺にとって欠くべからざる本質的な前提になっており[25]、保証および債権譲渡において明文の規定に一種の三者間相殺のようなものが定められる以外にはこれを認めず、破毀院判例(商事部1995年5月9日等)を観察しても、会社集団間相殺の場合、商法典の倒産手続に関する規定(L.621-2条2項)における集団内部の複数の法人格を同一視する形成判決(倒産拡張の裁判)を得た上で相殺を行う等の処理がなされているにとどまり、相互対立の要件は「倒産法的再構成」による修正を認められていない。このことはクローズアウトネッティングでも同様である。相互対立の要件は修正されず、相互対立のない債権債務を同時に消滅させるためには、クロスギャランティ等の特約によるべきことは、イングランドの国際金融法の専門家[26]なども認めるところである。同様の結論は日本の最高裁判例でも確認されている。詳細は本稿では省略する[27]

以 上



[1] クローズアウト・ネッティング。ISDA2002版Master Agreement 6条a項―これに対して2条c項1文のpayment nettingは民法505条の相殺そのものである。

[2] なお本稿とほぼ趣旨を同じくするより詳細な展開は、柴崎暁「デリバティブにおける期限前終了と一括清算の性質」早比54巻2号(2020)1~25頁参照。

[3] むしろ継続的給付契約の「告知」に近い。遡及的に契約が解消されるわけではなく、原状回復を来さない。

[4] ISDAマスター契約等においてはマーケットクオーテーション方式またはロス方式。

[5] 終了するデリバティブ契約の時価評価額。福島良治「デリバティブ損害金額算定に関する契約例文」神田秀樹ほか編著『金融法講義〔新版〕』(岩波書店、2017)345頁参照。

[6] 元本および普通預金金利に引き直した既往の日割利息。

[7] 「銀行法第14条の2の規定に基づき自己資本比率の基準を定める件」(平成5年大蔵省告示第55号)。岩原紳作『商事法論集Ⅱ 金融法論集(上)――金融・銀行』(商事法務、2017)330頁。

[9] 民法506条には相殺の遡及効が定められているが、更改には遡及効はない。

[10] 柴崎暁「『給付の内容について』の『重要な変更』―平成29年改正債権法(新債権編)における客観的更改の概念―」早比52巻1号(2018)39~54頁。

[11] 更改によるネッティング。ただ、その場合の「旧債務」をどう理解するかについては、なお議論すべき点であろう。平成29年改正以前の民法513条2項には、停止条件付債務が無条件債務となる場合が看做し更改とされてきたが、本文に述べるような原資産価格の変更はそういう意味において、条件の変更に近いと説明できないだろうか。

[12] AUCKENTHALER, Instruments financiers à terme de gré à gré, JurisClasseur Banque – Crédit – Bourse[Fasc. 2050], 2017. nos 11-13. 柴崎暁『金融法提要 預金・融資・決済手段』(成文堂、2019)110頁以下。

[13] 2016年改正フランス民法典1108条2項。なお明治23年日本民法の財産編301条、財産取得編157条。

[14] BENABENT, Droit des obligatios, 17 éd., 2018, LGDJ[coll. Domat], no 23.

[15] 真贋に争いある絵画の売買等を代表例として目的物の経済的評価に関する錯誤を認めないとする主義が認められてきたが、これが新1133条で確認された。

[16] 破毀院第一民事部1981年5月19日、Bull. civ. I. no 171.

[17] BENABENT, Droit des contrats spéciaux civils et commerciaux, 13e éd., 2019, LGDJ[coll. Domat], nos 940-944. 日本の場合には、借地借家法の賃料改訂請求権の適用も除外されるであろう―例えば射倖性のあるサブリース契約―。

[18] 西原慎治『射倖契約の研究―リスク移転型契約に関する実証的研究』(新青出版、2011)94頁にあらわれるCAPITANTの見解など参照。

[19] ただ、法令上許容されさえすればすべて違法の疑念が晴れるのではないことについて、金融法委員会「金融デリバティブ取引と賭博罪に関する論点整理」(平成11年11月29日)、佐久間修「デリバティブ取引(金融派生商品)に対する刑事規制」中山研一先生古稀祝賀『第2巻 経済と刑法』(成文堂、1997)221頁。

[20] GAUDEMET, Imprévision : les contrats financiers aléatoires entrent-ils dans le domaine d’application de l’article 1195 du Code civil ? in Mélanges en l’honneur de Jean-Jacques Daigre, Joly, 2017, pp. 533-538.

[21] 1972年改正以来不予見を理由とする契約改訂権を規定するコロンビア商法典868条、不予見による解除権を定めるイタリア民法典1467条2項では、偶発的に生じた負担が「契約上の通例の偶然性の範囲であるときは」この権利の発動を許さない旨を定める。

[22] GHESTIN, JAMIN et BILLIAU, Traité de droit civil, les effets du contrat, 3e éd., 2001, LGDJ, no 265.は、不予見は”実定契約〔contrat commutatif〕”だけでなく、射倖契約にも適用され、「偶然性はレジオンを追い払うが、不予見を追い払わない」として、保険法典における、不予見な事情の変化による保険料改定権の法定を発見してさえいた。

[23] 2016年改正新1347条1項でも再確認されている。

[24] 例えば、請求可能性exigibilité、金額の確定性liquidité等であるが、対立する一組の債権が牽連債権である場合には、これらの要件はそれが欠けている場合にも、裁判上の相殺において裁判官は相殺を宣言することを拒否できない―2016年改正フランス民法典1348-1条。

[25] 深谷格『相殺の構造と機能』(成文堂、2013 )162頁等。同178頁に引用されたMANDEGRIS, La nature juridique de la compensation, 1969, no 12.

[26] WOOD, Set-off and netting, derivatives, clearing systems, 2 ed., 2007, p. 93.

[27] 柴崎暁「一括清算と三者間相殺」早比51巻3号(2018)41~69頁、柴崎暁「債権の相互対立のない相殺は、民事再生法92条1項により認められる相殺に該当しないものとされた事例(最判平成28・7・8民集70巻6号1611頁・リーマンブラザーズ証券対野村信託事件)」金判1527号(2017)2~7頁、柴崎暁(시바자키 사토루)「日本私法における一括清算と三者間相殺(삼자간 상계와 일괄청산)」企業法研究(韓國企業法學會)31卷4號(2017)47~74頁―沈律(심율)による韓国語訳60~70頁。

 

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