社外取締役になる前に読む話(19)
ーその職務と責任ー
潮見坂綜合法律事務所
弁護士 渡 邊 肇
XIX 報酬委員会、指名委員会でのスタンス(1)
ワタナベさんの疑問その12
当社では、社外取締役も、社長が議長となっている報酬委員会と指名委員会のメンバーになっている。 今回の指名委員会で、社長より、次期社長候補者が発表され、その可否について問われたが、この候補者は、現社長の経営方針を踏襲し、積極的な海外拡張戦略を更に推し進めようとする人物である。自分はこれまでの経験で、当該戦略は今後の当社にとっては非常にリスクが大きく、その方針の存続については慎重になるべきであると考えている。取締役の中には、現社長の方針に異を唱える取締役も何人かいるが、彼等は社長候補者にならないばかりでなく、役付取締役にも昇進しない。 私は、指名委員会ではどのようなスタンスを採ったら良いのだろうか。また、最終的に社長との折り合いがつかなかった場合、どうしたら良いのだろうか。 |
解説
このワタナベさんの疑問を読まれて、平成28年4月の、株式会社セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長の引退劇を想起される方も多いだろう。この件は、その僅かひと月前の同年3月に設置したばかりの指名委員会および報酬委員会の委員となった一橋大大学院特任教授と元警視総監の2人の社外取締役が、井坂社長を退任させ、鈴木会長の息のかかった別の取締役を社長とする旨の会社提案にかかる人事案に反対し、その他の取締役の中にも、当該人事案に反対するものが相当数存在したため、結果的に鈴木会長が辞任に追い込まれたというものである。
本稿では、この同社の社外取締役の動きについて評価することはしない。社外取締役がこのような指名委員会や報酬委員会に指名された場合には、否応なしに取締役人事に巻き込まれることになるが、その場合の社外取締役の行動の指針を提供することが本稿の目的である。
ワタナベさんの疑問を検討する前に、そもそも、指名委員会や報酬委員会という委員会はどのような法令上の根拠に基づくものなのか、その点を明確にしておこう。
我が国の会社においてみられる指名委員会等には、法令上の根拠を有するものとそうでないものの双方がある。「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(商法特例法)」の平成14年改正によって創設された「指名委員会等設置会社」における指名委員会や報酬委員会は、会社法上の根拠を有するものである(会社法2条12号)。これら、いわゆる委員会設置会社における各種委員会は、3名以上の取締役で構成され、そのうちの過半数を社外取締役としなくてはならない旨が定められている(会社法400条3項)。このように、いわゆる委員会設置会社における指名委員会等は法令上の根拠を有するが、それ以外の会社(平成26年改正商法により創設された「監査等委員会設置会社」も含む)における指名委員会等は、総て任意、すなわち法令上の根拠のない機関であり、従ってその員数にも、社外取締役の比率にも、何ら法令上の制約がない。
セブン&アイ・ホールディングは委員会設置会社ではなく、従ってその指名委員会等も、取締役4名で構成され、社外取締役が2名ということであるから、明らかに委員会設置会社における設置要件を満たしていない。要するに、取締役会の諮問機関とでもいうべき機関であり、代表取締役、取締役、監査役および執行役員の指名について審議する役割を担っていたわけである。
因みにこの任意の諮問機関である指名委員会等は、平成27年に導入されたコーポレートガバナンス・コードの趣旨とも合致していると評価できよう(同コード補充原則4-10①は、「独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、(中略)例えば、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会を設置することなどにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきである。」と規定している。)。但し逆に、これら任意の諮問機関たる指名委員会等における議論の透明性、社外取締役の実効的関与の可否等を問題視し、その存在が実質的なコーポレート・ガバナンスの推進に寄与しているとは言いがたいとの見解もあるようである。
前置きが長くなってしまったが、上記を踏まえてワタナベさんの疑問を検討してみよう。ワタナベさんが社外取締役を務める会社の指名委員会等は、上記のうち、任意の諮問機関であることを前提とする。ワタナベさんが、社外取締役として指名委員会において会社提案にかかる人事案に反対することを逡巡するのは、例えば上記セブン&アイ・ホールディングスの事案のように、会社提案にかかる人事政策に反対の意向を表明し、その結果として当該人事案が否決された場合、その影響が非常に甚大となることが予想されるからであろう。法的責任の問題は別として、仮に社外取締役の意向によって会社の人事政策が変更を余儀なくされることになった場合、果たして社外取締役はその責任を取ることができるのか、という問題は、社外取締役に非常に大きな課題を突きつけることになる。
この点、どのように考えていけば良いのだろうか。次回検討する。