◇SH0862◇日本企業のための国際仲裁対策(第11回) 関戸 麦(2016/11/02)

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日本企業のための国際仲裁対策(第11回)

森・濱田松本法律事務所

弁護士(日本及びニューヨーク州)

関 戸   麦

第11回 国際仲裁手続の序盤における留意点(5)-被申立人の最初の対応その2

3. 管轄を争う手続

(1) 仲裁人の選任前に仲裁機関の判断を求める手続

 仲裁手続における管轄の根拠は仲裁合意であるため、管轄を争うということは、仲裁合意の不存在、無効等を主張するか、あるいは仲裁合意の存在を前提として、対象となっている争いがその合意の範囲外であると主張することになる。

 このような主張をして管轄を争う手続には、①仲裁人の選任前に「仲裁機関」の判断を求める手続と、②「仲裁人」の判断を求める手続の二通りがある。

 上記①の場合、被申立人は、仲裁機関に対して、管轄を争う旨の書面を提出することになる。また、通常、申立人に反論の機会が与えられる。

 上記①の仲裁機関が判断をする場合、踏み込んだ審理は行われず、「prima facie」等の暫定的な判断のための審理が行われるだけである。例えば、ICC規則では、仲裁合意の存在が「prima facie」に確認された場合、仲裁手続が進行すると定められている(6.4項)。この「prima facie」というのは、証明の基準であるところ、最終的な事実認定ではなく、入り口段階で暫定的な事実認定を行う際に用いられる基準で、一応の裏付けとなる証拠があれば、反証の余地があるとしても満たしうる基準である。SIAC及びHKIACの規則でも同様に、「prima facie」が基準として用いられている(SIAC規則28.1項、HKIAC規則19.4項)。

 JCAAでは、規則の明文で基準は定めていないが、そのコメンタール[1]によると、「仲裁合意の不存在または無効が明白であって(中略)、仲裁廷がこれと異なる判断をする可能性が合理的にみて存在しないと認める場合には、仲裁廷構成のための手続を進めないことがある」と記載されている(25頁)。

 以上のとおり、いずれにせよ緩やかな基準であり、上記①の手続で管轄を争ったとしても、管轄は容易には否定されない。但し、上記①の手続で管轄が否定されなかったとしても、その後に、上記②の仲裁人の判断を求める手続で、再度管轄を争うことは可能である。

(2) 仲裁人の判断を求める手続

 上記②の仲裁人の判断を求める手続は、暫定的なものではなく、最終的な判断として行われる。

 この判断の前提として、当事者双方に十分な主張、立証の機会が与えられる。被申立人は、通常、答弁書で管轄を争うことになるが、その他にも、被申立人に主張書面(Statement of Challenge on Jurisdiction)、申立人に反論書面(Reply on Jurisdiction)、被申立人に再反論書面(Rejoinder on Jurisdiction)の提出機会がそれぞれ与えられることが一般的である。

 なお、管轄の点は、本案(申立人の請求の成否等)の点に「先行」して審理することも、本案の点と「並行」して審理することもできる。いずれによるかは仲裁人の裁量によるが、多くの場合、「並行」審理ではなく、管轄の点が「先行」して審理される。管轄が否定された場合には、本案の点の審理は無駄になるため、管轄の点について先に決着をつけるということである。

 管轄の点が「先行」して審理される場合、管轄の判断のためだけに、ヒアリングという仲裁人及び当事者双方が一同に集まる手続(いわば仲裁手続のメインイベントという手続)を行い、そこで、管轄の判断のための証人尋問を行うこともある。

 さらに、管轄の判断のために、ディスカバリーないし証拠収集手続を行うこともある。

 仲裁人による管轄の有無の判断は、仲裁手続の成否を左右する重要なものであるため、以上のとおり慎重な審理が行われうる。

 管轄を争う時期について、SIACの規則においては、被申立人が主張書面(Statement of Defense)を提出するまでに、管轄を争う旨を主張しなければならないと定めている(28.3項a)。HKIACの規則においても、同様の定めがある(19.3項)。日本の仲裁法においても、「仲裁廷が仲裁権限を有しない旨の主張は、その原因となる事由が仲裁手続の進行中に生じた場合にあってはその後速やかに、その他の場合にあっては本案についての最初の主張面の提出の時までに、しなければならない」との規定がある(23条2項)。但し、通常は、上記のとおり答弁書の段階から、管轄が争われる。

 なお、管轄が認められない場合、仲裁人には何らの権限もないことになるから、管轄の有無の判断は、換言すれば、仲裁人の権限の有無の判断である。自らの権限の有無について仲裁人が判断をすることには、若干違和感があるかもしれないが、仲裁手続においては認められている(「Competence-Competence Doctrine」と言われている)。この点は、仲裁機関の仲裁規則において明示されている(ICC規則6.5項、SIAC規則28.2項、HKIAC規則19.1項、JCAA規則41条1項)。日本の仲裁法においても、「仲裁廷は、仲裁合意の存否又は効力に関する主張についての判断その他自己の仲裁権限の有無についての判断をすることができる」と定めている(23条1項)。

(3) 裁判所で管轄を争う方法

 仲裁人が管轄を認めた場合、仲裁地の裁判所において、その判断を争う余地がある。日本の仲裁法は、「仲裁廷が仲裁判断前の独立の決定において自己が仲裁権限を有する旨の判断を示したときは、当事者は、当該決定の通知を受けた日から30日以内に、裁判所に対し、当該仲裁廷が仲裁権限を有するかどうかについての判断を求める申立てをすることができる」と定めている(23条5項)。

 裁判所において管轄を争う方法としては、最終的な仲裁判断を待って仲裁判断の取消しの裁判を申し立て、そこで取消事由として仲裁合意の不存在等を主張する方法もある(仲裁法44条1項1号、2号及び5号)。しかし、仲裁権限がない場合に、時間、労力及び費用をかけて最終的な仲裁判断を得ることに意味はないことから、最終的な仲裁判断に至る前に、上記のとおり、裁判所において管轄の有無を争えることとしたのである。

 但し、裁判所において管轄が争われている間においても、仲裁人は、仲裁手続を続行することができる(仲裁法23条5項)。すなわち、仲裁手続を進めるか、それとも、裁判所の判断があるまで仲裁手続を停止するかは、仲裁人の裁量によって決められる。

以 上



[1] JCAAのホームページで入手可能である。https://www.jcaa.or.jp/arbitration/docs/Kommentar2014.pdf

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