実学・企業法務(第135回)
法務目線の業界探訪〔Ⅱ〕医藥品、化粧品
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
〔Ⅱ〕医薬品、化粧品
〔Ⅱ-1〕医薬品
4. メーカーと卸しの営業活動
(1) 薬価の設定
医薬品の大半を占める「医療用医薬品」の市場は、企業が開発した個々の製品の販売価格を国が決定するという、他の業界に見られない薬価基準制度[1]に基づいて形成されている。
「薬価基準[2]」は、薬価算定組織(医学・薬学・経済学等の専門家で構成)が品目毎に算定したものを中央社会保険医療協議会(通称、中医協)[3]が承認して厚生労働大臣に答申し、同大臣が官報に告示(2年に1度改訂[4])するもので、「診療報酬[5]」とともに、日本の医療保険制度[6]の支柱になっている。
①保険医(及び保険薬剤師)は、原則として「薬価基準収載品目」を使用し、②保険医療機関(又は、保険薬局)が保険請求する際の「薬剤料」は、「薬価基準」に定められた価格(薬価)に基づいて計算する。
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(参考)「薬価」の算定は概ね次の方法で行われる[7]。
米英独仏の薬価も参照するが、各国の医療制度の相違から生じる薬価差を適切に反映する方法が求められる。〔更新の場合〕
「卸売販売業者が、医療機関・薬局に販売した市場実勢価格[8](加重平均、税抜き)」に、「消費税」と「調整幅(改訂前薬価の2%)」を加えて「新価格」とする。〔新医薬品の場合〕
まず、類似薬[9]の有無を判定する。-
・ 類似薬がある場合は、類似薬効比較方式
同じ薬効があれば、「1日3錠飲む薬、3錠分」と「1日1錠飲む薬、1錠分」は同価格。
高い有用性があれば補正加算する(画期性、安全性等の有用性、小児適用、市場性、先駆導入等を評価)。 -
・ 類似薬が無い場合は、原価計算方式
製造原価、販売費、一般管理費、営業経費、流通経費等を積み上げて算定する。
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・ 類似薬がある場合は、類似薬効比較方式
以上のように、日本では、国民皆保険制度の下で、医療用医薬品の市場価格というべき「薬価」が国によって固定されている。
そこで、医療用医薬品の産業全体の中で「薬価」に含まれる付加価値を、製造(メーカー)、流通(卸売り)、処方(医療機関)、販売・調剤(薬局等)等の諸機能(それぞれが固有の資格・技能を持つ)の間でどう配分するかが問題になる。
実は、1980年代まで、医療機関が、健康保険制度の基礎になる「薬価」と「市場実勢価格(実際の仕入価格)」の差額(薬価差)の拡大を図って過剰処方(いわゆる、薬漬け)を行うことが大きな社会問題であったが、1990年代に現行の診療報酬体系と医薬分業の整備が進み、薬漬け医療の問題は改善された。
今日では、「医療機関・薬局」、「卸売販売業者」、「製造メーカー」の間で付加価値の争奪が行われている。
製薬会社と医薬品卸の間では、商取引のほとんどをJD-NET[10]上で行う等の合理化努力が行われているが、流通段階の更なる合理化と顧客満足増大の取組が求められる。
- (注) 卸企業は、仕切価格(売価)を高くしたい製薬企業と、仕入価格を下げたい医療機関の中間にあって、リベートや報奨金を設定するだけでなく、医薬品に関するさまざまな情報を提供する等して、相手先に満足を提供している。なお、医薬品の使用は生命に係わることがあるので、新価格の交渉中でも仮納入・暫定値引き等の処理を行い、使用者(患者)に悪影響が及ばないように配慮する。
(2) 営業担当者の仕事
① 製薬企業のMRの仕事
「製薬企業」の営業担当はMR(Medicai Representative)と呼ばれ、次の役割を担う。
- ・ 安全確保のため、医薬品に係る情報を医療従事者に提供し、適正使用を促す。
- ・ 自社製品を普及させるため、他社製品との比較や効果・効能の説明を行う。
日本製薬工業協会は「医療用医薬品プロモーションコード」を制定し、その中で「MRの行動基準」を定めてMRが業務において心掛けるべき事項を列挙している。
〔MRの行動基準〕
「MRは医療の一端を担う者としての社会的使命と、企業を代表して医薬情報活動を遂行する立場を十分自覚し、次の事項を誠実に実行する。
- ⑴ 自社製品の添付文書に関する知識はもとより、その根拠となる医学的、薬学的知識の習得に努め、かつ、それを正しく提供できる能力を養う。
- ⑵ 企業が定める内容と方法に従ってプロモーションを行う。
- ⑶ 効能・効果、用法・用量等の情報は、医薬品としての承認を受けた範囲内のものを、有効性と安全性に偏りなく公平に提供する。
- ⑷ 医薬情報の収集と伝達は的確かつ迅速に行う。
- ⑸ 他社および他社品を中傷・誹謗しない。
- ⑹ 医療機関等を訪問する際は、当該医療機関等が定める規律を守り秩序ある行動をする。
- ⑺ 関係法規と自主規範を遵守し、MRとして良識ある行動をする。
② 卸売り企業のMSの仕事
「卸売企業」の営業担当はMS(Marketing Spetialist)と呼ばれ、次の役割を担う。
- ・ 製薬企業から仕入れた医薬品等を、医療機関・調剤薬局に安定的に供給する。
- ・ 薬の効能・効果や医療制度、季節性疾患(インフルエンザ等)の情報提供を行う。
- ・ 複数の企業の医薬品の中から最適な医薬品を提案する。
- ・ 医療機関、調剤薬局と価格交渉を行う。
[1] 健康保険法43条の4第1項及び43条の6第1項に基づく「保険医療機関及び保険医療養担当規則」の中で、「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」が医科診療報酬点数等について詳細に定められている。ただし、「使用薬剤の薬価は、別に厚生労働大臣が定める。」とされている。電気料金・鉄道運賃等は、企業の申請を政府が認可するのに対して、薬価基準は厚生労働大臣が法定の手続きを経て告示する。
[2] 品目毎に次の事項が詳細に規定されている。区分(内用薬、注射薬、外用薬等)、薬価基準収載医薬品コード(分類番号)、成分名、規格(有効主成分の含有量、剤形)、品名、メーカー名、同一剤形・規格の後発医薬品がある先発医薬品、薬価(1g当たり、1錠当たり等の薬価)、経過措置による使用期限(事業譲渡の場合等)
[3] 「社会保険医療協議会法」に基づいて厚生労働省に置かれる厚生労働大臣の諮問機関(1条1項、2条)。中央協議会は、保険者・被保険者・事業主等の代表7人、医師・歯科医師・薬剤師の代表7人、公益代表者(衆参両院の同意が必要。閉会時・解散時は任命後最初の国会で同意が必要。)6人の合計20人で組織する(3条1項)。なお、厚生労働大臣は、専門事項を審議する必要がある場合は10人以内の専門委員を任命することができる(3条3項、4項)。
[4] 2016年3月4日改訂「薬価基準」の収載医薬品数は15,925品目(内用薬9,617、注射薬3,871、外用薬2,411、歯科用薬剤26)である。薬価は2年に1回改訂される。新規品目の掲載は、新薬は年に4回、後発品は年に2回。なお、薬価の改定については、毎年実施すべきという意見や、重要なものに限って1年毎に検討すべきという意見等がある。
[5] 診療報酬は、医科、歯科、調剤報酬に分類される。
[6] 日本の医療は95%以上が保険の対象であり、健康保険・国民健康保険・共済制度に共通の制度である。
[7] 「薬価算定の基準について」2016年(平成28年)2月10日 中央社会保険医療協議会了解
[8] 薬価基準収載の全品目について、販売側(卸売販売業者の全数=約6,000)と購入側(病院・診療所・保険薬局を一定割合でサンプリング)の双方を対象として全国規模で調査する。
[9] 類似性を判断する基準:効能・効果、薬理作用、組成・化学構造式、投与形態・剤形区分・剤形及び用法。
[10] Japan Drug NETwork