法務担当者のための『働き方改革』の解説(11)
基本給、賞与及び退職金の均等・均衡待遇の確保
TMI総合法律事務所
弁護士 江 藤 真理子
弁護士 大 村 麻美子
Ⅳ 基本給、賞与及び退職金の均等・均衡待遇の確保
6 賃金格差等の合理性に関する裁判例
労働契約法20条違反の成否が争われた事件としては、第2章Ⅱで述べたハマキョウレックス事件もあるが、以下では、本稿のテーマである「基本給」「賞与」「退職金」に関する判断がなされたメトロコマース事件(東京地判平成29・3・23労判1154号5頁)を取り上げる。
この事件は、東京メトロの駅構内の売店で販売業務(以下「売店業務」という。)に従事してきた4名の「契約社員B」の地位(以下単に「契約社員B」という。)にある有期雇用の従業員が、同一業務に従事する正社員との賃金格差等が労働契約法20条に違反し、公序良俗に反する、と主張して、使用者に対し、差額賃金等の支払を求めた事案である。
(1) 正社員と契約社員Bの職務の内容、人材活用の仕組み、賃金体系等の比較
正社員(無期契約) | 契約社員B(有期契約) | |
売店業務に従事する数 | 18名(全体で約600名) | 78名 |
就業場所 勤務内容 |
限定なし | リテール事業本部メトロス事業所管轄METORO’S売店の販売業務限定 |
本給 | 職務給+年齢給 | 時給制(毎年10円ずつ昇給) |
賞与 | 夏冬にそれぞれ本給2か月分+一定額(17万円程度) | 夏冬にそれぞれ一律12万円 |
退職金 | 勤続年数に応じる | なし |
早出残業手当 |
所定労働時間を超える勤務につき、 2時間未満の部分:2割7分増 2時間を超える部分:3割5分増 |
所定労働時間を超える勤務につき、 一律に2割5分増 |
※ 本稿のテーマである「本給」「賞与」「退職金」のほか、本事件において不合理であると判断された「早出残業手当」について取り上げた。その他の手当等(資格手当、住宅手当、退職金、永年勤続褒章)が契約社員Bに支給されないことについては、後述する本給及び賞与と同様概ね同じ理由で、労働契約法20条違反の不合理な労働条件とはいえないとされたことから、本稿では取り上げていない。
(2) 判決の要旨
ア 職務の内容及び配置の変更の範囲の相違の有無について
判決は、原告(契約社員B)が、売店業務に専従している正社員のみを比較の対象としたことに対して、売店業務に専従する正社員は正社員の中でもごく一部であることや、売店業務に専従する正社員とそれ以外の正社員とで適用される就業規則に違いがないことなどを理由として、契約社員Bとの労働条件の相違を検討する上では、「売店業務に従事する正社員のみならず、広く被告の正社員一般の労働条件を比較の対象とするのが相当である」と判示している。その上で、契約社員Bと正社員の間には、「職務の内容及び配置の変更の範囲についても明らかな相違があるということができる」と判断している。
イ 労働条件の相違が不合理であると認められるかについて
判決は、両者の間には職務の内容及び配置の変更の範囲につき大きな相違があることを前提とした上で、それぞれについて以下のとおり判示している。
賃金項目 | 判断理由の概要 | 結論 |
本給 |
|
不合理 でない |
賞与 |
|
不合理 でない |
退職金 |
|
不合理 でない |
早出残業手当 |
|
不合理 |
(3) 本判決のポイント
本判決は、原告である契約社員Bとの労働条件の相違を検討するにあたり、売店業務に従事する正社員のみならず、正社員一般の労働条件を比較の対象としたことが特徴的であるが、結論として、従業員の時間外労働に対する割増賃金としての性質を有する早出残業手当に関してのみ労働契約法20条に違反すると認め、基本給や賞与等その他の労働条件の相違については、長期雇用を前提とする正社員に対し支給を手厚くすることにより有為な人材の獲得・定着を図る等の目的から、人事施策上一定の合理性を有するとし、加えて、それぞれ上記((2)のイ)のような具体的な事情(たとえば、基本給であれば、契約社員Bの本給は高卒新規採用の正社員の10年目の本給と比較してもその8割以上は確保されていることに加え、契約社員Bには正社員にはない手当が支給されることなど)も検討し、原告らの請求を退けている。
(4) ガイドラインの影響
前稿で触れたとおり、ガイドラインたたき台では、正規従業員と非正規従業員の間に待遇差がある場合において、その要因として両者の賃金の決定基準・ルールに違いがあるときは、「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者は将来の役割期待が異なるため、賃金の決定基準・ルールが異なる」等の主観的又は抽象的な説明では足りないとされ、賃金の決定基準・ルールの違いについて、①職務の内容、②職務の内容及び配置の変更の範囲、③その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものの客観的及び具体的な実態に照らして不合理なものであってはならない、とされている。
本判決もガイドライン案の影響を受けている可能性があるが、今後、ガイドラインが確定した後も、ガイドライン自体は行政解釈に過ぎず、直接的に法的拘束力を持つものではないことから、均衡待遇規定(非正規法8条)による不合理な待遇差の禁止が争われた裁判所の判断の蓄積が待たれるところである。