◇SH3533◇シンガポール:シンガポールにおけるAML/CFT(マネー・ロンダリング/テロ資金供与対策)法制のポイント(2) 長谷川良和(2021/03/16)

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シンガポール:シンガポールにおけるAML/CFT
(マネー・ロンダリング/テロ資金供与対策)法制のポイント(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 長谷川 良 和

 

(承前)

■ 金融機関に適用されるAML/CFT規則

 金融機関については、金融庁が発行する通達、ガイドライン、指針に基づくAML/CFTに関するルールを遵守する必要がある。業態毎に(例えば、銀行、マーチャントバンク、資本市場取引業者、金融会社及びファイナンシャル・アドバイザー)に個別の金融庁通達等が存在する。

 

  1. A)金融庁法に基づく金融庁通達違反の効果
  2. ・ 罰金:100万シンガポールドル(約8,000万円)以下の罰金及び有罪判決後違反が継続する限り、一日あたり10万シンガポールドル(約800万円)の罰金
  3. ・ 非金銭的制裁:ライセンス等のステータスの取消し、停止若しくは条件の付加(事業活動の範囲の制限等)、役員の解任、個人に対する一定の活動又は経営参加の禁止、戒告又は警告等
  4.  
  5. B)域外適用
  6.    金融庁法に基づく金融庁通達についても域外適用に留意を要する。すなわち、金融庁通達による規制は、シンガポールで設立された金融機関の海外支店及び子会社にも適用される。
  7.  
  8. C)金融庁は、シンガポールの金融システムを通じた不正資金の流れを検知し、抑止するための強固な管理を金融機関に求めている。金融庁通達の具体的な内容は、業態により異なるものの、金融機関は、原則として、次の事項に関する手続を策定することが要求されている。
  9.  
  10. (1)リスクアセスメント、リスク軽減及びリスクベース・アプローチの採用
  11.    金融機関は、総合的なリスクベース・アプローチを採用することが求められている。リスクアセスメントにあたっては、事業の地理的位置、顧客基盤、顧客プロファイル、商品ライン、販売チャネル、その他新たなリスク領域等の様々な要因を考慮に入れ、文書化することが求められている。
  12.  
  13. (2)顧客デューデリジェンスの実施
  14.    金融機関は、以下の場合に顧客デューデリジェンスを実施することが求められている。
    1. イ) 顧客との取引関係を確立した場合
    2. ロ) 取引関係が確立されていない場合で所定の額を超える取引を引き受ける場合
    3. ハ) 取引関係が確立されていない場合で所定の額を超える国内及び国際電信送金を行う場合
    4. ニ) マネー・ロンダリング又はテロ資金供与の疑いがある場合
    5. ホ) 以前に得られた情報の真実性又は妥当性に疑いがある場合
  15.  
  16.    顧客デューデリジェンスは、典型的には以下の事項を含む。
    1. イ) 顧客の本人特定事項の確認及び検証
    2. ロ) 顧客が個人である場合は、氏名、身分証明書番号、住所、生年月日、国籍等の関連情報を入手し、適切な書面等により確認すること
    3. ハ) 顧客が法人である場合は、固有の登録番号、登録所在地、主たる事業所、設立年月日、設立地等を、適切な書面等により確認すること。また、顧客組織内の執行権限を有する者を特定し、その者の氏名及び身分証明書番号を入手すること
    4. ニ) 顧客の代理人の本人特定事項の確認及び検証
    5. ホ) 顧客に関して経済的所有者の存在の有無について調査すること
    6. ヘ) 顧客が法人である場合は、顧客の事業の性質及び所有・資本関係を理解すること
    7. ト) 取引の目的及び意図された性質を理解すること
    8. チ) 顧客との取引関係を継続的にモニターすること
  17.  
  18.    また、金融機関は、所定の要件を満たす場合、必要な顧客デューデリジェンスの実施について、指定された第三者に委託することが認められている。
  19.  
  20. (3)記録管理
  21.  
  22. (4)疑義取引報告(STR)
  23.    法律に基づく報告義務を履行するために、適切な内部方針、手続及び管理体制を実施することが求められる(組織内において単一の照会窓口を設置すること、照会された全ての取引記録を関連して行われた内部調査及び分析とともに保管することが含まれる。)。
  24.  
  25. (5)社内規則、手続、監査、トレーニング及び管理体制の策定と実施
  26.  
  27. D)個人情報保護法令とAML/CFT法令との相互関係
  28.    金融庁は、個人情報の保護とAML/CFTを効果的に実施するための顧客デューデリジェンスの必要性とのバランスの問題に取り組んでいる。具体的には、シンガポール個人情報保護法上、事業者が顧客の個人データを収集、使用及び開示することについては原則として顧客の同意が必要とされるが、調査や法的手続に必要な範囲での開示は例外的に顧客の同意を得る必要がないことが明記されており、金融機関に関しては、金融庁通達においてAML/CFT法令の要件を満たすための個人情報の収集、使用及び開示については顧客の同意を得る必要はないことが定められている。

 

■ AML/CFT関連法令の著名な執行事例

 AML/CFT関連法令の執行事例として、著名なものとしては以下が挙げられる。

 

  1. A)1MDB事件
  2.    マレーシアの1MDB(1マレーシア・デベロップメント・ブルハド)の資金流用・マネー・ロンダリングに関連して、シンガポールにおいても、2017年7月までに、民間銀行に対し、様々なアンチマネーロンダリング義務違反を理由に、3,000万シンガポールドル(約24億円)相当の制裁が課されており、その他、2つの銀行が免許取消処分を受け、また、個人で金融業界への関与禁止処分が課された者もいた。かかるアンチマネーロンダリング義務違反には、十分なリスク管理を実施していなかったこと、高リスクとされた口座に関する強化された顧客デューデリジェンスを怠ったこと、疑わしい取引の監視を怠ったこと、上級管理職による不適切な行為があったこと等が含まれる。
  3.  
  4. B)スタンダード・チャータード事件
  5.    2018年3月に、マネー・ロンダリング及びテロ資金供与に関連して、スタンダード・チャータード銀行及びスタンダード・チャータードトラスト銀行に対して、それぞれ、520万シンガポールドル(約4億円)及び120万シンガポールドル(約1億円)の制裁金が課された。そこでは、法の潜脱的な口座の移転取引がなされたところ、各銀行は、十分なリスク管理を実施していなかったこと、時期に即した適切なリスク評価を実施していなかったこと及び適切な疑わしい取引の報告を怠ったことが問題とされた。

 

以上

 


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(はせがわ・よしかず)

東京大学法学部卒業、同大学院法学政治学研究科修了、Columbia University School of Law(LL.M.)卒業。三菱商事株式会社勤務、Allen & Gledhill LLP(シンガポール)出向を経て、2013年1月から長島・大野・常松法律事務所シンガポール・オフィス勤務。

シンガポールを拠点に、シンガポール、マレーシア、ミャンマーを含む東南アジアその他アジア地域において、進出、日常的な法務問題、M&A、ジョイント・ベンチャー、危機対応、エネルギー・インフラ案件等、日系企業が直面する法律問題を幅広くサポートしている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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