コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(109)
―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する⑲―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、大樹工場の停電事故により、脱脂粉乳の製造工程で黄色ブドウ球菌の産生する毒素エンテロトキシンが生産されたメカニズムについて述べた。
2000年3月31日、大樹工場の電気室にツララが落下、停電が完全に回復するまで約9時間を要し、この間に工程中で黄色ブドウ球菌が増殖した。
4月1日製造の脱脂粉乳には、細菌数が最大で9万8,000個/グラム検出され、社内規格の9,900個/グラム以下はおろか、乳等省令の規格5万個/グラム以下も超えるものがあったが、4月10日には、これを原料の一部に用いて脱脂粉乳を製造した。
4月10日製造の脱脂粉乳は、殺菌により細菌数は規格内まで減少したが、熱に強いエンテロトキシンは残った。
今回は、それらの毒素に汚染された脱脂粉乳の流通経路と、大樹工場の問題点について考察する。
【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する⑲:食中毒事件の原因と問題点②】
1. 大樹工場製造の脱脂粉乳の流れ(『雪印乳業史 第7巻』409頁~411頁)
4月1日付製造脱脂粉乳450袋のうち、360袋は八ヶ岳雪印牛乳に、50袋は神戸工場に輸送された。
また、4月10日付製造脱脂粉乳750袋のうち、278袋は大阪工場に、32袋は神戸工場に、40袋は福岡工場に転送された。
神戸工場では、原材料として脱脂粉乳を使用している製品による苦情は380件届けられ、このうち、該当脱脂粉乳が使用された製品に関する有症苦情が33件あったが、苦情品、未開封製品からエンテロトキシンは検出されなかった。
これらから、厚生省は神戸工場製品による苦情と、大樹工場製造の脱脂粉乳との食中毒に関する明確な関連はないと判定した。
神戸工場製品による苦情は、全て大阪工場製品による食中毒が報道されて以降に届けられたものであり、報道による心理的影響及び固有記号表記による消費者の混乱による影響も大きいと思われた。
福岡工場においては、2000年6月9日、大樹工場の4月10日製造の脱脂粉乳40袋を乳飲料製造に使用したが、当該製品にかかわる苦情は報告されなかった。
これは、他の調合タンク由来の原材料と混合され、エンテロトキシンA型が希釈されたためと判断された。
八ヶ岳雪印牛乳では、当該製品を喫食したことによる苦情が7件あったが、これも黄色ブドウ球菌による食中毒と断定するにはいたらなかった。
2. 大樹工場の対応における問題点
前回、筆者の個人的見解として、今回の食中毒事件の拡大原因として、雪印乳業(株)の事件発生後の対応の不手際(情報開示・商品回収の遅れ、経営幹部の不用意な発言等)によるものだけではなく、工場におけるコンプライアンス違反(規格外品の再利用、日報・日付の改ざん等)の慣行が重要なファクターとなっていることを指摘したが、『雪印乳業史 第7巻』(410頁~411頁)では、大樹工場の問題点を以下の通り総括している。
(1) 大樹工場において食中毒を防げなかった原因
- ① 作業ルールの標準化と記録する姿勢が不足していた
-
停電による混乱の中、結果的に9時間もの長時間、微生物の生育する温度帯に乳を放置することになってしまった。
停電等非常時の作業は標準化し、日頃から訓練することにより、決めた通りの的確な作業をできるようにすることが大切であるが、それができていなかった。
また、電気室の設計に、北海道の気候条件に対する配慮が不足していたことも否めない。
さらに、大樹工場における日報の改ざんは、問題解決を滞らせた原因の1つである。
- ② 微生物に対する知識が不足していた
-
乳を微生物の生育に適した温度帯で長時間放置された可能性があるライン乳を、原料の一部として使用することに疑問を感じていなかった。
これは熱処理により殺菌処理できると考えていたためで、食品製造に携わる者として基本的な知識、衛生意識が欠けていたと言わざるを得ない。
- ③ 微生物検査での異常品を再利用した
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脱脂粉乳を再溶解して脱脂粉乳の原料とすることは認められており、再利用に問題があるわけではない。問題は細菌数9万8,000個/グラムという異常値が出ているにもかかわらず、4月1日に製造した脱脂粉乳を再利用したことであり、食品衛生法(規格・基準に合わない食品の製造・使用・販売等の禁止)に抵触することになる。
「殺菌すれば大丈夫」という誤った認識があったことも否めない。
「良い製品は良質の原料から」の認識も希薄であった。
- ④ 規格外品を処分する仕組みがなかった
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規格外品を明確にする規格はあっても、規格外品が発生したときにどのように処理するのか、具体的仕組みがなかった。
- ⑤ 事故が起こったとき、全社で解決する仕組みになっていなかった
-
工場及び一部の部署だけで解決することが定着していた。
停電時に状況を正しく判断し、ライン乳の廃棄処理を行なうことが最良の対策であった。
少なくとも微生物検査で異常が判明した時には、規格外品に対する適切な処置をとるべきであった。
いずれかの段階で適切な処置がとられていれば、食中毒事件はなかったといえる。
以上をまとめると、大樹工場での安全確保に関する認識の欠如は以下の表のとおりになる。(『雪印乳業史第7巻』411頁)
表. 雪印食中毒事件発生と拡大の要因
安全確保に対する認識の欠如
- ⑴ 作業ルールの不備
- ⑵ 製造記録類の不備(含歩留まり調整のための日報の改ざん)
- ⑶ ずさんな衛生管理・脱脂粉乳製造中の停電事故によるトラブル
- ⑷ 安全確保に対する認識の欠如・殺菌神話
3/31 |
停電による電力源の停止
温度コントロール(冷却・殺菌)不可能 |
時間・温度管理の不徹底 |
4/01 |
トラブル時の処理乳から脱脂粉乳製造 |
殺菌神話(知識不足)「決めたこと」が守られなかった。 |
4/10 |
規格外品再溶解による脱脂粉乳製造 |
次回は、大阪工場の問題点について考察する。