(パネルディスカッション)医事法と情報法の交錯(2)
――医学研究における個人情報のあり方と指針改正――
(司会)東京大学教授 宍 戸 常 寿
(コーディネーター)東京大学准教授 米 村 滋 人
前厚生労働省医政局研究開発振興課課長補佐 矢 野 好 輝
早稲田大学准教授 横 野 恵
国立がん研究センター社会と健康研究センター生命倫理研究室長 田 代 志 門
NBL1103号 [特集] 医事法と情報法の交錯――シンポジウム「医学研究における個人情報保護のあり方と指針改正」に報告部分を掲載した。
ここに掲載するのはディスカッション部分である。
パネルディスカッション&質疑応答
(1)から続く
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コーディネーター
ありがとうございました。
それでは、お二方からのコメントを受けて、何かご回答いただけるようでしたらお願いしたいと思います。
まず、鈴木先生のご指摘に関して、田代先生、いかがでしょうか。 -
田 代 私は法律の専門家ではないので、今回個人情報保護法関係の文書を拝見して、特に個情法ガイドラインで出てくる「本人の同意」というのは、医学研究で馴染んでいる「インフォームド・コンセント」的な発想とはそぐわないところがあり、どの辺りに位置づければいいのか理解しかねていたところがあります。今回、他の民法上の承諾などと比べても、そこまで固まったものではないということを伺い、変な言い方になりますが、逆に安心致しました。ただ、既にこの概念は医学系指針に導入されていますので、今後どう使っていくべきかという点は課題になっているのは事実です。
それから、後半のほうでおっしゃられたように、私自身も医療情報の利活用に関しては、一般的な個人情報とは違う形で明確なルールを形成しない限りはこの問題は解決しないと考えていますので、一刻も早くそうした措置が必要だろうと思います。それは先ほどの山本先生からのコメントにもかかわるのですが、今回の改正は、現時点で改正された指針の内容について十分に理解できている人間が何人いるのだろうか、というぐらい複雑なものになっており、多くの研究者の理解を阻むような内容になっています。検討会でも議論されたことですが、これは逆に言えば、そもそも利用される側にある国民や患者にとっても理解しがたいルールになっているわけです。
こういう状況は非常によくないと思っていますので、統一的な考え方というか、オプトアウトでいきたいというのであれば、やはりオプトアウトでいくということを世に問い、それが無理ならば、「公衆衛生上の不利益を甘受してでも厳密な同意をとる」という方針を選択せざるを得ないのではないかと思います。今回はとりあえず現行の形でしばらく続けるという、ある意味では妥協的な解決となりましたが、早急にこの状態は再検討されるべきだろうと考えています。
以上です。 -
コーディネーター
ありがとうございました。
それでは、山本先生のご質問・ご発言に対してはいかがでしょうか。では、横野先生お願いいたします。 -
横 野 今回は、倫理指針の見直しということでありながら、個人情報保護法とどうやって調整をするかということが議論のほぼ全てを占めてしまったわけですね。一体何の議論をしているのか、どちらを向いて行けばいいのかわからない状況で、合同会議での議論を進めざるを得なかったというところがあります。
個人情報の利活用に関するルールととらえるか、あるいは、医学研究倫理に関するルールととらえるか、ルールを作るにしてもいろいろな括り方があると思うのですが、医学研究に関するルールである以上、一つの存在意義は、研究に協力してくださる方、患者さんであるとか研究参加者の方に対して、こういった形でルールを定めて、それに則って倫理的な配慮を行って研究をしているということを示すことに、研究倫理のルールとしては大きな意義があるのだろうと考えています。
ただ、さきほど田代先生からお話があったように、今回の改正を経て指針が非常に複雑になっていて、指針を見たところで、倫理的に何が求められていて、研究者たちは何を遵守すべきかということが、非常にわかりづらい状況があると思われます。
ルールを作るときは、法律にしろ倫理指針にしろ、いろいろな形態がありうると思うのですが、こうした点も考慮することが重要だと思っています。 -
コーディネーター
山本先生からは、議論の場としてはどういうところが適切であろうかというお尋ねもあったと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。 -
矢 野 医療の領域と法律の領域と倫理の領域、いろいろな境界領域で、行政の側からみてもどこの省庁が担当するべきなのかということも非常に難しい問題かなと思いますし、学会という単位でみたときでも、どこの学会が関わってくるのかというのは非常に難しい問題なのかなと思います。
そういった意味で、法律と倫理指針との整合性みたいなところも、今までの整理が十分だったかというと、以下は私見ですが、私も去年の4月に着任してから倫理指針を担当しまして、指針に規定されている条文が法律上どういう根拠があるのかを一個一個全部精査していって考えていったわけですが、過去にたどっていけば必ずしもその答えがあるわけでもなくて、余り明確にならない状態で進んできたというのが、もしかしたら現状なのかもしれないと思います。
医療や研究の現場においても、匿名化というのが法律との関係でどういう意味なのかも余りはっきりとしないまま、「匿名化して提供しますので」という形で同意をとったりしている状況なのかもしれません。また、オプトアウトについても、それが法律との関係でどういう意味でのオプトアウトなのかが必ずしもはっきりしていないというのもあると思います。
それが今回如実に出てきたのは、個情法上のオプトアウトと指針上のオプトアウトはどう違うのかと。「同意」のところで田代先生にお話しいただきましたけれども、「オプトアウト」も恐らく指針と法律で意味が違うところだと思うのです。指針上のオプトアウトというのは、研究への参加に関することに関するオプトアウトということなので、恐らく研究計画が続いている限りは提供した後でも拒否の機会が確保されるという考え方だと思うのですが、個情法上の提供のオプトアウトというのは、提供する前にオプトアウト期間を設けて、その中で拒否がなかった人に対して提供できるという規定だと思います。
そういう意味では、個情法上のオプトアウトと指針上のオプトアウトも多分違うところがあって、運用の面において、指針上のオプトアウトというのは個情法のオプトアウトとどういう関係にあるのかということをかなり悩んだりもしました。そういうことを検討している中、私も指針を使う側の立場に立って絶対に複雑にしたくないという思いがありました。
その中で、1つは、要配慮個人情報という概念はもう持ち込まないほうがいいのではないかという思いもありました。要配慮のものと要配慮ではないもので適用されるインフォームド・コンセントの規定が変わるというのは、複雑性を上げるだけで、全部、要配慮個人情報であることを前提として作ったほうが制度の複雑性をあげずにいいかもしれない。ただ、そうすると、また厳しいところだけ集めているという解釈に基づく批判もありうるので、その辺をどうするのかと。
また、全部、個人情報として扱うほうがシンプルなのではないか。匿名化は全部消してしまったほうがいいかもしれないという考えは合同会議の事務局としてありましたので、それは合同会議のほうに諮って問うたつもりではございます。要配慮個人情報の扱いや個人情報の考え方なども、いろいろな考え方がある中で、指針を複雑にしたくないという思いは強く私はあったのですが、難しい面もあるのではないか。結局、何も結論になっていないかもしれませんけれども、この分野はすごくたくさんの学際的な利害がぶつかるところになりますので、そういったところで、専用の法律をつくらなかったのは怠慢じゃないかというお話もありましたが、事はそれほど簡単ではないと私は思っています。
法律をつくるにしても、何をどこまでを対象とするのか。特定の研究分野を対象にするのか、広く対象にするのか、医療まで全部カバーするのか、そもそもどこまでカバーする法律にするのかという話もありますし、その個別の論点は厚労省でも5年ほど前に既に検討した報告書もあると認識していますが、非常に難しいのだろうなという気がしています。いろいろなものがぶつかればぶつかるほど、ルールが複雑化してしまう。その妥協の結果、複雑化するわけでございますので。
ですから、今回の指針改正もルールが複雑過ぎるというところに陥ってしまったのは確かにかなり問題かもしれませんが、そもそも取り扱っている領域が学際的で難しい領域であるということはあるのだろうなと、一人の担当者として思ったということでございます。 -
コーディネーター
ありがとうございました。私自身も、最近は個人情報につき講演する機会が多く、そのたびに、今回の法改正・指針改正に批判的な雰囲気で話をすることは多いのですが、その実、担当者の皆さんのご尽力も承知しておりますので、なかなか動かしにくい状況があったということも事実なのだろうと思います。
何しろ検討期間が非常に短かったということがありました。さらに、個情委から政令・規則案が出て、パブコメの後に最終的に公布され、その後、ガイドラインが出てくるという一連の動きが終わったのが昨年11月ですので、本来はそこまで待ってから検討を開始したかったのですが、その時間的余裕がありませんでした。個情委の具体的な方針が固まる前に検討を始めて、短期間で指針の大枠を決めざるを得なかったということがあって、結局、こういう混乱した解決にならざるを得なかったという印象を持っております。今回の指針改正では、いろいろな不幸が重なったように思います。
ですから、これで終わらせるのではなく、今回のこの経験を踏まえて、何か別のものとしてよりよいルールづくりを目指していくのがよいように思っているところです。
さて、それではディスカッションの本体に入らせていただきます。今、鈴木先生、山本先生のお二人から出たご指摘というのは、今から私がテーマとしたい内容に見事に一致しています。
まず、今回の指針改正における考え方や具体的なルールの内容がなかなかわかりにくく、その点が理解されていないというのは、田代先生のご指摘のとおりだろうと思います。今日お集まりの皆さんも、そもそもどうなったのかがよくわからないので、それを聞きにきたという方がたくさんいらっしゃるのではないかと思うのです。そこで、前半は、そのあたりをもう少しフォローさせていただきたいと思います。その上で、では、今後どうしたらいいのかという将来に向けての解決策なり方向性を議論できたらと思っております。
初めに、今回の改正後のルールを議論の対象にしていきたいと思うのですが、私自身もいろいろ知ったようなことを話しましたけれども、本当にこの理解で大丈夫なのだろうかという一抹の不安を抱きつつお話していた部分があります。矢野さん、今日の矢野さん以外の3人の報告の中で、何か間違っているところはありませんでしたでしょうか(笑声)。 - 矢 野 私が見た限りではございません。
(3)に続く