日本航空、運航乗務員の飲酒による法令違反に関する調査経過と再発防止策
岩田合同法律事務所
弁護士 浜 崎 祐 紀
日本航空(JAL)は、本年10月28日にJAL44便(ロンドン発:東京行)に乗務予定だった同社の副操縦士から英国の法令に定められた基準値を超えるアルコール値が検出され、同人が逮捕・拘束された事件(以下「本事件」という。)について、11月16日、調査の経過及び再発防止策(以下「報告書」という。)を国土交通省に提出した。
1 事件の概要
報告書によると、当日、副操縦士は、同社空港事務所においてアルコール検査を行った後、バスで機側に移動した。バスの運転手がアルコール臭を感じ、保安担当者に報告した。これを受け、機側で警察による呼気検査が実施されたところ、基準値を超えるアルコールが感知されたため、同人は警察に身柄を拘束された。
警察の呼気検査では、呼気中のアルコール濃度は0.93mg/Lと測定され、その後の血液検査では、血液中のアルコール濃度189mg/100ml(0.189%)と測定された。この呼気中の0.93mg/Lは、同社の社内基準である0.1mg/Lの9倍を超える。なお、道路交通法65条1項の酒気帯び運転(3年以下の懲役又は50万円以下の罰金)の基準値は0.15mg/Lである。また、下記資料によると、血液中のアルコール濃度が0.189%の場合、運動失調(千鳥足)状態となる。
副操縦士は、出発時刻の26時間前頃から20時間前頃までに、ビール約1.8L及びワインボトル約2本を摂取していたようである。
同社の運航規程には、「乗務開始の12時間前から運航終了まで一切の飲酒をしてはならない。また、12時間以前であっても乗務に支障を及ぼす飲酒をしてはならない」と規定しているところ、報告書は、副操縦士の飲酒を当該規定への違反行為と断定している。
運航規程は、航空運送業者が定め、国土交通大臣の認可を受けなければならない(航空法104条)。なお、運航規程の審査の際に用いられる運航規程審査要領細則の5-5には「酒精飲料……の影響により正常な業務ができないおそれがあると認められた場合は、業務に従事してはならない旨、記載されていること」「航空機乗組員……は、少なくとも乗務前8時間以内の飲酒を行ってはならない旨、記載されていること」が定められているが、アルコールの基準値については定められていない。
2 本事件におけるアルコール検査の問題
報告書において、副操縦士は、同社空港事務所におけるアルコール検査を不正な手段ですり抜けた(呼気量が検査に十分ではなかった)可能性が指摘されている。
同社アルコール感知器は、常時、緑色灯が点灯し、アルコールが感知された時のみ赤色灯が点灯する仕様となっており、測定に必要な呼気が吹きかけられない場合でも緑色が点灯したままで、呼気が十分か否かを客観的に確認できない状況にあった。
にもかかわらず、同乗予定であった機長Aは、アルコール検査の状況を見ておらず、また、機長Bは、副操縦士の呼気検査が雑(感知器の感度調節を省略したり、息を吹きかける時間が短かったり等)との印象を持ちつつも、やり直しをさせなかった。機長A及びBには、運航規程に定める乗員相互間の飲酒を含めた体調確認を確実に実施するという意識が欠けていたといえる。
また、副操縦士自身の飲酒に関する意識も不足していた。
3 JALの再発防止策(主要なもの)
- ① 全グループ社員に対する事例周知と注意喚起
- ② アルコール感知器の使用上の注意点の再周知
- ③ アルコール検査の際の地上スタッフの立会
- ④ 乗務開始前24時間以内の飲酒禁止と違反時の厳罰化
- ⑤ 新型アルコール感知器の配備(検査に必要な呼気量ではない場合、エラー表示)
- ⑥ 呼気中のアルコール濃度の基準値(0.1mg/L)を運航規程に明記
4 国の対応
国土交通省は、11月1日、全航空会社に対し、飲酒に関する航空法等の遵守の徹底を求めるとともに、講じた措置の報告(期限同月30日)を求める文書を発出した。
また、同月6日、航空事業者の飲酒に関する国内基準等の有識者検討会を設置することを公表し、同月20日、第1回検討会が行われた。
5 終わりに
企業は、使用人の法令順守体制(会社法施行規則100条1項4号等)を含む適切な内部統制システム(会社法362条4項6号等)を構築する義務を負う。航空会社の飲酒問題は、サービスの品質に関わる使用人の法令順守の問題であり、企業にとって対岸の火事ではない。本事件は法令順守の重要性を再確認するための教訓となろう。
なお、JALでは、本事件の他、平成29年以降、飲酒事件が19件(内15件は遅延発生)も発生している。また、本事件と時を同じくして、ANAのグループ会社(10月25日)やスカイマーク(11月14日)においても飲酒事件が生じている。飲酒事件は、人の生命に直結する重大な問題であり、各航空会社には再発防止の徹底が求められる。
(資料)アルコール血中濃度と酔いの状態
血中濃度(%) | 酒量 | 酔いの状態 | 脳への影響 | ||
爽 快 期 |
0.02~0.04 |
ビール中びん(~1本) 日本酒(~1合) ウイスキー・シングル(~2杯) |
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軽 い 酩 酊 |
網様体が麻痺すると、理性をつかさどる大脳皮質の活動が低下し、抑えられていた大脳辺縁系(本能や感情をつかさどる)の活動が活発になる。
|
ほ ろ 酔 い 期 |
0.05~0.10 |
ビール中びん(1~2本) 日本酒(1~2合) ウイスキー・シングル(3杯) |
|
||
酩 酊 初 期 |
0.11~0.15 |
ビール中びん(3本) 日本酒(3合) ウイスキー・ダブル(3杯) |
|
||
酩 酊 期 |
0.16~0.30 |
ビール中びん(4~6本) 日本酒(4~6合) ウイスキー・ダブル(5杯) |
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強 い 酩 酊 |
小脳まで麻痺が広がると、運動失調(千鳥足)状態になる。
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泥 酔 期 |
0.31~0.40 |
ビール中びん(7~10本) 日本酒(7合~1升) ウイスキー・ボトル(1本) |
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麻 痺 |
海馬(記憶の中枢)が麻痺すると、今やっていること、起きていることを記憶できない(ブラックアウト)状態になる。
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昏 睡 期 |
0.41~0.50 |
ビール中びん(10本超) 日本酒(1升超) ウイスキー・ボトル(1本超) |
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死 |
麻痺が脳全体に広がると、呼吸中枢(延髄)も危ない状態となり、死にいたる。
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(出典:公益社団法人アルコール健康医学協会[1])