弁護士の就職と転職Q&A
Q82「インハウス出身が社外役員を狙うのも『あり』か?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
6月3日に公表された、金融審議会の市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」に対しては、「夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1,300~2,000万円になる」という表現が、国会審議における野党からの攻撃対象となり、麻生太郎金融担当大臣が報告書を受け取らないという事態にまで発展しました。ただ、この報告書の分析内容自体を批判している弁護士は私の周囲には見当たらず、むしろ、社内弁護士たちは、その分析を前提として、「やはり、定年以降の収入源を確保しておきたい」という方向に思考を向けています。中でも、「定年後に社外役員に就任する」というプランの実現可能性を探る方が増えています。
1 問題の所在
伝統的には、弁護士という職業には、「自由・独立」と「定年がない」という2つの魅力があると言われてきました。会社の指揮命令系統に組み込まれながらも、精神的な意味での「自由・独立」を維持しようと挑んでいる社内弁護士はいますが、定年制度は受け入れざるを得ません。定年後の進路について、「再雇用してもらうか?」「新興企業の法務担当に就職するか?」というアイディアもありえますが、執行部を支える管理部門を担う次世代が育っていれば、邪魔者扱いされてしまうリスクもあります。「それでは、法律事務所に移籍するか?」と言っても、プライベート・プラクティスで食べていくだけの自信もありません。その点、社外取締役又は監査役の職責は、自ら営業をしたりドキュメンテーションをするわけではなく、これまでに蓄積した経験や勘を頼りに、わからないところを執行部に質問しながら、常識的な判断を求められるものであり、法務畑キャリアの終盤に相応しいというイメージがあります。
受け入れる企業側のニーズとしては、社外取締役の人物像に「事業経営の経験がある者」が真っ先に浮かびますが、社外取締役を複数名入れることになれば、その内訳を、「経営経験者」「会計専門家」「法務・コンプライアンスの専門家」と振り分けたならば、「一社にひとりの法律家枠」がありえます。これまでは、この「法律家枠」は、外部法律事務所のパートナークラス又はヤメ裁判官・検察官が就任するものという認識が一般的でした。しかし、社外役員を受け入れる側には、特に、社内弁護士を排除しなければならない理由はありません(社内弁護士が他社の上場企業の社外役員に就任する実例も散見されるようになってきました)。社内弁護士の社外役員登用を阻害しているのは、むしろ、社内弁護士の所属企業側の問題(兼業・副業に対する理解の低さ)にあるとすれば、「働き方改革」の一環としての「副業解禁」の流れからすれば、社内弁護士も排除せずに、より幅広い人材プールから、適切に社外役員候補の人選を行おうとする動きが広がっていくことが予想されます。そうなると、次には、「我が社の社外役員に相応しいのは?」という指名委員会の議論では、社内弁護士出身の候補者は、他の法律家候補者(外部弁護士や他の社内弁護士出身者)との具体的な比較の下に、その適性を吟味されることになります。ここでは、どのような資質や経験が求められることになるのでしょうか。
2 対応指針
人材紹介業者の立場から、社外役員に推薦しやすいポイントとしては、(1) 企業の取締役会における議論に参画した経験があることや、(2) コーポレートガバナンス、コンプライアンスや内部統制等に関する本人の知見が経歴や公刊物において明らかにされていることが挙げられます。
社内弁護士の場合には、執行役員まで昇格していたり、子会社等の役員を務めた経歴があれば、「取締役会の議論で法律家に求められる役割が何かを理解している」と説明しやすくなります。
また、コーポレートガバナンスに関する論文等を公表してくれていれば、この分野の専門性を有することの疎明資料に使えます。他にも、海外子会社管理をガバナンス上の課題として認識している企業においては、NY州弁護士資格があれば、「クロスボーダー案件にも詳しい」とか、米国公認会計士資格があれば、「会計にも明るい」という印象を与えられます(株主総会招集通知に記載できる資格は、株主への説明に利用しやすいと言えます)。
なお、社外役員ポストは非常勤であるために、別途、「ビジネス上のアドレス」を持てることが望ましいです。定年後に、法律事務所の顧問/オフカウンセルポストに就任するためには、現役時代から、外部法律事務所との間で「定年後に籍を置かせてくれるような、気が置けない関係」を構築しておくことは重要です。
3 解説
(1) 取締役会の議論への参画経験
企業側からすれば、「弁護士たる社外取締役」に対する期待もありますが、同時に不安もあります。その不安の代表例が「法律論としては正しくても、枝葉末節な議論をされてしまうこと」です。取締役会は、その企業の事業活動領域が広ければ広いほど、限られた審議時間内に、効率的に議論を尽くさなければなりません。その点、「完璧主義で細かい点が気になってしまう人」というのは、法務部門の外部アドバイザーとしては優秀だったとしても、「取締役会への参加は遠慮してもらいたい」と思われてしまう可能性があります。
「細かい法律論ではなく、経営判断に求められるリーガルリスク分析の水準を知っている」という点では、社内弁護士には、外部弁護士よりも、優れた経験を積んでいる場合が多いはずです。この経験値としては、できれば、「法務担当役員に報告していた」というよりも、「自ら、取締役会に出席して、質疑応答を行なっていた」という経験があるほうが望ましいです。また、実質的にそのような経験を積んでいたというだけでなく、それが職歴上も(たとえば、「執行役員」とか、子会社・関連会社の取締役等の肩書きで)明らかになっていると説明もしやすくなります。
(2) 専門性や守備範囲の「見える化」
社外取締役候補者は、指名委員会のメンバーや社長等の執行ラインのキーパーソンに気に入られなければ、株主総会への議案提出にはつながりません。これらキーパーソンに気に入られるかどうかは、ケースバイケースであり、一般化するのは難しいものがあります。ただ、企業側としては、キーパーソンに気に入られた後の「次の問題」として、その人選を、社外のステークホルダーにも納得してもらえるかどうかに配慮します。
コーポレートガバナンス、コンプラアンス、内部統制等に関して、実質的な経験を積んでいることが「法律家枠」の候補につながりますが、同時に、「その専門性又は経験値が論文等の公刊物で明らかになっていること」は、その候補者選定が適切であることの説明責任を果たすための一助になります。
また、株主総会招集通知にも記載することができる「資格」も、便宜です。たとえば、当該企業のガバナンス上の課題が「海外子会社管理」にあるならば、「NY州弁護士登録」を一行記載できれば、その人選の適切性についての安心感を与える補助的材料になりえます。また、「米国公認会計士」資格は、監査役又は監査等委員としての適性を裏付ける材料に使えます。
(3) 法律事務所の「顧問/オフカウンセル」ポスト
社外役員は、非常勤ポストです。2~3社を兼務することも可能ですが、逆に、任期は、更新しても、最大で8年又は10年程度を上限にすることが望ましいと言われているため、社外役員先企業とは別に、郵便物、電話、メールアドレス等のビジネス用のアドレスを持っていることが便宜です。その「ビジネス用アドレス」としては、法律事務所の「顧問/オフカウンセル」的な肩書きが理想的です。法律事務所のHPで自己の経歴を公表しておけば、他に社外役員を探している会社の目にも留まるために(企業側には、未経験者よりも「社外経験がある弁護士」を好む傾向があるため)、「次の仕事」の呼び水にもなります。また、実務的にも、社外役員の職務として出てきた論点について、ちょっとしたリーガル・リサーチをしたり、他の弁護士の感覚を確認する際には、法律事務所に所属して、図書室を利用できたり、同僚弁護士と立ち話ができる環境は、とても便利です。
法律事務所の「顧問/オフカウンセル」ポストは、基本的には、固定給が支払われるわけではなく、単なる「所在地」を与えるものにすぎません(自ら主体的にリーガルワークをするというよりも、他のパートナーの案件で必要とされる外部者にコンタクトを取る際に人脈を生かした手伝いをすることなどが期待されていることが通例です)。受け入れる法律事務所側に、経済的負担はないとしても、採用に際しては、「見ず知らずのシニアな弁護士を受け入れるか?」という懸念を払拭するための人間性の審査は欠かせません。「定年を迎えるシニア人材」を初対面で受け入れることのハードルはとても高いために、法律事務所にとっては、「現役時代から、仕事又は課外活動を通じて、信頼関係を構築できている人物」のほうが、ずっとスムースに受け入れを検討することができます(なお、社内弁護士には、「会社のリーガル・フィーを値切ることに過度に執着してしまうと、外部法律事務所からの信頼を損ねてしまうリスクがある」ということにも留意しておいてもらいたいです)。
以上