◇SH1506◇弁護士の就職と転職Q&A Q24「丸の内・大手町エリアは一流ファームの証なのか?」 西田 章(2017/11/20)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q24「丸の内・大手町エリアは一流ファームの証なのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 リーガルサービスにおいて最も重要なのは「担当弁護士の力量」であり、オフィスの立地ではありません。しかし、製造業が「目に見える製品」を供給するのとは異なり、法律事務所は「目に見えないサービス」を売っています。そのため、「物理的なオフィスに『サービスの質の高さ』を化体させるかどうか?」は、経営戦略上の重要な課題です。企業法務が、一般民事と分化されていない時代には、「銀座」にも強いブランドが存在しましたが、現在では、企業法務ブランド最高峰は「丸の内・大手町」エリアへと集約されました。就職活動では、他エリアに所在する事務所から「家賃のために働かされたいの?」と揶揄されることもありますので、今回は、若手弁護士にとっての勤務先オフィスのブランド価値を考えてみたいと思います。

 

1 問題の所在

 人材採用の場面においては「高い給与を出しても、いい人が確保できるわけではない」という「市場の未整備」の不満が常に存在しますが、オフィス選びはそうではありません。高い賃料を負担すれば、それだけ、良いエリアで、美しいビルの中に、広いオフィスを借りることができます。

 「一等地にオフィスを構えている」という事実は、一方では「高い賃料を負担している」という経費負担の重さを推認させますが、同時に、他方では「それだけの経費負担に耐えられる財政基盤を有している」という信頼感を与えるものでもあります。クライアントの反応も2タイプに分かれます。例えば、製造業のクライアントは、前者(賃料の高さ)に着目して、「この家賃の一部は、当社の弁護士費用にも転嫁されるのだろう」というネガティブな印象を抱きがちですが、金融機関や他のアドバイザリーファームからは、後者(財政基盤への信頼感)を重視して「一流のオフィスを構えてくれているほうが案件を依頼しやすい」というポジティブな印象を抱く傾向があります。

 また、機能性の面では、丸の内・大手町エリアにオフィスを構えることには、付近に本店を構える日本を代表する大企業から「日中の会議に行き来しやすい」という声が聞かれるだけでなく、地方企業や地方の金融機関からも「東京駅からの地方とのアクセスが便宜である」という高評価を得られています。経営判断としては、「そのベネフィットを享受するためにどれだけの賃料負担の増加を甘受すべきか?」がポイントとなり、移転に伴って占有面積を減らす結果をもたらすことがあります。若手弁護士にとっては、オフィスとのアクセスの良いエリアで住居を確保しなければならない問題も加えて、「立地のよいオフィスは自分にプラスなのか」を悩む事例が現れています。

 

2 対応指針

 高額賃料を重く負担させられるのは、クライアント層が安定したシニアパートナー世代です。ジュニアパートナーやパートナー候補の世代としては、新規の顧客開拓や大型案件受注のチャンスを拡大するために、一等地におけるオフィス・ブランドを活用するべきです。アソシエイトには、執務環境の悪化(個室の剥奪等)を感じる者もありますが、その不利益変更は心理的なものにすぎません(業務効率は「慣れ」で改善できます)。もっとも、自宅の居住エリアにおける「街の雰囲気」は生活クオリティにとって重要な要素です。オフィスで生活しているかのような長時間労働の慣行を改めて、残業時間の削減等の「働き方改革」を進める方向に向かうことが期待されます。

 

3 解説

(1) 顧客開拓上のメリット

 かつて、クライアントが顧問弁護士のオフィスに対して求めるものは、「ここに来れば相談ができる」という「心理的な安心感」であり「物理的な定着感」でした(年末の仕事納めに自社カレンダーを持参して挨拶に来るイメージです)。そのため、「キラキラ」とした新築ビルを転々とすることよりも、何十年も同じ場所で執務を続けることに価値がありました。

 また、「立地」と言えば、それは、「裁判所へのアクセスの良さ」が最重要でした(一日に何度も裁判所とオフィスを往復することが想定されていました。地方都市では現在でもそのイメージが維持されています)。

 しかし、クライアントの側では、もはやその固定観念は崩れました。日常的な連絡や情報交換は、電子メールやSNS等で済まされるようになり、オフィスの引越しよりも、メールアドレスの変更のほうが大きな事務負担をもたらすイベントとなりました。

 クライアント自身が「自社の製品・サービスの付加価値をいかに創出するか」に腐心しているため、リーガルサービスも、既製品を一方的に売り込むものではなく、むしろ、クライアント側担当者との共同作業でプロジェクトを作り上げていくイメージに変わりつつあります。クライアント側担当者が、個人的にも魅力を感じてくれるようなオフィスに拠点を構えることには、担当者との人間関係を密にして共同作業に取り組むための素地を整えてくれる効果も期待されます。

(2) アソシエイトの執務環境

 渉外弁護士の道を歩もうとする若手にとってのサクセス・ストーリーを具現化したものが「米国の一流ローファームのような執務環境」でした。つまり、スタートは「窓のないブース」からであっても、「狭いながらも個室」に移動して、「窓のある個室」に昇格して、「いずれは、角部屋をもらいたい」という双六的な上昇志向でした。しかし、これは、「関連資料に埋もれて、リサーチと起案のドキュメンテーション業務に明け暮れる長時間労働の毎日」を体現するものでもありました。

 現在の「働き方改革」は、コミュニケーションを重視して、「生産性」を高めることが求められています。若手弁護士にとっても、「理想のオフィス」と聞いたら、ウォール・ストリートのローファームではなく、グーグルやフェイスブック、AirBnBといった、「クリエイティビティ」を重視するIT企業が想起されるようになってきています。

 所内における「個室が偉い」とか「窓際が格上」というヒエラルキーよりも、「このオフィスの立地であれば、近所にこういう企業があるから、これら隣人企業にいる学生時代の友人ともランチに行ける」というように、所外ネットワーク拡充に価値を見出す者が増えています。

(3) プライベートの確保

 企業法務系事務所のアソシエイトにとっては、「終電後も残業するのは当たり前」という「悪しき慣習」がありました。確かに、クライアント向けにタイムチャージで請求する事務所においては、「長時間のビラブルを付けているアソシエイトが事務所に貢献している」という価値観は根強く存在しているため、「オフィスから徒歩圏内に居住したい」と考えるのがアソシエイトの多数派を形成しています。

 ただ、税理士法人や監査法人も、労基署の立ち入りの対象となってきている流れを受けて、法律事務所においても「アソシエイトは個人事業主」という言い訳だけに頼れない、という認識も広まっています。そして、「長時間労働ではなく、いかにしてアワリーレートを高めるビジネスモデルに転換していけるか」という問題意識は、一流事務所の間で広まりつつあります。

 アソシエイトとしては、残業を懸念してオフィスへのアクセスだけを唯一の考慮要素とするのではなく、自らの知識と教養を磨くためにも、どのようなエリアに居住するべきかを考えることが求められていると認識すべきだと思います(そのような取組みが、将来的には、自己を「コモディティ」化させてしまう悪路から脱するヒントを与えてくれることにもつながります)。

以上

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