公取委、「競争とデジタル経済」に関するG7競争当局の共通理解
岩田合同法律事務所
弁護士 蛯 原 俊 輔
1 はじめに
本年7月17日から18日にフランスにおいてG7財務大臣・中央銀行総裁会議が開催されるに当たり、議長国である同国政府は、本年1月、他のG7諸国に対し、競争とデジタル経済についてG7で協議することを提案した。その上で、フランス競争当局を通じて、日本の公正取引委員会(以下「公取委」という。)を含むG7競争当局[1]に対し、共通理解を取りまとめるよう要望し、これを受けてG7競争当局は、フランス競争当局の主導の下、デジタル経済により生じる競争上の課題に関し、継続的に議論を行った。その結果、本年6月5日、G7競争当局間の共通理解について合意がなされ[2]、かかる共通理解がG7財務大臣・中央銀行総裁会議に対し提出された。本稿では、かかる共通理解[3](以下「共通理解」という。)の概要について解説する。
2 共通理解の概要について
まず、共通理解の概要について述べた後、各項目の詳細についてみていくこととしたい。共通理解の概要は以下のとおりである。
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項 目 |
概 要 |
① |
イノベーション及び成長に関するデジタル経済の恩恵 |
競争的な市場は、経済が十分に機能するための鍵である。 |
② |
既存の競争法制の柔軟性及び妥当性 |
競争法は柔軟に対応できる。 |
③ |
競争唱導活動及び競争評価の重要性 |
政府は、デジタル市場における競争について、関連施策・規制が不必要に制限していないかどうか分析すべきである。 |
④ |
国際協力の必要性 |
国際協力及び国際的な収れんをさらに促進していくことが重要である。 |
3 <項目①> イノベーション及び成長に関するデジタル経済の恩恵について
同項目においては、商品・サービスの生産・販売手法に変革をもたらし、投資及びイノベーションを生み出し、経済全体として商品・サービスの費用を低下させたなどといった、デジタル経済がもたらした消費者利益やイノベーションについて述べている。そして、デジタルプラットフォーム[4]の無料戦略における収益構造に言及した後、これらは、デジタル経済が競争的である場合に最大限実現されるとして、適切な競争法執行の重要性について述べる。
4 <項目②> 既存の競争法制の柔軟性及び妥当性
同項目においては、デジタル経済が競争当局に対してもたらす課題について言及する。その例として、プラットフォームによる膨大なデータ蓄積が、特にデータの複製が困難な場合に参入障壁や市場支配力を創り出すことにならないかという懸念等を挙げている。
もっとも、そこで挙げられている課題は、分析枠組みが柔軟であること等の既存の競争法の性質に基づき、既存の競争法で対処し得るものであり、各国の競争当局は、デジタル経済について専門知識を磨くなどして必要な枠組み及び手法を備えていくべきであるとする。
5 <項目③> 競争唱導活動及び競争評価の重要性
同項目においては、デジタル経済への規制について、既存事業者の保護に繋がるなどして、競争に悪影響を与えることもあるということなどに言及した後、政府は新たに提案された規制等について、これらが競争に与える影響を評価して、デジタル市場における競争を不必要に阻害することがないかどうか評価する必要があるし、競争当局は、デジタル市場に対する新たな規制が立案される際、競争上の障壁が生み出される危険性について、注意喚起を図るべきであるなどと指摘する。
6 <項目④> 国際協力の必要性
同項目においては、デジタル経済がグローバルに展開されることに鑑み、競争当局の国際協力の重要性について述べるなどしている。
7 おわりに
共通理解は、デジタル経済における競争の重要性を指摘しつつ、デジタルプラットフォームなどによって市場競争が害される可能性がある場合には、必要な範囲内で競争当局による規制がなされるべきとのG7競争当局の認識を示すものである。
今後、共通理解を踏まえて、G7加盟国においては、競争当局によって、競争法の適用によるデジタルプラットフォームに対する一定の規制がなされることとなると考えられる。従前から、日本においては、経済産業省、公取委、総務省が立ち上げた「デジタル・プラットフォーマーを巡る取引環境整備に関する検討会」(以下「本検討会」という。)において、プラットフォーマー型ビジネスの台頭に対応したルール整備に向けた調査・検討が進められてきた。本検討会は、令和元年5月21日、「取引環境の透明性・公正性確保に向けたルール整備の在り方に関するオプション」及び「データの移転・開放等の在り方に関するオプション」を公表し、デジタルプラットフォームをめぐる取引慣行について、独占禁止法の不公正な取引方法(優越的な地位の濫用等)や私的独占の規制を当てはめる余地があることを指摘した上で、ガイドラインの制定といった方策の導入を検討する必要がある旨述べている[5]。これらの動向に加えて、今後の公取委等を含む各国競争当局の動向がより一層注目される[6]。
以 上
[1] 競争・市場保護委員会(イタリア)、競争委員会(フランス)、連邦カルテル庁(ドイツ)、競争局(カナダ)、競争・市場庁(英国)、司法省(米国)、競争総局(欧州委員会)、連邦取引委員会(米国)及び公取委(日本)である。
[3] 前掲[2] 公取委ホームページ掲載の令和元年7月19日「『競争とデジタル経済』に関するG7競争当局の共通理解について」参照。
[4] GAFAと略称されるGoogle、Amazon.com、Facebook、Apple Inc.が典型である。
[6] 公取委がデジタルプラットフォームについて、独占禁止法違反となる場合を示した指針を本年中に策定する予定であると報じられている(日本経済新聞2019年7月17日付朝刊1面など。)。