◇SH3820◇インド:緊急仲裁判断の執行に関するインド最高裁判決(1) 梶原啓(2021/11/08)

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インド:緊急仲裁判断の執行に関するインド最高裁判決(1)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 梶 原   啓

 

 インドにおいては、仲裁判断の執行の障壁となり得る過去の裁判例など、仲裁地としての同国の選択を躊躇させる要素が散見されたが、近時はその印象を払拭する一定の仲裁法制や裁判例の進展がみられる。その新たな動きの1つに位置付けられるのが、インド最高裁判所の2021年8月6日付け判決(以下、「本判決」)である[1]。本判決は、シンガポール国際仲裁センター(SIAC)の仲裁規則に基づき仲裁廷構成前に選任された緊急仲裁人による緊急仲裁判断(仲裁地はインド国内)はインド裁判所において執行可能と判示した。本判決が否定した逆の立場によれば、緊急仲裁人制度の実効性、ひいては同制度を設ける機関仲裁の魅力が損われるおそれがあった。特に、迅速な事件処理に期待して訴訟ではなく仲裁を選択したとしても本案の判断までに時間がかかる複雑大規模紛争においては、緊急仲裁という選択肢は重要であり、この論点の波及効果は大きい。インド仲裁法の文言上は両様の解釈の余地があるこの論点について、仲裁制度の根幹である当事者自治に立ち戻りつつ解釈を明確にした本判決は注目に値する。

 

1. 事案の概要

 本件は、Amazon.com NV Investment Holdings LLC(Amazon)とBiyaniグループとの間の紛争である。Biyaniグループを構成するのは、Biyani一族のメンバーに加え、Future Retail Limited(FRL)とFRLの株主であるFuture Coupons Pvt. Ltd.(FCPL)である。AmazonがFCPLへの出資に同意する前提として、FRLはAmazonの承諾なしにはMukesh Dhirubhai Ambani(MDA)グループに自らの資産を譲渡・処分しない株主間契約上の義務を負っていた[2]。実際、Amazonは2019年12月26日にFCPLに対して日本円にして200億円を超える出資を実行した。しかし、BiyaniグループはAmazonの承諾なしに、2020年8月29日、FRLがMDAグループに資産を処分し合併する取引(以下、「本件取引」)の合意に踏み切った。

 AmazonとBiyaniグループとの間の株主間契約に仲裁合意があり、仲裁地はニューデリー、仲裁規則はSIAC仲裁規則と指定されていた。これに従い、AmazonはSIAC仲裁を申し立て、緊急仲裁人が2020年10月25日に緊急仲裁判断の形式で本件取引の差止めを命じた。この緊急仲裁判断にもかかわらずBiyaniグループが本件取引を実行しようとしたため、Amazonはデリー高等裁判所に対し、Arbitration and Conciliation Act, 1996(以下、「インド仲裁法」)第17条 ⑴ に基づいて緊急仲裁判断の執行を求める申立てを行った。これに応じて、デリー高等裁判所の単独裁判官は2021年2月2日に現状維持命令(status-quo order)を発動し、Biyaniグループに対し本件取引の差止めを命じた。続いて単独裁判官は、2021年3月18日、理由付き判決により、緊急仲裁人の緊急仲裁判断はインド仲裁法第17条 ⑴ に基づく仲裁廷の命令(order)に当たり、同法第17条 ⑵ により執行可能と判示し、加えてBiyaniグループの資産の差押え等を命じた。FRLは単独裁判官の上記2月2日付け命令と3月18日付け判決両方に対して上訴を行い、デリー高等裁判所の裁判官2名の合議体であるDivision Benchは、単独裁判官の命令と判決いずれについても一時的に停止(stay)した。その後、最高裁に特別許可上告申立て(Special Leave Petitions)がなされ、最高裁が本件を審理することとなった。

(2)につづく



[1] Amazon.com NV Investment Holdings LLC v. Future Retail Limited, Civil Appeals 4494-4497 of 2021.

[2] FRLはインド2番手のオフライン小売業者。Amazonにとっては、インド小売最大手のReliance Retailを経営するMDAグループとFRLとの合併は回避すべき展開となる。

 


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(かじわら・けい)

国際商事仲裁及び投資協定仲裁をはじめとする国際紛争解決を扱う。日本国内訴訟にも深く関与してきた経験をいかし、アジアその他の地域に展開する日系企業と協働して費用対効果に優れた複雑商事紛争処理に尽力する。2013年弁護士登録(第一東京弁護士会)、長島・大野・常松法律事務所入所。2019年ニューヨーク大学ロースクール修了(LL.M. in International Business Regulation, Litigation and Arbitration; Hauser Global Scholar)。Jenner & Block LLPでの勤務を経て、2021年1月から長島・大野・常松法律事務所シンガポール・オフィスにおいて勤務開始。

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