◇SH2822◇英文契約検討のViewpoint 第12回 複雑な英文契約への対応(11)、相手方案への対応(下)(完) 大胡 誠(2019/10/11)

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英文契約検討のViewpoint

第12回 複雑な英文契約への対応(11)、相手方案への対応(下)(完)

柳田国際法律事務所

弁護士 大 胡   誠

 (ⅲ)相手方当事者案の趣旨の確認

 修正案の作成においての留意点の三つ目は、よく検討してみても趣旨の理解できないような条項については、その趣旨を相手方当事者に問い合わせて確認することも躊躇すべきではなく、よく理解できないまま契約が締結されてしまうような事態は断じて回避しなければならないことである[300]。英語が不得手なのは日本人に限らないし、アメリカやイギリスの当事者が作成した契約案でも趣旨不明の条項が含まれることは皆無ではない。一方、相手方当事者への問い合わせに疑義を示す見解もある[301]。しかし、この見解は、いわば、相手方当事者の「裏の事情」など知らなくてよいことも含め、何でも聞いてしまうことを批判するものと思われる。そうした問い合わせが適切でないことは明らかである。相手方当事者に問い合わせるべきは、提案された条項の趣旨自体が不明確な場合である。この場合には、当方は趣旨不明の条項には合意できない旨書き添えれば、相手方当事者は趣旨がわかるように説明するであろう。そのうえで、合意できなければ、その旨を回答するのみである。したがって、問い合わせをするのであれば、時機に遅れることなく速やかに行わなければならない。

 (ⅳ)妥協的条項・文言の限界

 留意点の四つ目は、妥協のために用いる条項や文言の限界を理解しておくことである。たとえば、連載第7回(NBL1144号)において、仲裁条項に言及し、仲裁地を被申立人の所在地とするクロス条項は日本の最高裁も有効性は認めているが、突き詰めて考えると仲裁手続の競合により紛争の収拾が困難になる可能性などの問題点を指摘した。こうしたクロス条項は、契約を成立させるための妥協案として用いられ続けるであろうが、上記のような問題(リスク)を内包することは理解しておくべきであろう。また、連載第4回(NBL1138号)で(株式売買契約における)表明保証を取り扱った際、(株式の買主として、売主のrepresentations and warrantiesには制約のない条項が欲しいにもかかわらず、)売主側の作成した契約案にはTo the Seller’s knowledgeとの制約が多用され得ることを指摘した。このような場合、合意に至るために、買主としては苦し紛れにbestを入れ込み、To the Seller’s best knowledgeと書いて売主に返答する場合もあろうが、上記連載第4回の当該箇所に記載したとおり、両者はあまり変わらない。少なくとも、その当該箇所に記載したとおり、Knowledgeの定義に、「売主の取締役や役員などが合理的な質問等により知ることが期待できた場合もKnowledgeに含まれる」旨の規定を入れたいところであるが、仮にこのような定義を設けることで妥協できたとしても、何が「合理的」か、「期待できた」のかが問題となり得る。さらに、たとえば、Distributorship Agreementにおいて、製造事業者としては相手方当事者(distributor)の最低購入数量条項を入れ込みたいのに、相手方当事者から頑強に抵抗され、販売店は一定数量の購入につきreasonable effortsまたはbest effortsをする旨の条項で妥協した場合にも、「reasonable」、「best」が何かは後日問題となることは理解しておくべきであろう[302]。特に、「reasonable」との文言は、あらゆる条項に用いられる可能性があるが、そもそも何がreasonableか両当事者に見解の相違があるため交渉が行われるのである。上記のような条項、文言はいわば問題の先送りの効果がある。契約を締結してビジネスをスタートさせる利益と、当該問題が現実に発生するリスクの程度やリスクが現実化したときの損失の大きさを勘案して、契約を成立させることを優先してその問題を先送りにすることも適切と判断される場合も少なくなかろう。しかし、根本的な解決に至るものではないので、契約交渉の当初の段階からこのような妥協的な条項、文言で安易な合意を図ることについては疑義が呈されることもあろう。

 (ⅴ)外国の弁護士の起用

 留意点の五つ目は、外国の弁護士の起用方法である。準拠法や各国の規制法について論じたところからも明らかなように、外国の法律に適合しているかなどを確認するために当該外国の弁護士に契約案の検討を依頼しなければならなくなることも少なくない。どのような形で案件に関与させるかは、案件の複雑さや重要性などと外国の弁護士を起用するコストの相関で決まるであろう。自社の将来を賭けたM&Aなどの案件であれば、計画の当初から対象会社の所在国の弁護士を起用して、スキームの構築、契約の作成、規制のクリアまで依頼することとなろう。単純な物品の売買契約であれば、外国の弁護士の関与は不要な場合も多いであろうし、関与させる場合でも、準拠法や適用される規制法の特定の論点に限定して当該契約の適法性の確認を求めるだけのこともあろう。外国の弁護士の起用にあたって、よく言われることであるが、重要なので、ここでも再論すると、まず、自社のビジネス目標と当該弁護士への依頼の目的について十二分なコミュニケーションをとることである。これを欠くと、求めたものとズレた回答が送られてきたり、依頼外の仕事をした弁護士から過大な請求を受ける結果となる。外国の弁護士との窓口は法務部がなる場合もあろうかと思われるが、法務部が対象となるビジネスをよく理解していなければ、外国の弁護士に自社のビジネス目標を適切に理解させることに支障が生じる恐れがある。外国の弁護士の起用につき、次のポイントは、適切な弁護士を選ぶことである。すでに多くの海外案件を経験し、外国の弁護士を何度も起用したことがある会社を除いては、簡単なことではない。特に、新興国の弁護士を選定することは情報の少なさから困難が伴うであろう。従前から関係のある欧米または日本の法律事務所を経由して選定することが安全と思われる。

 

6 結語

 連載第1回(NBL1132号)以来、縷々書いてきたが、その冒頭に記載した(架空の)日比谷工業株式会社の法務部員のような立場の方に多少とも役立てただろうか。そもそも日本人に英文契約の作成は可能か、という疑問も時として湧き上がってこようが、「可能か」ではなく「可能にする」との答えしかないはずである。

 一方、AIの開発が目覚ましい時代に、英文契約の検討の仕方など考えても、将来において役に立つ余地はあまりないように思えるかもしれない[303]。現に、AIによる英文レビューは始まりつつある。しかし、ビジネスを決定し、(AIがスキームを作り、ドラフトを作成したものであれ)少なくとも最終的な契約案を決定するのが人間である以上、役に立たなくなることはないだろう[304]



[300] 中村秀雄『英文契約書取扱説明書―国際取引契約入門―』(民事法研究会、2012)156頁参照。

[301] 坪田・前掲注[297]、122頁参照。

[302] そもそも、製造事業者が最低購入数量条項を提案したにもかかわらず、本文のような努力条項で妥協すること自体、相手方当事者のバーゲニング・パワーに屈したと理解されよう。

[303] 直接的に(日本的な)法務部についてのものではないが、AIをはじめ将来の社会と弁護士のあり方に関しては、RICHARD SUSSKIND, Tomorrow’s Lawyers, An Introduction to Your Future, 2nd ed., (Oxford University Press, 2017)参照。

[304] 最後に、一連の連載につき、英文と中国法に関する箇所については、それぞれ同僚のClint Keller氏と厳京玉氏に助言を得た。また、柳田一宏、佐々木裕助両弁護士から有益な示唆を頂戴した。御礼を申し上げたい。しかし、文責は筆者にあることも併せて記しておきたい。

 

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