冒頭規定の意義
―典型契約論―
冒頭規定の意義 -制裁と「合意による変更の可能性」-(27)
みずほ証券 法務部
浅 場 達 也
Ⅳ 小括
イ 「よくわからない規定」の位置付け
贈与においては、民法550条が「よくわからない規定」である。ここで「よくわからない規定」とは、「裁判所が強行規定と解するか任意規定と解するかよくわからない規定」との意味である。このままでは呼称として長すぎるため、短縮して「よくわからない規定」としている。
前稿「契約法教育」(下)(2013)の後半部に掲げた【附表】には、明治28(1895)年12月中旬頃において、法文上、強行規定と明示されていた規定37カ条が網羅的に挙げられている。これら規定を本稿の「冒頭規定」及び「よくわからない規定」の分類に即して分けると、冒頭規定が10カ条(交換、終身定期金、和解の冒頭規定3カ条はもともと【附表】に含まれていない)、「よくわからない規定」が27カ条となる。そして550条は、この「よくわからない規定」27カ条の中に含まれている[1]。
これら27カ条を、解釈上、強行規定と解するかについては、複数の見解がありうるであろうし、むしろ「強行規定と解することはできない」との考え方も当然成立しうるであろう。
しかしながら、そうした解釈論とは別に、「実際に契約書を作成する」という立場(「ポイント(1)」)に立って考えれば、上の「よくわからない規定」27カ条は、特に留意を要する規定群と考える必要がある。なぜなら、「リスクの高低」という観点からみたとき、「ヨットクラブ事件最高裁判決」と同様の論旨で「無効」という制裁を課される可能性が、ゼロではないからである。(これら27か条につき、「無効」という制裁が課される可能性はおよそゼロであるという主張もありえないではないだろうが、それは契約各則の全規定が任意規定であることを意味し、上の「ヨットクラブ事件最高裁判決」(678条は少なくとも強行規定としている)と整合的に解することが難しい点で、本稿では妥当でないと考えている。)その意味で、「よくわからない規定」27カ条は、任意規定よりもリスクが高い。
換言すれば、当事者の合意によって排除されうる規定群(任意規定群)と、それらより相対的にリスクの高い(強行規定と解されるか任意規定と解されるかよくわからない=「無効」という制裁が課される可能性がゼロではない)規定群があるとき、その重要性の程度という観点から、それら規定群は区別されるべきであるということになる[2]。表4において、「よくわからない規定」のリスクを「高」としているのは、そうした意味においてである[3]。
ウ 任意規定の位置付け
贈与においては、551条、552条、553条、554条が任意規定である。
本稿では、「裁判所が任意規定と解するであろう規定」を「任意規定」としている。民法91条は、「公の秩序に関しない規定」(任意規定)と異なる意思を表示したときは、その意思に従うとしており、「異なる意思」を明確に契約書に書くことにより、任意規定は排除されることになる。
ポイント(20) 任意規定のリスク 任意規定は、「冒頭規定」「よくわからない規定」それぞれよりもリスクが低い。従って、リスクが低い規定群という1つのまとまりとして扱われる必要がある。任意規定と異なる意思を契約書に書くことにより、任意規定は排除される。 |
[1] 前稿【附表】の情報内容と重複するが、念のため、「よくわからない規定」の条文番号を以下で網羅的に列挙しておこう。贈与:550条、売買:556条、564条、566条3項、572条、(以下7カ条は買戻し)579条、580条、581条、582条、583条、584条、585条、消費貸借:なし、使用貸借:なし、賃貸借:601条、602条、603条、604条、雇用:626条、628条、631条、請負:638条2項、640条、642条、委任:なし、寄託:なし、組合:673条、675条、678条2項、679条2号・4号、683条。以上の27カ条である。
[2] 前稿において、「それらは区別して修得されるべきである」との提案を行った。前稿「契約法教育」(2013)(上)26頁を参照。
[3] なお、民法550条については、道垣内弘人教授により強行規定と解する見解が示されている。道垣内弘人「典型契約に関する条文にもいろいろある」法教287号(2004)34頁以下を参照。