企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
2.「高い自己浄化能力」を備えるための要件
(1) 自助努力で「自己浄化能力」を高める 規範、内部統制、内部監査、内部通報他
⑤ 再発防止策を徹底する(人事処分について)
企業では、事業に関連して事故・事件が発生すると、応急措置を行ったうえで、再発防止のための恒久措置を講じる。
恒久的な再発防止策としては、事故・事件の原因を100%除去し、除去したことによる弊害も生じないようにするのが上策である。再発した事故等を直ちに最初に発見して対策するのは並みの策で、再発事故等が社内外に知れた段階で応急措置を行うのは下策である。
「自己浄化能力」が高い企業は、異常・不正行為が発生すると、上策を指向する。
各種の不祥事において採られる人事的な措置について、以下に記す。
1) 人事処分
再発防止策としては、人事処分が有効であり、違法行為を行った者を厳重に処分する旨[1]を就業規則に規定する企業が増えている。(法律も重罰化の方向にある。)
- (注) 人事処分を厳格化すると、処分される者が口を閉ざして、「不祥事の隠蔽」を招く可能性がある。従って、重罰化と合わせて、日常の業務プロセスの過程で不祥事や規範逸脱を「見える化」する手法(内部通報制度を含む)を導入し、可能な限り早期に(逸脱が軽微なうちに)是正措置を講じたい。
2) 人為的ミスの対策
従業者の操作ミス・作業ミス(いわゆるヒューマン・エラー)によって発生した事故等の再発防止策のあり方については、事故調査委員会の報告書と裁判の判決が参考になる。
企業が再発防止策を検討するときは、事故調査委員会の報告書が役に立つ[2]。
一方、裁判の判決は、作業者に精神的なプレッシャーを与えるのに有効である。
- ⅰ)「事故調査委員会の調査」は、刑事的な判断を目的とせず、間接的な事故原因(職場全体の規律・担当者の業務日程・列車事故の場合の運行ダイヤ等)及び事故の背景(日常の安全管理体制・業務の指揮命令系統・責任の所在等)まで含めて多角的に調査・分析し、再発防止策の着眼点を指摘する。
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ⅱ)「裁判の判決」は、被害者・社会の応報意識を考慮して、被告人(ミスした者)の個人の不注意を厳しく追及する傾向がある。判決の中で、事故原因の分析は、被告人の刑事責任追及と情状判断を行う範囲に限られ、企業の組織体質についての言及は少ない。
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(参考) 日本航空機 駿河湾上空ニアミス事故[3]
2001年1月に、静岡県焼津市上空付近を航行中のJALボーイング747(907便)とJALダグラスDC10(958便)が異常接近した。「958便」に直ちに降下指示を行うのが最適な管制指示だったが、実地訓練中の航空管制官が便名を「907便」と言い間違えて、降下の管制指示をした。指導監督者である航空管制官も「958便」に指示したと軽信して、便名の間違いに気付かなかった。「958便」は同機に装備された航空機衝突防止装置の指示に従って降下したが、「907便」の機長も管制の降下指示に従って降下し、両機は急接近した。「907便」の機長は衝突を避けるために急降下し、その乗客ら57名が跳ね上げられて落下し負傷した。「907便」は「958便」の下側約10mを通過してすれ違った。
最高裁は、航空管制官2名(実地訓練中1名、指導監督者1名)が業務上の注意義務に違反し、「これら過失の競合により、本件ニアミスを発生させたのであって、被告人両名につき業務上過失傷害罪が成立する」とした。この判決には、次の補足意見と反対意見がある[4]。
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(筆者の見方)
企業が事故の再発防止策を検討するためには、事故調査報告書が役に立つ。事故に関する刑事裁判の判決は、主に個人責任を分析するものであり、また、判決が確定するのに時間を要することから、企業の再発防止策の検討の役には立ち難い。ただし、「身柄を拘束される」「厳しい罰を受ける」「有罪になれば解雇されそうだ」という精神的なプレッシャーを関係者に与える効果は大きい。
(2) 外部の監査機能と連携する
以上、企業の内部で「中立的立場」の目線を持つ(1)取締役会・内部監査部門・内部通報受付窓口による自己浄化能力強化について考察してきた。
これに「外部の第三者」の目線を持つ(2)監査役(会)、(3)会計監査人(公認会計士、監査法人)、(4)行政機関、(5)第三者認証機関、(6)第三者委員会の働きを加えて、全部で6種の監査機能がうまく連携できれば、全体の監査の品質と効率をさらに高くすることができそうである。
6種の監査機能の連携については、次の「第4章 第2部」で考察する。
[1] 解雇、出勤停止、給与返上、譴責、戒告、厳重注意、注意 等
[2] 例えば、JR西日本の福知山線(塚口駅~尼崎駅間)の列車脱線事故に関して同社の「鉄道安全報告書 2010年」には、「航空・鉄道事故調査委員会の『福知山線列車脱線事故の調査報告書』に示された数々のご指摘事項に速やかに、かつつぶさに対策を講じることも安全性を具体的に向上させる方策であると考え取り組んでいます。」と書かれている。
[3] 最一小決平成22・10・26(刑集64巻7号1019頁)
[4] 補足意見「被告人両名が航空管制官として緊張感をもって、意識を集中して仕事をしていれば、起こり得なかった事態である。(略)両機が接触・衝突して大惨事となる事態を間一髪回避できたが、多数の乗客が負傷しており、その結果は重大であり、被告人両名の行為を看過することは相当でない。」
反対意見「両機が異常接近することについて(略)予見可能性を両被告人に認めることはできない」。そして、「本件降下指示と本件ニアミスとの因果関係は認められない」から、過失責任を問うことはできない。「本件のようなミスについて刑事責任を問うことになると、将来の刑事責任の追及をおそれてミスやその原因を隠ぺいするという萎縮効果が生じ、システム全体の安全性の向上に支障を来す」という被告人側の主張は、「今後検討すべき重要な問題提起」である。