民事執行法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることの許否
民事執行法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告においては、債務名義の正本に表示された金銭債権である請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることはできない。
民事執行法197条1項2号、5項
令和3年(許)第16号 最高裁判所令和4年10月6日第一小法廷決定 財産開示手続実施決定に対する執行抗告審の取消決定に対する許可抗告事件(裁判所ウェブサイト掲載) 破棄差戻
原 審:令和3年(ラ)第1627号 東京高裁令和3年9月29日決定
第1審:令和3年(財チ)第427号 東京地裁令和3年7月1日決定
1 事案の概要
抗告人Xと相手方Yは、婚姻し、長女及び二女をもうけたが、平成28年12月、養育費支払等契約公正証書により、YがXに対して支払うべき長女及び二女の養育費について合意をし、離婚した。
本件は、債権者である元妻のXが、執行力のある債務名義である上記公正証書記載の養育費債権を請求債権として、民事執行法(以下「法」という。)197条1項2号(知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があったとき)に基づき、債務者である元夫のYについて、財産開示手続の実施を申し立てた事案である。
第1審が財産開示手続の実施決定(第1審決定)をしたのに対し、Yは、執行抗告をした上で、上記請求債権のうち確定期限が到来しているものについて弁済をした。
2 原決定の要旨
原審は、①請求債権が弁済によって消滅した場合には、もはや法197条1項2号に該当する事由があるとはいえなくなること、②法203条は、請求異議の訴えについて規定する法35条を準用していないことなどから、法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることができると判断した上で、請求債権のうち確定期限が到来しているものは弁済により消滅したとして、第1審決定を取り消し、本件申立てを却下した。
3 本決定
本決定は、①執行裁判所が強制執行の手続において請求債権の存否を考慮することは予定されておらず、このことは、強制執行の準備として行われる財産開示手続においても異ならない、②法203条が法35条を準用していないことは、法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において、債務者が請求債権の不存在又は消滅を主張することができる根拠となるものではないなどとして、上記執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることはできないと判断し、これと異なる見解に立つ原決定を破棄して、本件を原審に差し戻した。
4 説 明
(1) 私法上の権利については、民事訴訟等の手続によって権利の存否を判定する裁判機関(権利判定機関)と、その判定によって得られた債務名義に基づく強制執行手続によって権利の実現を図る執行機関(権利実現機関)とが分離されている。
その結果、債務名義の存在を前提とする強制執行手続においては、一般に、効率的かつ迅速な手続運営を図るため、請求債権の存在等の実体上の事由を審査せずに執行手続を行うものとされており、執行抗告においても、手続的違法のみを審査するものとされている。そのため、執行抗告の理由となり得るのは、執行裁判所が裁判をするに当たり自ら調査・判断すべき事項の欠缺であり、原則として、原裁判を違法ならしめる手続的事由に限られる。
強制執行の手続において、債務名義に係る請求債権の不存在又は消滅、執行対象財産の帰属等の実体上の事由は、執行裁判所が調査・判断すべき事項ではないため、執行抗告の理由とすることはできず、確定期限の到来などの執行開始の要件となる事由(法30条1項、31条、151条の2第1項参照)等の存否がその例外になるにとどまる。そして、請求債権が実体法上存在しないという不当執行に対する救済方法については、請求異議の訴え(法35条)等の手続が設けられている。
このように、違法執行については執行抗告において、不当執行については請求異議の訴え等において救済を図るものとするのが、法の基本的な考え方である。
(2) 執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者が財産開示手続の申立てを行い、その実施決定がされた場合において、弁済による請求債権(上記金銭債権)の消滅を執行抗告の理由とすることができるか否かは、法197条1項2号の要件について、執行裁判所が請求債権の存否を自ら調査・判断することが予定されているのか否かにかかわる。
(3) 財産開示手続は、平成15年の法改正によって創設されたものであるところ、法制の経緯を見ても、立案担当者の解説においても、執行裁判所が請求債権の存否を自ら調査・判断することを想定しているような議論や言及は見当たらない(法務省法制審議会担保・執行法制部会議事録、谷口園恵=筒井健夫編『改正担保・執行法の解説』140頁(商事法務、2004)等参照)。
学説や裁判例においても、財産開示手続の実施決定に対して弁済による請求債権の消滅を執行抗告の理由とすることができるとする見解は、原決定以外には見当たらない。
(4) 法197条1項は、財産開示手続の申立ての申立権者を「執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者」と定め(本文)、権利の存在を高度の蓋然性をもって証明する証書たる債務名義が存在することを前提とし、執行開始の要件を備えていることをも要件としている(ただし書)。このことからすれば、強制執行の準備行為たる財産開示手続実施の場面においても、同項2号の要件につき、敢えて請求債権の存否という実体上の事由を執行裁判所の調査・判断の対象とする必要はなく、むしろ、同号は請求債権の存在を前提に財産開示の必要性を審査させる趣旨の規定であるとみることができる。
また、一般に、請求債権の存否という実体上の事由(弁済、相殺の抗弁等)は、当事者間で激しく争われ得るものであるため、法197条1項2号の要件について、これを執行抗告の理由とすることができると解すると、迅速かつ適正な財産開示手続の実施を阻害し、ひいては請求権の迅速な強制的実現をも困難にするおそれが生ずる。さらに、財産開示手続の実施決定は、確定しなければその効力を生じないため(同条6項)、財産開示手続の実施を引き延ばすための濫用的な執行抗告がされるおそれもあり、そのことによる弊害は大きい。
法203条が法39条(強制執行の停止)及び40条(執行処分の取消し)を準用していることからすれば、財産開示手続においても、請求債権の存否という実体上の事由につき不服がある場合には、強制執行そのものの不許又は停止を求める方法(請求異議の訴えや執行停止の裁判の手続)によって争い、法39条1項1号、7号等に掲げる文書を執行裁判所に提出することにより、財産開示手続の停止又は取消しを求めることが想定されているとみることができる。なお、法203条が法35条を準用していない理由については、立案担当者も、強制執行の不許は求めずに財産開示手続の不許のみを求めるという独自の制度を設ける必要はないという理由を述べているにとどまる(山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール民事執行法』477頁〔谷口園恵〕(日本評論社、2014))。そのため、法203条が法35条を準用していない点については、債務者が財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において請求債権の不存在又は消滅を主張することができるとする根拠となるものではないということができる。
(5) 以上に鑑みると、法197条1項2号の要件については、執行裁判所が請求債権の存否を自ら調査・判断することは予定されていないということができる。したがって、同号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることはできないと解すべきことになる。
本決定も、同様の考慮から、決定要旨のとおり判断したものと思われる。
(6) 本件は、財産開示手続の実施決定に関し、執行裁判所の調査・判断の対象と同決定に対する執行抗告の理由について、最高裁の考え方を初めて示したものであり、重要な意義を有すると思われる。