企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―(完)
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
3. 要件3 監査能力を有する者に、監査を委ねる
企業経営に関して、業務執行や財務報告が一定の基準(企業規範、経営計画等)に照らして適正であるか否かを調査し、評価して、関係者に報告する機能を、一般に監査という。
本項では、「高い生産性」と「高い自己浄化能力」を兼ね備えた企業の創造に貢献する監査の役割と、その監査を担う者に求められる資質について考察する。
(筆者の見方) 企業規範が社会規範に適合していることを評価する機能を「監査機能」に包含する考え方もあり得るが、本項では、既存の基準への適合性の評価に着目している。
(1) 監査に期待される役割
内部監査部門、内部通報受付窓口、監査役(会)、会計監査人等が行う各種の監査(広義の監査)には、次の4つの働きが求められる。
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1 会社に、業務の基準にする適切なルール(規程・基準・規格等)が存在することを確認する。
企業規範(社内ルール)は、法令、公的な基準・規格に適合していることが必要条件である。 -
2 会社の実務で上記1.のルールが守られていること、及び、会社の損失リスクの状況を確認する。
「顕在する大きな損失リスク(ルール違反を含む)」を見過ごさず(法令・定款違反は全て)指摘する。
会社の中で起きている実態を把握するための手段を確保する。
(例) 往査、実査、組織的な情報収集体制、独自の情報収集網(内部通報、社外の情報提供者)
「潜在する大きな損失リスク(ルール違反を含む)」を指摘する。 - 3「大きな損失リスク(ルール違反を含む)」が生じた真の原因を分析して、経営陣に指摘する。
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4 是正措置・再発防止策を評価し、会社が行うべき改善策を提言する。
「大きな損失リスク」に対する会社の措置・再発防止策を、客観的に評価する。(ルールの見直し・改善を含む。)
改善すべき点があれば、それを指摘する。できれば、具体的な改善策を提言することが望まれる。
(2) 各種の監査担当者間の連携
前項で考察したように、監査機能を担当する6者はそれぞれ独立した機関又は組織だが、重複又は関連する作業を行っており、互いに連携して監査業務をより効果的かつ効率的に行うことを指向している。
監査機能を担う者には、一段と高い次元から監査業務を俯瞰し、6者間で適切に連携して、企業が「高い生産性」と「高い自己浄化能力」を獲得するように導くことが望まれる。
(3) 監査担当者が備えるべき資質
ここで、監査を担当する者が備えるべき資質について考えてみたい。
- (注) 会社法は監査役の欠格事由を定めている[1]が、備えるべき資質についての規定はない。
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筆者は、これまでに検討してきた監査で取り組む事項を踏まえて、企業に貢献する監査を行うためには、次の3つの性格と、3つの能力を兼ね備えることが必要だと考えている。
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(性格1) 真に企業のためを思う心「忠恕」
社外からのステークホルダー目線で、企業の信用(企業価値)の長期的な増大を願う。
(注)「全員賛成」や「先例に従う」という経営判断には、危険が潜む。
- (性格2) 不正を許さない「正義の心」
- 違法行為を見つけたら、直ちに止めさせる。
- トップ[2]の意向に盲従しない。(不正を擁護する弁護士等とは、自分に味方を付けて白黒を争う。)
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泣いて馬謖を斬る決断力を持つ。
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(性格3)「プラス思考」の発想
「No」と言うときは、代替案を示す。
他人の仕事の欠点を指摘するだけでは、人が耳を貸さず、企業の自己浄化能力は高くならない。
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(能力1)「不正を察知する力」
「現場の情報が入ってこない。現場で何が起きているのか分からず、対処する機会がなかった。」という言い訳は許されない。
必要な情報は、取りに行く。(関係者に聴取する、情報収集の網〈内部通報等〉を張る。)
企業全体の仕事の流れを理解して、ツボを押さえる。
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(能力2) 監査に必要な「最低限の知識・スキル」
1) 企業の現場の実務(多くの企業が、業法に基づいて、組織を編成し、基準・規格を制定している。)
2) 会計、税務
3) 法律(自社に関係する部分)
① 事業を規制する法律(業法が多い)、②労働法、③独占禁止法、④環境法、⑤会社法、金融商品取引法 - 4) システム監査[3](システム監査を行うべき業務分野を指摘して、監査目的を示す能力)
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5) 業界の制度、慣行、取引常識
- (能力3)「リスク・マネジメントの力」
- 平時のリスク対応力(経営計画・契約条項に対策を織り込む、マニュアル作成等)
- 危機発生時のリスク対応力(危機発生時の対応体制・行動基準を決めておく、シナリオ想定訓練を行う)
これだけの条件を挙げると、「そのような人物は、どこに居るのか」という声が聞こえてきそうである。確かに、現在、この要求事項を満たす者は少ないだろう。
しかし、筆者は、これが無理な注文だとは思わない。社会としてこの重要性の認識を共有し、監査担当者の育成プログラムを作れば、中期的に実現する可能性は大きい。
法令や制度を精緻にしていくエネルギーの一部を、「経営管理システム」の改善・創造に向ければ、企業の活力は増大するだろう。
おわりに
市場競争力を持つ企業では、「高い生産性」と「高い自己浄化能力」を備えた「経営管理システム」が運用されている。
本稿では、「高い自己浄化能力」の検討に力を入れたが、もう一つの「高い生産性」の実現に向けた取り組みは一般的に停滞気味であり、今後、改革が進むことが期待される。
どの企業も、従業員の多くが販売・サービス提供・生産・開発等のライン業務の現場で働いており、そこに、資金と資産(棚卸資産、固定資産等)の大半が投入され、開発・生産・販売等の大量の経営情報(電子情報が多い)が存在する。
現場の従業員は、所定の業務手順に従って作業を行い、顧客に良い商品やサービスを提供している。法令や技術の基準・規格は守られているが、日頃、それが意識されることはない。遵守すべき事項は全て業務手順の中に組み込まれており、この手順に従って作業すると、法令遵守と顧客満足が自動的に実現される。まれに、欠陥商品・事故・不正行為等が発生するが、良い企業は、これを直ちに発見し、対策を講じて、業務手順を改善する。業務手順は企業の付加価値の源泉である。
今日のICT(電子情報技術)を活用すれば、企業が遵守すべき業法等の法令や基準・規格等を自動的に確保し、かつ、高い生産性を実現する「経営管理システム」を作ることができる。企業経営では、業務の現場にもっと焦点を当て、「高い生産性」と「高い自己浄化能力」を兼ね備えた「経営管理システム」を構築することが望まれる。
企業不祥事が発生すると、そのたびに、監査機能の強化やガバナンスのあり方が議論されて法改正が行われる。監査役(会)や会計監査人も、他の監査関係者と連携して監査の品質・効率の向上を図ろうとしている。このような取り組みを更に進め、企業内の監督・監査機能(内部監査・内部通報を含む)、行政機関、第三者認証機関、第三者委員会を含め、社会全体をより良くする方法を考えたい。
本稿の最後に、筆者が考える「監査の担い手が身につけるべき性格・能力」を紹介した。
現在、企業の監査等を行う能力を有する者は不足気味だが、新任の取締役や監査役が「これから監督・監査を学びます」と挨拶するのでは遅い。役員に求められる資質を予め明らかにして育成していく必要があろう。
企業の業種・規模等が異なっても、「経営管理システム」の中には共用できる手法が多く、関係者が知恵を出し合えば、必要人材は5年もせずに補充できるだろう。事業全体の運営と管理の仕組みを考える監査業務は、次代の経営者育成に最適の場である。監査経験を通じて経営者が育ち、企業活力が大きくなることを期待する。
本稿が、少しでもその役に立てば幸いである。
(完)
〔余禄〕
民事・行政上の制裁や刑事罰を強化して、企業・個人が「不正を行って得る利得」と「不正が発覚した場合の損失」を天秤にかけて不正行為を回避するように誘導する制度がある。
例 ・独占禁止法違反行為に対する課徴金(行政制裁)を加重[4]、個人の懲役刑を加重
カルテル・入札談合等の「不当な取引制限」に対し、(大規模製造業の場合)販売高の10%
違反行為を繰り返した場合や、主導的な役割を果たした場合は、15%
違反行為を繰り返し、かつ、違反行為において主導的な役割を果たした場合は、20%
カルテル・入札談合等の「不当な取引制限」に対し、個人の刑事罰を最高3年から5年に加重
・不正競争防止法の営業秘密侵害罪の刑罰を加重するとともに、任意的没収規定を導入[5]
個 人: 懲役10年以下(変更なし)、罰金1,000万円以下→2,000万円以下
法人両罰: 罰金3億円以下→5億円以下
海外重罰: なし→個人3,000万円以下・法人10億円以下
営業秘密侵害罪により生じた犯罪収益を、裁判所の判断により没収することができる規定を導入
・ 景品表示法違反の不当表示に対し、課徴金制度を導入[6]
「優良誤認表示」「有利誤認表示」を行った商品・役務の売上額(過去3年間)に、3%の課徴金を賦課
しかし、本稿の目的は、企業の自己浄化能力を高めることであり、刑事罰・行政制裁等との得失を考慮して経営判断するのは不適切であると考えて、この検討を省略した。
企業のコンプライアンス確保のあり方を社会制度として検討する場合は、この観点を加えた考察が必要になる。
[1] 会社法335条1項、331条1項・2項
[2] トップが主導した事件(例):オリンパス事件(粉飾決算)、西武鉄道事件(有価証券報告書虚偽記載、インサイダー取引)、日産事件(有価証券報告書虚偽記載等)
[3] 参考資料として「システム監査基準」経済産業省 2018年(平成30年)4月20日。
[4] 独占禁止法(2009年(平成21年)改正)7条の2第6項~8項、89条1項
[5] 不正競争防止法(2015年(平成27年)改正)21条1項・3項、22条1項
[6] 景品表示法(2014年(平成26年)改正)8条~13条